女性たちは仮面退社を選ぶ——会社に“見切り”隠して結婚、育児、介護の架空理由

かつて「寿退社」と呼ばれた、結婚を理由とした女性の退社は廃れたように見え、出産後も仕事を続ける人は増えている。一方で、「仮面寿退社」「仮面育児退社」とも呼ぶべき現象が起きている。

職場に見切りをつけたり、転職目的だったりのホンネを隠して、「結婚」「育児」「介護」を”仮面”に、スムーズな退職を図る女性は相当数いるというのがそれだ。「仮面〜退社」現象の、その背景とは? みなさんからの感想もお待ちしています。

「女の子が行くとお客さんが喜ぶ」

仕事帰りの男性と女性

あなたの会社でも「仮面寿退社」「仮面育児退社」が、起きているかもしれない。

「本当は男性に、活躍してほしいんだよ」

当時、大手メーカー勤務で、入社2年目だった沙耶さん(30)=仮名=は、部長の言葉に絶句した。

ホテルの宴会場を借り切った忘年会の席のこと。沙耶さんと、新入社員の男性たちを前に、ほろ酔いの部長が語りだしたのだ。

会社は、旧財閥系の1部上場企業。当時は、働き方改革や女性活躍推進が叫ばれだした頃で、沙耶さんの会社も、女性管理職を育てようという空気に満ちていた。

「女性ということで、チャンスがめぐってくることもありました。社長の前でのプレゼンや特別なプロジェクトに抜擢されたり。追い風はあったと思います」

仕事はやりがいもあり、給与も安定していたが、「典型的な年功序列の日本企業で、もともと女性の立場は微妙だった」と思う。

まず、職場の慣習として「来客があると、女性がお茶を出すという暗黙のルールがありました」と沙耶さんは振り返る。

沙耶さんより後輩の男性社員がいても「女の子が行った方が(お客さんが)喜ぶから」と、背中を押される。

会社の男女比は男性8割・女性2割。沙耶さんが入社する少し前まで、女性社員には制服があった。

「◎◎課長」「◎◎部長」と肩書き付きで呼ぶ習わしで、男性社員が育児休業をとろうとすると「前例がないから有給休暇を充ててほしい」と勧められていた。

何かがプツッと切れた

仕事帰りの男性と女性

会社で20代女性が、何かがプツッと切れる瞬間とは。

とはいえ、女性の登用に会社は乗り出す時期にきており、沙耶さんも期待に応えて仕事に打ち込んでいるつもりだったさなかの、冒頭の部長の言葉だ。

何かがプツッと切れて「本当に男性企業なんだなあ」。しみじみ思った。

「そこで、気持ちが吹っ切れました」

実は、婚約相手の北欧への留学が決まり、沙耶さんは今の仕事をどうするか迷っていた。学生時代から、働く女性のキャリアを支援する活動に携わり、やがてその道に進みたい気持ちもあった。

「海外留学するパートナーについていくため、退社する」という説明で、会社を辞めることを決意した。

「人事部に、配偶者の海外移住に伴う帯同制度をつくってほしいと交渉することも可能でしたが、そこまでエネルギーを注ぐ気持ちになれませんでした」(沙耶さん)

「結婚相手についていく」という理由は、職場の男性上司を納得させるに十分だった。「おめでとう。それは仕方ないね」と、退社は問題なく受け入れられる。

忘年会の部長の言葉に「仕事も楽しく、職場もいい人が多いけれど、(部署の)トップがこれではだめだ」と思ったことや、「女性のキャリアやロールモデルづくりを仕事にしたい夢」など「熱く語ってもムダだと思いました。そういう意味では、仮面寿退社ですね」。

沙耶さんは帰国後、女性のキャリア支援をするソーシャルベンチャーに転職し、今では1児の母となって働いている。

カルチャー変わらなければ同じこと

介護の様子

とりあえず、介護を理由として退職する「仮面介護」。周囲の理解は皮肉にも得られやすい。

「こうなったら、理由は介護しかない」

フリーのWEBディレクターとして働くエリコさん(42)は、前職のIT企業のマネジャー職を辞める時に、いわゆる「仮面介護」で乗り切った。

大手IT企業の立ち上げ期を経て転職した職場で、WEBディレクション周りの経験豊富なエリコさんは、かなり重宝されていたと思う。

当時、長女は1歳半だったが、会社は完全に夜型。エンジニアは夜が長く朝の遅い人が多く、会社に人が集まるのは昼前だ。そうなると会議は夕方以降もどんどん入る。毎日、制度上ギリギリの午後8時半まで保育を延長し、お迎えに駆けつけていた。

