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ロバート・キーガンの『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか』の冒頭に、「もう1つの仕事」の話がのっています。
「組織に属しているほとんどの人が、本来の仕事とは別の『もう1つの仕事』に精を出している。それは、自分の欠点を隠し、不安を隠し、限界を隠し、自分を隠すための仕事をしている。自分の弱さを隠し、自分の印象を操作し、優秀に見えるようにする。無意識にこの『強がり』をするために、時間を使っている。もっと価値を生み出すことにエネルギーを費やすべきではないのか。そうしないと、その損失はあまりに大きい。」
思い当たるエピソードがあります。
「大阪は違う」と説明するのにエネルギーを使ったマネジャーの話
以前、私が情報誌の企画マネジャーをしていた当時の話です。
その情報誌は、全国エリアごとにばらばらの商品、ばらばらの価格体系、ばらばらの製造工程でした。それを全国で同じ商品、同じ価格体系、同じ製造工程という標準化を志向したことがありました。
さまざまなメリットがあります。もっともいい方法を全国の他地域に横展開できます。価格体系も標準化するので、顧客との値段交渉も少なくなります。経験の浅い営業担当も営業効率が良くなり、立ち上がりが早くなります。
もちろん大きな変更ですので、変更当初は混乱も想定されます。丁寧に各エリアの部長に説明したところ、ほとんどの組織責任者はその意義を理解してくれて、了承を得ることができました。
ところがある大阪のマネジャーが、「納得いかない」と私を超えて上司に直談判しに東京にやってきました。
私の上司との面談時の資料には、大阪のマーケットについての綿密なデータと、今回の施策が大阪では無理だと理路整然と書かれていました。とはいえ、その理屈には穴もたくさんあり、その会議に同席していた私としては、十分反論は可能でした。
ところが私の上司は、その内容に反論することなく、ひとことつぶやいたのです。
「いやー、あなたは本当に賢いな。その賢さと情熱やエネルギーをこの施策ができないことを説明するために使うのではなく、中尾を助けるために使ってくれないだろうか」
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大阪のマネジャーは、さまざまな質問に対して準備してきたのだと思います。しかし、このような依頼に対する回答は想定していなかったようでした。
すっかり毒気を抜かれた彼は、「分かりました」と上司に伝え、1週間後にどうやったら実現できるかというレポートを作成し、標準化施策を積極的にけん引してくれました。
「少しの値上げ」でさえ無理だという恫喝にエネルギーを使ったベテラン営業
研修の価格体系を整備した時にも同じような反応がありました。研修の価格体系は、①講師単価×研修日数+②受講料金×参加人数+③諸経費となっています。
当時、①の研修講師単価が6種類、②の受講料金が7種類、③の諸経費が5種類ありました。組み合わせると20パターン以上になります。顧客ごとに研修日数や参加人数も異なります。簡単な計算式なのですが、すべてが変数なのです。
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これでは経験の浅い営業担当は頭がこんがらがってしまいます。しかも顧客に研修の日数と受講人数を確認しないと、正確な価格を計算できません。顧客から価格を聞かれるたびに、携帯電話の電卓機能で計算をしなくてはいけなかったのです。これでは営業効率が悪すぎます。
そこで価格体系のシンプル化を決定しました。
①研修講師単価、②受講料金、③諸経費の種類を半減したのです。顧客が決定する研修日数や、参加人数も標準の数値を定めました。これで顧客から質問を受けても、簡単に回答ができます。
ところがベテラン営業担当が反対したのです。具体的な例をもって、顧客から大クレームが入って売り上げが下がると恫喝(私にはそのように感じました)してきたのです。
正直、かなりひるみました。ところがコールセンター営業チームのトップに話を聞きに行くと、全く問題ない。それどころか、シンプル化してくれれば拡販が見込めるというのです。若手営業も賛同してくれました。
本来営業力があるはずのベテランから無理だと言われ、営業力のないはずのコールセンター、若手からは賛成を受けたのです。
事前に顧客満足度調査を行い、それを偏回帰分析(どの項目の影響が大きいか)して、大口顧客は価格よりも研修成果によって満足度が変化することを押さえました。
つまり顧客は予算の管理をしているのですが、研修成果の方がより重要なのです。
難しい判断でしたが、価格体系整備を断行しました。結果、1社からもクレームが入りませんでした。それどころか、営業担当の行動生産性が向上し、売り上げも増加しました。
大阪のマネジャーもベテランの営業の行動も、まさにキーガンのいう「弱さを隠す」ために使っている時間ではないでしょうか。まったくの無駄です。
「 解けないことを」知らなかったので、解答を見つけた学生
最後に、私が好きなエピソードを紹介します。
ある外国の大学の数学の授業の話です。その授業では、毎回授業の最後に宿題が出されます。その宿題を次回の授業までに解答することで出席とみなされ、それを単位認定の基準としていました。毎回難問が出動され、生徒たちは四苦八苦しながら宿題に解答し続けていました。
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ある生徒が、その授業に遅刻しかけました。ぎりぎり授業最後に間に合い、黒板に書いてあった宿題を写しました。1週間かけて、なんとかかんとかその問題を解くことができました。
彼は意気揚々と宿題と答えを携えて、次回の授業に参加しました。ところが授業の終盤になっても宿題提出の話にならないのです。不思議に思った彼は、手を上げて質問しました。
彼:「前回の宿題の提出はないのでしょうか?」
教授は怪訝そうな顔をしました。 「前回は宿題を出していませんよ」
彼:「授業の最後に黒板にあった問題は宿題ではないのですか?それの提出です」
教授は答えました。「あれは解けない問題の例です。それを解いたというのですか?」
そうなのです。この生徒は解けないという事を知らなかったのです。
大半の生徒は、教授から「解けない問題」であると説明を受けていました。その結果、彼以外の誰も解答が出ると思わず、解答を試みることはありませんでした。
私たちの日常でも思い当たることがあります。意識が変わると行動が変わります。そして行動が変わると成果が変わります。
「できる」と考えて取り組むのか、「できないに違いない」と考えて取り組むのでは、その成果は大きくなります。
どうせ時間を使うのであれば、少し意識して、一生懸命「できる方法」を見つけることに、エネルギーと情熱と時間を注ぎませんか。きっと、行動が変わり、成果が変わります。
中尾隆一郎:株式会社FIXER取締役副社長。大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、現職。株式会社「旅工房」社外取締役も兼任。