NATO首脳会議のオープニング・セレモニーに出席するドイツのメルケル首相とアメリカのトランプ大統領(ブリュッセル、2018年7月11日)。
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- ドイツのメルケル首相は29日、政界からの引退を発表した。
- アメリカのトランプ大統領をはじめ、世界各地で国家主義的な指導者が権力の座に就く中、メルケル首相は近年、主要なグローバル・リーダーの1人と見なされてきた。
- 専門家は、メルケル首相の引退後、国際社会は明確なリーダーを欠くことになるだろうと見ている。
アメリカでトランプ政権が誕生し、欧米で国家主義が広まる中、ドイツのメルケル首相が「自由世界のリーダー」と呼ばれたのはさほど昔のことではない。
しかし、メルケル首相は29日、与党党首を退任し、首相再選は目指さないと発表した。
自らが党首を務めるキリスト教民主同盟(CDU)の選挙で負けが続く中、「次の党大会で党首に立候補するつもりはない。首相候補としてもその他の公職にも立候補しない」と、メルケル首相は述べた。
メルケル首相は、2021年まで首相の座に留まる。しかし、その引退発表はドイツ、ヨーロッパ、そして主要組織の未来にとって大きな意味を持つと専門家は指摘する。
「主要なグローバル・リーダー」
メルケル首相は10年以上にわたりドイツ政治を導き、主要なグローバル・リーダーの1人として認識されてきた。アメリカのトランプ大統領のような指導者らが、NATOやEU、国連といった組織に抵抗を見せる中、メルケル首相は国際協調の価値を人々に思い起こさせるべく努めてきた。
2017年5月のG7 首脳会議の後、トランプ大統領が一方的なリーダーであることが分かってくると、メルケル首相は「我々が他国に完全に依存できる時代は、ある程度終わった。わたしはそれをここ数日で経験した」と述べた。
そして、「我々ヨーロッパ人は、本当に自分たちの運命を自分たちの手で握るべきだ 」と加えた。
そして、メルケル首相はトランプ大統領と敵対したり、さまざまな問題でトランプ大統領のスタンスに明確に異を唱えることを避けたことはない。
トランプ大統領がイスラム圏からの入国を禁止したとき、メルケル首相は「テロとの戦いは必要であり、疑う余地はないが、それでも特定の集団に疑いをかけることは正当化されない —— 今回のケースで言えば、イスラムの信仰もしくは特定の経歴を持つ人々だ」と述べ、この動きを非難した。
「わたしの意見では、この行動は国際的な難民支援や国際協調の基本原則に反するものだ」と、メルケル首相は加えた。
メルケル首相はまた、地球温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」を守るために戦い、トランプ大統領のNATOに対する批判にも何度も立ち向かった。トランプ大統領がイラン核合意から離脱したときも、メルケル首相は「国際秩序における信用を台無しにするものだ」と述べ、批判の手を緩めなかった。
トランプ大統領が、アメリカに国際社会から距離を置かせようとしても、メルケル首相は度々それをまとめようと努めてきた。こうした経緯から、メルケル首相のリーダーシップ抜きで世界はどうなってしまうのか、不安視する声もある。
「来る嵐は…… とても強い」
左から、ドイツのメルケル首相、アメリカのトランプ大統領、カナダのトルドー首相、フランスのマクロン大統領。G7 首脳会議にて。
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アメリカの外交問題評議会(CFR)のリチャード・ハース(Richard Haas)会長は29日、メルケル時代の終わりとともに、西側諸国と第二次世界大戦後の国際秩序は、リーダー不在となるだろうとツイートした。
「アメリカのドナルド・トランプは放棄した。イギリスはそれどころではないし、カナダにはその手段がない。マクロンは弱すぎる」とハース氏はつぶやいた。「安定、繁栄、自由は、先が思いやられる」
メルケル首相の引退で、ヨーロッパやこれらの秩序の未来を形作るその他の地域では、より国家主義的な声に道が開かれるだろうと、戦略国際問題研究所(CSIS)の欧州部長、ヘザー・コンリー(Heather Conley)氏はBusiness Insiderに語った。
「世界中で間違いなく、コンセンサスや価値に基づく政府のリーダーシップから、より過激かつ国家主義的な声によるリーダーシップへの転換が起きている」とコンリー氏は言う。「政府や国際組織は価値や原則、規範に基づいて作られてきたものであり、NATOやEUはその一例だ。今のところ、こうした組織が国家主義的な声によって大きな挑戦を受けてはいないが、その未来は彼らの声によって形作られる」
「この増大する挑戦に対し、正しい政策を打ち出せなければ」これらの組織はより「危うくなる」だろうと、コンリー氏は付け加えた。
「NATOもEUも、ヨーロッパで社会規範や組織が崩壊した後に作られたもので、その基礎は非常に強い —— だが、来る嵐もまた非常に強い」とコンリー氏は言う。「我々は基礎が持ちこたえることを願う」
ユーラシア・グループの創業者で社長のイアン・ブレマー(Ian Bremmer)氏も、同様の見方を示している。
ブラジルの右派ボルソナロ氏のブラジル大統領選勝利、フランスのマクロン大統領の支持率低迷、ブレグジットといった最近の動向を踏まえ、ブレマー氏は来月のアメリカ中間選挙で何が起きようと、「全ての民主主義国において、政治的モメンタムは反体制だ」とツイートした。
(翻訳、編集:山口佳美)