「保育園の中の電気が真っ暗に消えた中、一部屋だけ灯りがついていて、そこで保育士の先生と娘が、毎日、ぽつんと待っていました」

エリコさんにしてみれば、朝早くから仕事して早く帰った方がずっといい。夜は夜で、保育園のお迎えの後にも「仕事中」の職場からは電話がバンバンかかってくる。若い人の多いベンチャー企業では「子どもみながらでも電話くらいできるでしょ」という感覚だが、実際、お迎え後の1歳児との生活は目が離せずハード。電話1本でも子どもは泣き叫ぶ。

横断歩道

「仕事は好きだが、生活リズムが合わない」と感じていた。

「仕事は好きでしたが、生活リズムが合わないなと」

エリコさんはフリーランスなど、自分のペースで働ける仕事に切り替えたかった。ただ、問題はなんと言って辞めるかだ。

角が立たないように辞めたいという気持ちがやはりあって。働き方のことを言うとベンチャーなので、じゃあ制度をつくるよ、と言われて辞められない。でも制度をつくったところで、会社のカルチャーが変わらない限り同じことの繰り返しですし

そうなると、社長や周囲が納得する「別の理由」が必要だ。

「自他ともに認める仕事好きで、主婦になるなど今さら言っても、信じてもらえない。夫の転勤だと明らかに嘘とわかる。転職するというと『どこに?』と言われる。残るは、親の介護でした」

実際、エリコさんの父親は、折しもがんが発覚したところで「だからといって、仕事を辞める必要はなかったのですが、全くの嘘はイヤだったので、ちょうどよかったのです」。

「親にがんが見つかり介護が必要になり、フルで仕事ができなくなった」と打ち明けると、30代で働き盛りの社長も「じゃあ、いつまでいられる?」。初めて、具体的に退社手続きに移行した。

子育てが理由なら納得できる上司

子育ての様子

育児を理由にすれば、話は早い組織は、珍しくない。

お子さん二人育てながらは大変だからねえ。本当に残念だけれど、お母さんだからなあ。無理もないなあ

30代最後の年に、会社を辞めてフリーの編集者として働くことを決めた出版社勤務の香さん。退社日まで残りわずかな頃、会社の役員から携帯に電話がかかってきた。

業界は出版不況が言われて久しく、会社の業績も思わしくない。なにより、社内に活気のないことが気を滅入らせた。

「ここにいてはだめになる」と、見切りをつけての退社の決意だった。

「フリーランスで働く」と上司にも説明したのだが、役員からの電話によって「いつのまにか社内では退社理由が、子育てが大変なためにすり替わっていることに気づきました」。

子どもは保育園に通わせているし、無職になるつもりは毛頭なかった。ただ、電話を受けてとっさに「年配の男性たちは、子育てが理由だと思えば、納得できるのだ」と思い直し、否定はしなかった。

「家庭の事情なら仕方がない」

有効求人倍率(2018年8月)は1.63倍と高度経済成長期以来の水準を維持し、転職市場は活況だ。終身雇用の崩壊している社会で生涯一社に勤め続ける意識は薄れ、業界の地盤沈下や、長時間労働などブラックな働き方をしている企業からは、若手から先に人が流出している。

人手不足の時代に、危機感をもつ企業であれば、希望をかなえて異動させたり、制度をつくって対応したりと、離職防止に必死だ。

駅の階段

本当の問題から目を背けていては、会社は変わらない。

そんな中でも「仮面寿退社」や「仮面育児」、「仮面介護」退社が相次ぐのは、会社側にも「女性が家庭の事情で辞めるのは仕方がない」という意識があるせいかもしれない。「それならすんなり辞められる」と、女性側も感じ取っているというわけだ。

ただ、前述の、WEBディレクターのエリコさんは、周囲でもよくある「仮面退社」についてこういう。

「働き方に問題を感じるとか、会社の先行きに不安があるなど、本当のことを言わずに『仮面育児』や『仮面介護』で退社することで、その会社の問題点が顕在化せずに、そのまま放置されてしまう面があると思います」

また、上司の方も、うすうす別に原因があると気づいていても「本当の理由から目をそむけている面もあるのでは」(エリコさん)。

「子育てとの両立が大変」「夫の転勤についていく」といった“家庭の事情”で社員が次々に去っていくとき。ひょっとして本当の理由は別にあるのではと、考えてみてもいいのかもしれない。

(文・滝川麻衣子、写真・今村拓馬)


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