時代遅れな“私的録音録画補償金”の違和感、「作家に還元されない制度」は無意味だ

文化審議会著作権分科会

10月23日、文化庁は「文化審議会著作権分科会・著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会」(第四回)を開催。「私的録音録画に関する補償金制度」の見直しについて検討が行われた。

現在、文化庁の文化審議会著作権分科会において、「私的録音録画に関する補償金制度(以下、補償金制度)」について、見直しの議論が行われている。

まだ結論は出ていないが、この議論の流れによっては、今は補償金が課せられていないPCやスマートフォンなどの「汎用機器」にも、いくらかの補償金が課せられる可能性がある。そのことを認識している人は、現状ほとんどいないはずだ。

なぜこうした議論になっているのか、そして実際に成立する可能性はあるのか。状況をまとめてみよう。

そもそも“私的録音録画に関する補償金制度”とはなにか

文化庁ホームページ

出典:文化庁

まず、前提となる制度の現状について。

「私的録音録画に関する補償金制度」とは、音楽や映像が個人によって複製されることで生まれる権利者の損失を、補償金によって補てんしようという制度のこと。現在は、音楽用CD-Rや録画用DVDメディアなどに転嫁されている。今審議会で行われているのは、技術や利用状況の変化に応じた制度運用の見直し議論である。

補償金制度が導入されたのは1992年のこと。この頃よりMD(MiniDisc)やDAT(Digital Audio Tape)といったメディアによる「デジタル記録での音楽の複製」が可能になった結果、音楽や映像に関する権利者団体の側からは、「私的な複製による権利侵害と機会損失が存在する」との声が上がった。

そのため、まずはコピーされたものからコピーを作る「孫コピー」を防ぐ技術の導入が行われた。だがその後、DVDレコーダーやPCの登場で「無制限な複製が行えるのではないか」との論が出て、結果的に、録画機器・記録媒体のうち「デジタルで記録するもの」について、補償金を課すという制度がスタートした。

特に音楽については、日本は諸外国とは異なり、「レンタルCDショップ」が多数あることが問題だった。レンタル商品からのコピーが存在することが、私的録音について補償金を導入するきっかけとなっている。

補償金の額は音楽と映像で異なるものの、おおむね基準価格(カタログ価格の半額)の1%から3%で、額そのものは大きくはない。

ただし実際には、この補償金制度は機能していない。なぜなら、コンテンツがデジタル方式で放送・配布されることになった段階でDRM(著作権保護技術)が導入され、自由な複製ができなくなったからだ。

補償金制度が成立していたのは、「アナログで提供されるものを中心とした、著作権保護技術のないコンテンツを、劣化の少ないデジタル技術で自由にコピーできる」ことが前提だった。だが、コンテンツ供給のデジタル化によってその前提が崩れたため、補償金制度の対象とする必要がない、とされたのだ。

そのため、補償金の収入は現状ほとんどなく、管理を行う「私的録画補償金管理協会」も2015年に解散している。

「それでも被害はある」と訴える権利者団体

私的録音に関する実態調査

出典:みずほ情報総研「私的録音に関する実態調査」

今回再び議論となっているのは、主に権利者側が「現状も私的複製が行われており、権利者への還元のためには補償金制度の見直しが必要」と主張しているためだ。そこで今回、対象として挙がったのが、PCやスマートフォン、ハードディスクといった「汎用機器」である。

過去にも、PCやiPodなどのデジタル音楽プレイヤーが補償金制度の対象になるのでは、と検討されたことはあったが、導入には至らなかった。

汎用機器では音楽や映像のコピーをしない人も多数いる。そのため「一括での導入には無理がある」こと、「iPodのような音楽プレイヤーはそれ自身には音楽をコピーする能力がない」ことなどが理由だ。もちろん、消費者団体を含め、各所からの反発が大きかったことも大きな要因である。

今回は、権利者側からあらためて「侵害の状況がある」との主張が行われ、導入に対して強い働きかけがあった。根拠となっているのは、2017年度に文化庁の委託事業としてみずほ総研が行った「平成29年度私的録音実態調査」だ。

確かにこの調査によれば、PCやスマートフォンを音楽のコピーに「使っている」と答えている人はいる。また、スマートフォンには画面キャプチャーの機能があり、これを使って私的なコピーをしているのではないか、とも指摘されている。

配付資料

権利者団体側は資料の中で、「スマートフォンの画面キャプチャ機能による私的複製の可能性」に懸念を示している。

10月23日に開催された小委員会にて、一般社団法人日本レコード協会・常務理事の高杉健二氏は、

「PCユーザーの21.4%、スマホユーザーの14%が私的複製をしているという。日本では年間3000万台のスマホが出荷されている。3000万台に14%をかけた480万台分の補償金を回収できる可能性があるのではないか。こうした形ならば、すべての利用者が安心して利用できるようになる」(高杉健二氏)

