入り口で疎外され出口で口を封じられる。シリコンバレーの男性優位社会と静かなるセクハラの現実

グーグルの複数の幹部がセクハラ行為を行ったにもかかわらず多額の退職金を受け取っていたり、そのまま会社にとどまって昇進したりした、とニューヨークタイムズ(NYT)で報道された

特にフィーチャーされている、「Androidの父」アンディ・ルービンの件については、「内部調査を受け、その結果辞職した」ということはすでに2017年に報道されていたが、今回新たに報じられた被害の詳細内容と彼に払われた金額の大きさが衝撃的で、シリコンバレーでもグーグル社内でも大きな波紋を広げている。

アメリカの政界やハリウッドで広がる#MeToo運動だが、シリコンバレーでは当地独特の事情もあり、「女性が勇気をもって声を挙げればよい」という単純な問題ではない。

マッチョな男性がもてはやされるブロトピア

アンディ・ルービン氏。

「アンドロイドの父」アンディ・ルービン氏。セクハラを告発され辞職したが、実は多額の退職金を受け取っていたことが分かった。

Brian Ach/Getty Images for Wired

日本の読者には意外かもしれないが、実はシリコンバレーはとても「男性優位社会」である。2017年から、セクハラのために、複数のベンチャーキャピタリストが解雇されたり、ウーバーの創業者トラビス・カラニックが辞任するなどの事例が相次いでいる。

こういった現状についてブルームバーグの記者Emily Changが書いた、「Brotopia: Breaking Up the Boys’ Club of Silicon Valley」という本が今年初めに出ている。「bro(ブロ)」とは、酒を飲んで猥談で盛り上がるようなタイプの男仲間(brotherの略)のことで、Brotopia(ブロトピア)とは「そういう男たちの天国」を意味する。

この本を読んで驚いたのは、「コンピューター・エンジニアは男性のほうが多い」という傾向が、実は「作られた」ものではないか、と指摘している点だ。

そもそも理系といえば男性が多いので、シリコンバレーで男性が数が多く優位になるのは仕方ない、と一般的に思われがちであり、また実際に成功して権力とお金を持っているのは圧倒的に男性である。この偏りのひどさが、他の業界とシリコンバレーの最大の違いである。

しかしこの本によると、戦後の黎明期にコンピューターを扱っていたのは、実はキーパンチャーであった女性が多く、その女性たちが継続してより高度なプログラミングを担うことになる可能性が多分にあった。

しかし、その当時から1980年代まで、アメリカで企業の採用担当者の多くが参考にしていた「性格による職業適性診断調査」の中で、プログラマーはなぜか「人と関わるのが苦手な人が向いている」ときちんとした根拠なしに断定され、実際にIBMなどの企業がこれを参考に「コミュ障」タイプの人ばかりを採用した。こういった人は男性が多いため、徐々に男性が多くなっていき、数少ない女性はなじめないために、ますます少なくなる悪循環が働いた、としている。

パソコンとメガネ

「性格による職業適性診断調査」の中で、プログラマーは特に根拠なく「人と関わるのが苦手な人が向いている」と断定された。これが今日のシリコンバレーの男性優位な風土形成の一因を担っている。

shutterstock.com

この調査が本当にどこまで影響があったかはわからないが、実際に、アメリカの大学でコンピューター専攻の女子学生の比率は、1984年に40%のピークを打ったのち、急速に減少し、現在は18%以下になっている。

同じ頃、スティーブ・ジョブズが大スターとなり、彼のような強引でエゴの強い男性がよしとされる傾向が強まった。1990年代にはこのようなタイプの人がもてはやされ、お金が集まるようになった。彼らはじゃぶじゃぶ集まってくるお金を使って、ブラックに働きハードにパーティしまくる、現在まで続くシリコンバレーの「マッチョ文化」を作り上げた。多くの女性がこの文化になじめず、最初からこの世界に入ってこようとしなくなった。

最初のきっかけはともかく、現在のシリコンバレーが「ブロ」天国であることは間違いない。テック企業の女性管理職は全体の1/4、ベンチャーキャピタリストのうち女性は7%、女性起業家が受ける出資は全体のわずか2%である(以上、数字はすべて「Brotopia」による)。

女性はテクノロジーが苦手という「仕方ない」の壁

YouTube CEOのスーザン・ウォシッキー

現在はYouTubeCEOを務めるスーザン・ウォシッキー。かつては彼女のような有能な女性が活躍していたが、最近の採用におけるダイバーシティは実質よりも会社のイメージ対策の色が濃く、職場の風土自体は改善されていない。

Noam Galai/Getty Images

「ブロ」たちは、意識的に女性を差別しているわけではない。ただ、女性のほうで、テック業界に来ないという選択を自らしているだけ、と考える。そして、世の中では「女性はテクノロジーが苦手」というステレオタイプがますます信じられるようになり、「仕方ない」の壁がどんどん高くなっていく。

