地震が起きたら、シングルは「自宅避難」が基本になるという。だが、シングルの暮らす部屋には収納が少なく、防災グッズなどをストックできるスペースが少ないことが多い。
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東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震と、ここ数年、大きな地震が起きている。避難生活に関連して、妊産婦や小さな子どもがいる人、高齢者、身体障がい者への配慮に関する報道を目にすることも増えた。
ただし、元気で身軽に動けそうと思われがちな単身者(シングル)も大震災のような非常時には特有の困難に直面することがある。札幌市男女共同参画センター・菅原亜都子(あつこ)さんのヒアリングによると、9月に起きた北海道の地震の際、男女問わずシングルの人たちは次のような困りごとを経験したそうだ。
「収納の少ない部屋に住んでいるので、ストックが少なくて食料、トイレットペーパーなどが足りなくて困った」
「最低限の震災グッズを持っていたが、しまいこんでしまっていたので、地震で扉が開かなくて使えなかった」
「ひとり暮らしなので、必要な作業を手分けできずに困った」
同じことは東京など他の大都市でも起きる可能性が高い。シングルは震災にどう備えればいいのか。北海道の体験談・教訓に加え、東京都内を中心に住民向けの防災研修を行うインクルラボ代表の高橋聖子(きよこ)さんのアドバイスをもとにまとめた。
情報過疎から不安になる
北海道胆振東部地震では多くのボランティアが駆けつけ、助け合いが見られた。
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防災の注意事項は同居家族の有無に関わらず共通点が多い。その中でも、あえて、シングル向けの防災キーワードをまとめると、①地域情報、②自宅が避難所、そして③認知バイアスとなる。順に見ていこう。
「震災の時、シングルの方がいちばん困るのは、情報不足だと思います」と高橋さんは言う。特にデマが流れた場合、すぐ近くに話し合える人がいないと不安になってしまうかもしれない。北海道胆振東部地震の時は「さらに大きな地震があると自衛隊が言っている」というデマが流れた。
高橋さんは北海道地震の後、9月末に函館市女性会議が開催した防災研修に講師として赴いた。参加者に地震の時、頼りになった情報源について尋ねると、「コミュニティFM」という答えが最も多かったそうだ。函館のコミュニティFM「FMいるか」は「ドコモの●●店で携帯の充電ができる」「この店では水が売っている」というローカル情報を細やかに発信して多くの人の助けになった。
2つ目は自治体のメールやTwitterだ。函館市のTwitterは地震の後に流れたデマ情報を市民から細やかに取り上げて、「これは事実ではないので注意してください」という趣旨のツイートを流していたそうだ
「函館では、9月の地震の際、友人からのチェーンメールで嘘の情報が流れてきた、といった声も聞きました。非常時には地域の正確な情報を把握することが大切です。その方法は、平常時のSNSとは異なる場合もあるのです」(高橋さん)
ラジオや防災グッズ一度は触っておく
シングルの防災対策にお勧めなのはカードサイズの「小型ラジオ」。
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では、シングルの防災対策として具体的に何をしておけばいいか。
高橋さんのお勧めはカードサイズの「小型ラジオ」だ。高橋さん自身、常にカバンに入れて仕事の時も持ち歩いている。自宅にはソニーの防災ラジオがある。より重要なのは、つけたらすぐにNHKを聴けるよう周波数を合わせておくこと、地域のコミュニティFMの周波数を知っておくことだ。
「ラジオは、一見、便利そうに見えても感度が悪くてほとんど聞こえないものもあります。せっかく買ったらしまっておかず、電源を入れたら明瞭に聴こえることを、平時のうちに確認しておいて下さい」(高橋さん)
札幌の菅原さんのヒアリングでも「防災用品を非常時になって初めて使うのはNGと痛感した」という声が寄せられている。地震発生後、初めて説明書を見ながら手回しラジオを使った、平時に試しておけばよかった、という声もあった。
自治体のTwitterはホームページから確認できる。防災情報に関しては、気象情報もこまめに拾っており、市町村の危機管理室がきちんと運用していることが多いという。
「非常時に慌ててGoogle検索をしてしまうと、出所の分からない偽情報に遭遇してしまうこともあります。あらかじめ出所が分かっていて信用できる情報源を、平時に確保しておきましょう」(高橋さん)
これらは、今日すぐに始められる。ひとりでは取り組む気になれない、という人は、一人暮らしの友人で週末集まって、お茶を飲みつつ防災グッズを見せあったり、一緒に試しに使ったりしてみる時間を作ってみたら良いのではないか。
自宅が避難所になるという覚悟
次に大事なのは「自宅が避難所になる」現実である。
震災被害を受けたら避難所生活になる —— 。東日本大震災後の報道を見ていた人は、そんなイメージを持っていないだろうか。しかし、実際に起きることはイメージとはギャップがある。
