KDDIは楽天と通信、決済、物流の分野で手を取り合う。
11月1日、KDDIと楽天が通信、物流、決済に分野において提携することを発表した。
楽天は2019年10月に「第4のキャリア」として携帯電話事業に参入するが、その際、全国的なネットワークに接続してくれるローミング先を探す必要があった。
過去にも、イー・アクセス(現ワイモバイル)が参入したときにはNTTドコモが回線を貸し出した経緯があったことから、業界ではNTTドコモを本命視する声は根強かった。
しかし、NTTドコモの吉澤和弘社長が「楽天は、MVNOとMNOの両方を(うちのネットワークを借りて)やるのはおかしいのではないか」と散々苦言を呈していたことから、交渉は難航しているものと見られた。
しかし、急転直下。KDDIから「楽天のローミングパートナーはうちだ」という発表があった。
KDDIは楽天に蜘蛛の糸を垂らしたのか
楽天との取り組みを発表したKDDI 髙橋誠社長。
楽天は2026年3月末までに全国的にネットワークを広げる義務があるが、KDDIと提携したことで、時間的・コスト的な余裕が生まれた。いずれにしても自社で全国展開しなければならないが、焦る必要もなくなった。
今回の提携は、ローミングだけにとどまらず、KDDIは楽天が持つ物流と決済プラットフォームを提供をしてもらうということも明らかにされた。まさに第2のキャリアと第4のキャリアが相当、深い仲で結ばれたことになる。
髙橋誠社長は「今年になって楽天からのローミング提供の申し入れを受けた。当然、楽天はNTTドコモやソフトバンクにも申し入れをしただろう。条件の面で、我々が対応できる範囲に収まりそうだということで決めた」と語る。
他社に獲られてしまうなら、自分たちの仲間にしたほうがメリットは大きいという判断が働いて当然だ。
どう考えてもKDDI側に損はない
KDDI側は混雑エリア以外の回線を、楽天側は決済分野や物流分野のリソースを提供する。
一部では「KDDIと楽天の提携はバーターとして、ローミングで支払う接続料の負担を抑えるために、楽天は物流と決済の基盤を提供したのではないか」という見方があるが、実際はKDDIのほうがはるかに優位な立場にいる。
ひとつには、KDDIが楽天の携帯電話ユーザーに対して、ローミングサービスを提供することで、かなりの通信収入を期待できるという点にある。
KDDIは楽天に対して、東京23区、名古屋市、大阪市などの混雑エリア以外の場所をローミング先として貸し出す。そこで楽天のユーザーがデータ通信や通話を行えば、KDDIに対してチャリンチャリンとお金が落ちていくのだ。
KDDIからみれば、混雑エリア以外の場所は、ネットワークのキャパシティ的にかなりの余裕がある。むしろ、設備投資においてはやや過剰なところもあるほどだ。
そんな場所に、KDDIは追加投資することなく、新たに楽天のユーザーが使ってくれれば、新たな収益が生まれる。KDDIにしてみれば、これで投資効率も上がるというわけだ。
大都市圏はネットワークが逼迫しており、KDDIは自社のauユーザーをさばくのに手一杯の状態だ。ここで楽天のユーザーを受け入れる余裕はないため、東京23区、名古屋市、大阪市などがローミング先から外してあるというわけだ。
楽天にとってもKDDIは“お客様”
楽天が展開するスマホ決済「楽天ペイ」。今後、楽天ペイの加盟店舗でau PAYが使えるようになる。
一方、決済分野の提携では、楽天が加盟店開拓を行っている「楽天ペイ」の決済プラットフォームを、KDDIが来年4月に開始する「au PAY」が利用できるようになる。
楽天が開拓してきた加盟店は全国に120万店舗あるとされているが、当然まだ始まったばかりのサービスであり、初期投資の段階で赤字の事業であることは間違いない。そこにau PAYがパートナーとして参加してくれれば、楽天にとっても投資の回収が早まる可能性が出てくる。
KDDIはQRコード決済において、NTTドコモの「d払い」やソフトバンク系の「PayPay」、LINEの「LINE Pay」などに大きく遅れをとっている。そんななか、楽天と組むことで労せず120万店舗の加盟店が使えるようになる。まさに渡りに船というわけだ。
物流においても、いま楽天はアマゾンに対抗しようと、注文から配送まで一気通貫で管理する包括的な物流サービス「ワンデリバリー」という構想を掲げ、物流倉庫を新設するなど投資がかさんでいる状態だ。
そこに、KDDIが自社の通販サイト「Wowma!」の物流を担うという提携が実現した。楽天としては、まさにKDDIは物流倉庫を使ってくれるお客様というわけだ。
KDDIと楽天は通信、決済、物流という3つの分野で提携するが、お金の流れでいけば、ローミングにおける通信料金が圧倒的に高額になる。つまり、ここで儲かるのはKDDIサイドというわけだ。
KDDIはすでに設備投資が終わっているところを貸し出すのに対して、楽天は初期投資の段階でお金がかかっているところを貸し出す。提携の実現を喉から手が得るほど欲しかったのは楽天サイドなのだ。
楽天は料金競争の急先鋒ではなくなるだろう
結局、通信料金は下がるのか?
撮影:今村拓馬
もちろんこの関係により、楽天がKDDIに対して、料金競争を仕掛けていくということもないだろう。KDDIに料金プランで攻めないということは、結果としてNTTドコモやソフトバンクに攻撃が及ばなくなる可能性が高い。
今回は通信、決済、物流という3分野に留まったが、今後はそれ以外の分野にも提携が拡大することも考えられる。例えば、端末調達で提携すれば、楽天の端末ラインナップにiPhoneが並ぶということもありえるだろう。
また、金融面においては、楽天のクレジットカード事業が圧倒的に強いが、KDDIもクレジットカード事業を持っており、ここでの親和性も高そうだ。
KDDIが楽天に対して、強い発言権を持てるレベルの出資が叶えば、資本提携ということも考えられる。
楽天は「第4のキャリア」として、菅官房長官が主導する料金競争の急先鋒になるかと思いきや、将来的には「KDDIのサブブランドキャリア」という位置づけになってしまうかもしれない。
(文・石川温、撮影・小林優多郎)
石川温:スマホジャーナリスト。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜22時からの番組「スマホNo.1メディア」に出演。