2017年、グーグルの従業員の男性が、「どうせ女性は生まれつきプログラミングに向いていないのだから、男性のほうが採用も昇進も有利なのは当然、ダイバーシティの努力は無駄」というメモを社内で流し、これが外部にリークして彼は解雇された。しかし、このメモに対し「まぁ、言ってることはわかるが」といった反応をした人も多かった。

グーグルの初期の頃は、スーザン・ウォシッキー、マリッサ・メイヤー、シェリル・サンドバーグなどの著名な女性たちが活躍したが、最近の採用におけるダイバーシティは実質よりも会社のイメージ対策の色が濃く、採用はするものの、その後社内できちんと訓練や処遇をして、不均衡を是正しようという努力はされていない、と指摘する向きもある。

男性が圧倒的多数となり、お金と権力が集中することに加え、シリコンバレー独特の「強引でエゴな変人」が大事にされるカルチャーもあり、会社の中で「変人」氏の傍若無人なふるまいに口を出せない空気ができる。変人氏が大きな業績をあげていれば、ますます尊大になりやすい。今回のルービンや、ウーバーのカラニックなどがこのケースだ。

それでも社内なら、社内規定があったり苦情受付の窓口があったりするのでまだ良い。「投資家男性と、投資を頼みに行く女性起業家」の場合はそれすらない。2017年、500 Startupのデーブ・マクルーアなど複数のベンチャーキャピタリストが、この種の不適切行為を行ったとして辞任したり解任されたりしたが、こうした関係性の中では事件はますます表面化しづらく、ひたすら黙っているしかない女性はたくさんいると思われる。

「訴訟チキンレース」の壁

ウーバーの創業者で元CEOのカラニック氏。

ウーバーの創業者で元CEOのカラニック氏。奔放な言動で物議を醸してきた同氏が「企業文化の象徴」と言われることもあったウーバーでは、セクハラや差別の放置といった不祥事が続発し、同氏は2017年6月に辞任した。

REUTERS/Jane Lee

今回は、セクハラの被害にあった女性たちがNYTの取材に応じたために記事になったのだが、ここまで来るのは長い道のりだったと思われる。

この記事について、「女性のほうが事件をでっち上げて、お金持ちからカネをゆすろうというのでは?」という反応をする人もいるだろうが、実際には逆である。訴訟合戦になったらお金持ちのほうが圧倒的に有利だ。

記事の中でも、匿名の発言が多く引用されている。ただでさえ、密室で実際に何があったのか立証するのは難しく、調査の過程で屈辱的な扱いを受けることも多く、上司を告発すれば会社にいづらくなる。女性が告発をためらう事情は、日本でもアメリカでも同じだ。

そしてたとえ会社を辞めて訴訟を起こそうとしても、相手が無尽蔵にお金を持っている場合、「守秘義務違反」や「名誉毀損」など、いろいろなやり方で返り討ちに遭う。告発者本人だけでなく、周囲の協力者にまで、なんらかの理由をつけて訴訟の脅しをかけ、協力を阻む。弁護士をいくらでも雇っていられるので、訴訟を長引かせて原告側が干上がるまでチキンレースを続けられる。正面から戦っても勝ち目のない被害者が、メディアに告発しようとしても、同じことが起こる。普通のお金しか持っていない普通の人は躊躇する。

脅しに屈せず調査報道をする記者

セラノスでCEOをつとめたエリザベス・ホームズ。

セラノスでCEOを務めたエリザベス・ホームズ。事業の根幹となる技術が開発できていないことを暴露され、廃業に追い込まれた。

Andrew Burton/Getty Images

前回の記事に書いた血液検査ベンチャー、セラノスの場合は、検査データ偽造などの情報漏洩を防ぐため、従業員をこうしたやり方で脅迫するパワハラであったが、このように訴訟による脅し手法を駆使する様子が、詳細に「Bad Blood」という本に書かれていた。

セラノスの場合は、本を書いたウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の記者にも脅しの手が及び、外部の取材協力者も次々と脅しに屈して口をつぐんでいった。今回のNYTの記者も、実名で取材できる相手を獲得するまでに、いろいろあっただろうと想像できる。お金持ちを敵に回すのは恐ろしいことだ。

カリフォルニア州では、2019年からセクハラ告発に関する新しい法が施行され、告発者は匿名、告発相手は実名が公表されることになる。しかし、この法律だけでは、「仕方ないの壁」も「訴訟チキンレースの壁」もなくならない。「勇気」だけでもどうにもならない。女性たちが静かに去るしかない、ブロトピアの現実は、残念ながら当分変わりそうもない。

ひとつだけ希望があるとすれば、今回のNYTやセラノスのWSJのように、調査報道をする記者がいて、訴訟の脅しに屈せず記者を組織として守ることのできるメディア企業が、アメリカにはまだ存在している、ということだろう。私のようなフリーランスには絶対無理だ。

果たして、日本のメディアはどうなのだろうか、とふと考えてしまう。


海部美知:ENOTECH Consulting CEO。経営コンサルタント。日米のIT(情報技術)・通信・新技術に関する調査・戦略提案・提携斡旋などを手がける。シリコンバレー在住。

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