との意見を述べた。

また、公益社団法人日本芸能実演家団体協議会・常務理事の椎名和夫氏も「メーカーは複製できる機器を販売して儲けている。補償金制度は権利者・消費者・メーカーという三者間の利害調整のためのもの。現在の機器では不要ということになれば、メーカーは無罪放免ということになる」と説明する。

権利者以外からは「反対意見」が続出

音楽ストリーミングアプリ

複数のストリーミングサービスの登場で、音楽を聴く環境は変わりつつある。

撮影:小林優多郎

これらの主張には当然、反対意見もある。むしろ、小委員会の中で強く実施を主張しているのは権利者のみだ。消費者団体側は反対の立場であり、メーカーや法律関係者も一律的な導入には慎重な立場を採っている。

一般社団法人インターネットユーザー協会の代表理事で、ライターでもある小寺信良氏は、

「音楽は配信がメインになってきており、スマートフォンなどの汎用機器については、音楽配信事業者側から還元されているといえるため、補償金制度の導入は適切でない。また、ハードディスクやスマートフォンへの録画については、調査の数字では大きな利用実態がなく、がい然性がない」(小寺氏)

と反対する。

日本電子情報技術産業協会(JEITA) 著作権専門委員会の太佐種一委員長は、

「機器に対して(コピーしている人の割合に応じた)割合的徴収を行うのは、結局広く薄く徴収しているに過ぎず、コピーに使わない人から徴収すべきでない、という本質的な部分に対する解決ではない。補償金を徴収するのならば、レンタルなどの場では意思表示ができるので、より納得性がある制度になるのではないか。そもそも、仮に(音楽などを)ダウンロード後に複製ができたとしても、そこで個人での利用を超えた形態が多いのかどうか。それを示すものはなく、補償金制度は不要であろう」(太佐委員長)

と主張する。

さらに10月23日の小委員会では、アマゾンやグーグルなど、ネットサービス関連事業者が集まった業界団体である「アジアインターネット日本連盟」からの意見書も公開された。

その趣旨は「ストリーミング・ミュージックが普及し、私的複製は減少している。音楽業界には適切な還元がなされており、補償金制度の導入は対価の二重取りにあたる」というものだった。

現在音楽出版社は、動画共有サービスやストリーミング・ミュージックサービスとの共存を模索している。

例えばTikTokは、10月に入りエイベックスやAWAと提携し、それらの事業者が関わる楽曲を自由に使えるよう、権利処理を行っている。YouTubeでも、広告費を(違法アップロードした人ではなく)正当な権利者へと還元する仕組みが導入されている。

特に音楽については「シェアされる」ことが権利者にも有利な環境が整備されつつあり、否定的な声は減っている。「権利侵害」を単純に件数や割合で云々できる状況ではない。

クリエイターに還元されない補償金制度に意味はあるのか?

そして、主婦連合会事務局長の河村真紀子氏は、さらに本質的な疑問を投げかける。

「今の補償金制度では、クリエイターに直接的に還元されない。自分が応援しているクリエイターに補償金が支払われるならいいが、そうではない」

過去より、私的録音録画補償金制度は「ごく少額を包括的に徴収する」ものだった。2001年のピーク時では40億円とかなりの額だったが、年々下がり続けた。

どの作品がコピーされたかを判別するのは難しく、業界団体が包括的に徴収し、それを関係団体で按分する形なのだが、そのため、一人ひとりのクリエイターに配分しようとしても額が非常に小さなものになり、効果が薄い。

補償金のうち20%が「共通目的基金」にプールされ、「著作権侵害対策の啓蒙」などに使われていた。この制度は冒頭で述べたように、2015年以降、集約する団体が機能を停止しており、現状ではまったく配分がない。

私的複製が現在もあるのは事実だろう。おそらく、被害もゼロではない。

だが、「ゼロでないから徴収を」とするのは無理がある。そして、徴収した費用がクリエイターに十分還元されないのであれば、果たして、それに意味があるのだろうか?

筆者の個人的な意見として、補償金制度には100%反対、というわけではない。だが、それがあり得るなら、「クリエイターに還元され」「払った消費者が快適にコンテンツを使える」ことが必須だ。

ほとんどの人が認知しない形で、半ば税金のように徴収され、著作権保護のプロモーションに多くの部分が使われていることは、本来の目的に合致しているとは思えない。

そして前述のように、動画配信サービスと音楽出版社は「シェアされる」ことを前提に権利処理を行って収益を還元し、それが音楽業界の成長につながっている。

「もう一度補償金を」という議論をしているくらいなら、新しい仕組みの可能性について、前向きな議論をすべきではないか。

(文、撮影・西田宗千佳)


西田宗千佳:フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。

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