深刻な豪雨被害が相次いだ2018年。もっと具体的で詳細な予測ができていれば、被害を最小限で食い止められたかもしれない。写真は2018年7月28日、台風12号が接近中の東京都内。
REUTERS/Issei Kato
20分後に渋谷のスクランブル交差点をゲリラ豪雨が通過する——その時、浸水被害の可能性は……。
交差点ごとのピンポイントな浸水(冠水)予測を可能にするツールが、まもなく登場する。早稲田大学理工学術院の関根正人教授が研究を進めており、2018年12月にも正式発表する。
参考記事:駅の中で大雨、水浸し、停電——なぜ都内の駅は豪雨にもろいのか
浸水予測に用いる重要な情報源の一つは、実はSNS。豪雨の際、ツイッターのタイムラインは写真やつぶやきで埋め尽くされることが多い。これが、予測のカギを握る。
20分後の浸水危険度がリアルタイムで分かる
2013年7月23日豪雨時に発生した都市浸水の再現計算結果(上段が15時30分、下段が16時)。実際には街区(道路に囲まれた区域)内の浸水状況も計算しているが、上図では道路ネットワークの状況を見やすくしてある。
出典:日本気象学会2018年度夏季大学「東京で発生する大規模浸水・都市河川洪水とそのリアルタイム予測」より
関根教授が研究を進めているのは「リアルタイム浸水予測システム(略称、S-uiPS)」。
東京23区の道路地図上で、雨量に応じた浸水危険度をリアルタイムでマッピングするシステムだ。関根教授は、道路や下水道、河川や土地の利用条件など、都市の排水や浸水にまつわるインフラのデータを集約。道路地図にそのデータを落とし込み、ある雨量を入れると、地図上に浸水危険度(浸水深)が表示されるようにした。
例えば、豪雨が23区を1時間で通過する時、そのルートとともに、刻一刻と変化する道路地図上の浸水深を、雨雲レーダーのようなアニメーションで確認できる。網の目のように張りめぐらされた下水道マップも表示され、豪雨の通過とともに下水管を水が満たしていく様子も見られる。
気象庁はおおむね豪雨発生の30分前に雨量を予測することから、豪雨が到達するおよそ20分前には危険度を表示できるようにする。将来的には、スマホからも危険度マップを見られるようにし、「時事刻々と浸水深を示すことで、緊急車両や避難する人たちはより安全なルートを選べるようになる」(関根教授)という。
ツイッター投稿が被害予測の参考に
(編集部注・上のツイッターは2018年8月27日のゲリラ豪雨の際に投稿された例)
関根教授は、過去に都内で起きた豪雨の雨量をS-uiPSに入力し、浸水深をシミュレーション。実際に起きた浸水被害の状況と照らし合わせることで、システムの精度を検証した。
例えば、2013年7月23日、目黒川で氾濫警戒情報が発表された豪雨。当時計測された目黒川の水位と、S-uiPSを使って試算した水位は、ほぼ一致した。
また、同日の目黒通りと山手通りが交差する大鳥神社交差点(アンダーパス)は、S-uiPSで試算したところ、0.45〜0.5メートルの浸水が予想された。こちらも、当時の交差点の浸水被害状況を撮影した写真から水位を見積もると、S-uiPSの予想とほぼ一致した。ほか4地点の水位も同様に比較して、精度を確かめた。
こうした精度検証で重要になるのが、浸水被害の様子を記録した写真だ。関根教授によると、防犯カメラの映像などは研究に利用できないため、報道機関や一般の人が発信した情報が頼りになる。
「ツイッターに投稿された豪雨の写真や情報をそのまま鵜呑みにすることはできないものの、一次情報はやはり役に立つ。例えば、渋谷のスクランブル交差点に居合わせた人が『これくらい浸水しました』などと呟いてもらえたら、参考情報になります」(関根教授)
東京都内の危険地域は…
2015年9月に台風18号が上陸した時の東京都内の様子(いわゆるゲリラ豪雨とは異なるが集中的な雨量が観測された)。
REUTERS/Toru Hanai
実際のところ、東京23区ではどの地域が危ないのか。関根教授に依頼し、S-uiPSで各地の浸水深を調べてもらった。方法としては、2015年に都内で発生した豪雨と同じだけの雨量が、都内全域で降ったと想定し、浸水深を試算した。
その結果、浸水危険度が高いことを示す赤色のエリアがいくつか確認され、関根教授は特に次の地点の危険性を挙げた。
・溜池交差点(港区)
「かつて交差点の近くに溜池があり、それなりの下水道が整備されているが、豪雨時の雨量は排水が追いつかないほどになる」
・日比谷公園(千代田区)
「日比谷公園のあたりは、海水面が今よりも高かった時代に入江だったとされる地域で、周辺より標高が低い」
・中野駅の南東部(中野区)
「地下深くに下水道があるが、うまく排水ができない」
・旧桃園川緑道沿い(中野区)
「桃園川に遊歩道でふたをした形で、今も標高が低い」
このほか、小石川植物園(文京区)のあたりも谷筋で、浸水危険度が高いという。また、ここで特筆した地点は、あくまでも(2015年豪雨を例にとった)一つの試算結果であることに注意されたい。
自治体の「洪水ハザードマップ」への疑問
東京・中野区がウェブサイト等で公開している洪水ハザードマップ。
出典:中野区「洪水ハザードマップ」より編集部が一部をキャプチャ
リアルタイム浸水予測システムの開発は、各自治体が公表している「洪水ハザードマップ」への疑問から始まった。
関根教授は「洪水ハザードマップは、土地のおおよその特徴を知ることはできるが、細かい箇所の浸水危険度は分かりにくい」と指摘する。浸水予想の試算の範囲が、一定の単位で区切られているからだ(例えば神田川流域の場合は10m×10m。以前は50m×50mだった)。
区切られた範囲内に凹凸があったとしても、浸水予測はその範囲内の平均値で示されるため、ある建物、ある交差点などの局地的な予測は判然としない。関根教授は「マップが本当に意味するところをどう読んだらいいのか、住民は分からないかもしれない」と疑問視し、より身近で詳細なハザードマップを作ろうと研究を始め、2017年には文部科学省のプロジェクトに採択された。
S-uiPSは、引き続き試験運用を続け、2019年の梅雨ごろに本格運用を開始する。関根教授は「東京五輪の際に日本にやってくる方々にもぜひ活用してもらいたい」とした上で、「8月の豪雨でなすがままにやられ、多数の孤立者を出した関西空港のイメージを、海外まで広く定着させるようなことがあってはならない」と強調した。
(文、写真:木許はるみ)