保育園に入れない待機児童問題の一方、育児休業の延長に必要な「落選の証明」目的の保育園申し込みも相当量生じている実態を受け、厚生労働省は、申し込みの際に「どの程度本気で復職するつもりか」を、保護者側が意思表示するチェック欄を設ける方針だ。2022年度の募集を目処に、自治体へ通達を出す見込み。
しかし、自治体や育休中の親たちからは「そもそも、育休延長に落選の証明が必要な制度自体がおかしいのでは」と、疑問の声も上がっている。
法律で認められている最長2年の育休には「保育園に落選」する必要がある。
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育児・介護休業法では、原則1年の育休を1年半、もしくは最長2年まで延長できる。この期間は、雇用保険から本給の50〜67%(期間によって異なる)が「育児休業給付金」として支給される。ただし、延長には「保育園に入園できないなどの特に休業が必要な事情」が条件で、その根拠として「不承諾通知」や「入所保留通知書」など、自治体の出す「認可保育園に落選した証明」が必要になる。
この結果、入所申し込みに対し「内定」を出しても、自治体によっては数百人規模での「辞退」や、最大5つの園に申し込めるのに激戦の1園だけしか申し込まないといったような、明らかな「落選希望の申し込み」が相次いでいる。
こうした「落選を狙う」親は批判にさらされがちだが、都市部では「年度途中で迎えた1歳での希望園への入園はまず無理」、母親一人で家事育児を担いがちな日本の家庭では「早期の復職が大変過ぎる」など、保活や職場の実態からは、やむをえない事情も伺える。
保育園内定に数百人希望の「辞退」も
入園の申し込み手続きに際し、「本当に入園希望か?ホンネは育休延長希望か?」を問う、という今回の厚労省の方針は、育休延長に必要な保育園の「落選の証明」をめぐる、自治体の混乱を受けたもの。
大阪、京都、和歌山、鳥取などの複数自治体が「保育園に入れなかったという証明がなくとも、育休延長を可能にしてほしい」と、制度の見直しを政府に訴えていた。
保育園の入園申し込みの書類の段階で「育休延長」目的なのか「入園」目的なのかを可視化するというが。
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実際、世田谷区だけでも2018年度入園審査で約500人が保育園内定に対して「辞退」したという。
その後、次点だった保護者に連絡を入れても別の園に決まっていたり、相次ぎ「辞退」されたりと、全国の自治体で同様の混乱が生じている。
保活の激戦区として知られ、待機児童対策に力を入れてきた杉並区役所保育課の担当者も「不承諾通知(入園申し込みに対する落選の通知)目的の入園希望は相当ある。窓口では入園の意思のない『入園申し込み』相談を受けている」と明かす。
こうした混乱に対し、厚労省の出した方針つまり「回答」は「保育園入園の申し込みのホンネ」を申込み段階で可視化するということだった。育休延長が希望なら、入園審査の指数を下げて、入園審査に通りにくくすることで混乱を避ける狙いという。
ただし「保育園に落ちるために申し込む」ステップが生じることに変わりはない。
「落選狙い」と呼ばれるのは心外
子どもが小さなうちの職場復帰に不安を覚える母親は少なくない。
撮影:今村拓馬
「落選の証明がなくても、シンプルに育休を延長したい人は延長できればいいのにと思います。事情を知らずに、うっかり『落選したら育休延長可』にチェックをつけて、落選狙いじゃないのに優先順位を下げられるリスクもあるのでは」
東京都世田谷区在住で、育休中の会社員の女性(34)は、報道を見て混乱を予想する。ただでさえ、保育園入園手続きの書類仕事は煩雑だからだ。
さらに「年度途中で1歳を迎えても希望する園への入園は絶望的なので、育休延長目的の申し込みをしている面もある。それを落選狙いといわれるのも、心外」と明かす。
「できれば2歳になるまで育休をとって、落ち着いて復職したい。赤ちゃん期の子どもの成長をそばで見たいですし、夜間の授乳や夜泣きによる寝不足に加え、保育園の準備と送迎、家事、育児、仕事をやるには体力的にも不安があります」
杉並区在住の会社員女性(30代)は今秋、次女を出産したばかり。2歳の長女は近くの保育園に通っている。共働きでも、夫の家事育児の参加は週末のみで、平日は自分が家事育児をすべて担当することを考えると、最長2年の育休を取得して復帰したい考えだ。
ただし、それには次女が1歳になった時点で「不承諾通知をもらうため」の保育園入園申し込みが必要だ。
「赤ちゃんをみながら、会社から書類を取り寄せたり、書類をつくったり区役所に通ったりは、けっこうな負担です。わざわざ保育園に落ちなくても、希望すれば2歳まで育休をとれるようにすればいいのに」と、やはり感じる。
育休延長は個人の選択でいい
育休延長に必要な手続きをすることが「落選狙い」と呼ばれる現状はどうなのか。
撮影:今村拓馬
自治体のトップからも、厚労省の方針について「問題が生じている認識を示したとはいえる」と、一定の評価はしつつも、究極的には「落選証明の要件をなくすべき」との声が上がっている。
「保育園に入れなかったという事実がなければ、育休の延長はできないというのは、制度に欠陥がある。これを見直さないのであれば、政府は本気で少子化対策をする気がないとしか思えない」
育休延長を望む親たちから「保育園に入れなかった証明」を求める申し込みが相当量ある事態について、世田谷区長の保坂展人氏は、制度上の問題だと明言する。
「望んだ人に最長2年の育休を最初から認めればいい」と話す、世田谷区長の保坂展人氏。
撮影:滝川麻衣子
「望んだ人には法で定める最長2年の育休を初めから認めれば、混乱も生じない。それより早く復帰したい人だけが、保育園に申し込めばいい。最長2年の育休延長は、保育園入園の可否でなく、ライフスタイルを考えた個人の選択でなされるべき」との考えだ。
「保育園に落ちたら初めて延長を認めてやるというのも、メディアが『落選狙い』などと報じるのも、男性社会の視点の表れで時代にそぐわない。社会で子どもを育てるという視点が欠如している」と、指摘する。
すべての人に2年の育休を認めるとなると、育児休業給付をめぐる財源の問題が取り沙汰されがちだ。
しかし、厚労省の雇用保険部会資料によると、失業給付や育児休業給付の財源である雇用保険積立金残高は、2002年の4064億円を底に右肩上がりで、2015年には6兆4000億円超もの財政黒字になっている。景気回復に伴う失業者の減少が影響しており「財源不足」の理屈は通りにくい。
厚労省「育休はあくまで原則1年」
保育行政の現場の混乱や、育休中で小さな子どもを抱えた親の手続きコストを考えれば、「保育園に落ちないと1年以上の育休を取れない」仕組み自体、そもそも必要なのか。
こうした声に対し、厚労省の職業生活両立課の担当者は「現行制度では、育休は原則1年。1年半や2年への延長は、保育園に入れないなどの特別な事情がある場合に、あくまで例外措置として許容されている。(落選証明をめぐる混乱は)保育園入園の申し込みの際に、チェック欄を設けることで、運用面で対処できる」と説明。書類上の見直しで「ある程度、正確なニーズが把握でき、事務負担が減らせるのでは」との立場だ。
「育休をとるために入りにくそうな保育園に申し込む」という奇妙な手続きは当面、続きそうだ。世界一の超少子高齢社会日本では、保育園入園ひとつとっても、親たちを取り巻く環境は依然、複雑だ。
(文・滝川麻衣子)