震災後に、家が無事であれば避難所には入れないこともある。
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「避難所は家の倒壊・焼失等により、自宅で生活できなくなった人たちが、しばらく生活する場所です。ほとんどのマンションは耐震工事をしてあり、堅牢な作りですから、震災後に避難所に行っても、家が無事ということで入れないことがある。基本は、自宅が避難所になると思っていた方が良いです」(高橋さん)
震災後の生活は地方と都会で大きく異なる。避難所の収容人員と人口の比率、マンションのように倒壊しない建築物に住む人が多いことを鑑みると、東京で震災が起きた場合は、自宅で暮らしながら避難生活を送ることを想定した方がよさそうだ。
東京都が公開しているデータによれば、都内避難所の収容人員は328万人で、都内人口の24%を収容できる。この数字だけを見ると、自分も避難所に入れるのではないか、と楽観的に考えてしまうが、現実は厳しい。高橋さん自身は都内で家族と暮らしており、住んでいる自治体の防災計画をもとに試算したら、次のような事実が分かったという。
「小学校の避難所」は現実味がない
まず震災時の避難所としては地元小学校が想定されている。都内公立小中学校の耐震化率はほぼ100%だからだ。
高橋さんの地元の公立小学校の児童数は約500人。この小学校に長期で約1300人が避難生活を送る、というのが計画で示された数字。小学校が避難所になる場合、通常は体育館を最初に開放する。体育館の平均的な面積は600平米。1人当たりの広さはわずか0.5平米しかない。
「体育座りで通路なく座ってぎゅうづめの状態」(高橋さん)という。実際には廊下や教室の一部を開放するが、それでも過密状態になることは確かだ。
もちろん、地域によって小学校地区に住む人の数は異なるが、「震災が起きたら避難所で生活する。それは地域の小学校体育館」というプランは、マンション住まいのシングルの人にとって、いろいろな意味で現実的ではないことが分かるだろう。
日常生活の中に防災グッズを
賞味期限が近付いたレトルト食品は食べてしまうなど、日常生活の中に防災を無理なく防災グッズを取り入れることがお勧め。
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自宅での避難生活に備えると言っても、ひとり暮らしの部屋は狭いことが多く、それほど多くの備蓄ができないだろう。
お勧めは、日常生活の中に無理なく防災グッズを取り入れることだ。例えば、レトルト食品を多めに買っておき、カセットコンロとガスボンベを買い置きする。何事もなければ賞味期限が近付いたレトルト食品は食べてしまえばいい。
ちなみに、冒頭の菅原さんが札幌のシングル男女にヒアリングしたところ「冷凍ご飯をガスで蒸したら暖かいご飯を食べられた」「缶詰など高カロリーの食品が役に立った」という声が寄せられている。札幌は停電したため「ご飯を炊ける鍋が役立った」という人もいる。
陥りやすい「認知バイアス」
都会のマンション暮らしだと、一人暮らしだけでなくDINKSや核家族でも近所付き合いがない場合も多い。いざという時は、どうなるのだろうか。
高橋さんは国際NGOのプロジェクトマネジャーとして、東日本大震災の発生後から現在に至るまで、被災3県(岩手・宮城・福島県)でさまざまな支援活動をしてきた。関わった人の中に転勤族の妻がおり、小さな赤ちゃんを育てながら、知り合いがひとりもいない街で暮らしていた。
震災発生後、複数のマンション住民がこの女性の家をノックして「大丈夫でしたか?」と訪ねてくれたそうだ。慣れない土地で夫は仕事で忙しく、ひとり育児に精一杯で近所づきあいと言えるものはなかったが、エレベーターで会った時に挨拶をするなど、最低限のコミュニケーションをしていたため「●号室に住んでいる人」という認識は持たれていたようだ。
9月の北海道の地震の際も、札幌では「アパートやマンションで近所と交流があったこと」を「あってよかったこと」として挙げている人がいた。
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「仕事が忙しかったり、面倒だったりで、ご近所づきあいは大変だと思いますが、日頃から挨拶ぐらいはできるのでは。近所で怒鳴り声が聞こえる、子どもの泣き声がやまない、新聞がたまっているといった場合は、スルーせずに関係機関に連絡するような姿勢が、いざという時、周囲の人が自分に関心を持ってくれることにもつながると思います」(高橋さん)
実際、札幌でも「アパートやマンションでお隣さんや近所と交流があったこと」を「あってよかったこと」として挙げている人がいた。
最後に、日頃元気に働いている人が陥りやすい「認知バイアス」に触れておきたい。高橋さんはこう話す。
「人は、良いことは自分に起きると思うのですが、悪いことは自分には起きないと思いがちです。
首都圏直下型地震は今後30年に70%の確率で起きますから、首都圏で働く人の多くが生きているうちに大地震に遭遇する可能性が高いのです。日常生活の中でできる準備を無理なく始めてほしいと思います」(高橋さん)
(文・治部れんげ)