家族で作る家族のためのお手製本。1件10万円の「遅い・高い・アナログ」に宿る価値

佐藤家の「家族製本」

Yさんの「家族製本」より。普段はドイツに暮らす娘夫婦が群馬の実家に帰省した1日を取材。親から娘へ「夫婦の極意」が伝えられた。

モノが売れなくなった時代と言われて久しい。では、人はどんなモノを今買いたいと思っているのか。

その一つの答えが、「家族製本」というプロジェクトにあるかもしれない。

「家族製本」とは、フリーのライターである私こと宮本恵理子が、写真家のキッチンミノル氏と始めた「家族による、家族のための完全オーダーメイドの本づくり」である。きっかけは、2人で担当していたニュース週刊誌『AERA』の巻末連載「はたらく夫婦カンケイ」で、数多くの家族を取材した経験だった。

取材対象は、ごく普通の一般家庭の夫婦。「うちなんて、話すことは何も」と言いながら、話し出すと止まらない。家族の思い出話や、妻や夫に言いたかったけれど言えなかった感謝や詫び、長年の誤解を解く弁解などなど、言葉が止めどなく溢れてくるのだ。

普段から仲が良く、会話を十分にしているように見える家族であっても、“肝心な話”はできていない。むしろ、大事な言葉が埋もれている。それを掘り起こせるのは、第三者が介入するインタビューならではかもしれない。

取材の前後では、家族がお互いを見つめる表情や漂う空気が明らかに変わるのも感じていた。

本の後ろはあえて白紙

「家族製本」本体(外箱)

「家族製本」本体(外箱)。

この変化を雑誌の誌面だけで終わらせるのはもったいない。家族のために永遠に残せるプロダクトにできないか。そう考え、構想3年。手製本に定評のある美篶堂に特製の本を作ってもらい、オリジナルの文章と写真を収められる「家族製本」は完成した。

展示するための作例には、知人の家族に登場してもらった。例えば、普段はドイツで夫と子どもの3人で暮らすYさんは、年に一度の里帰りを取材日に選び、妙義山をバックに両親・祖父の4世代で記念撮影。結婚式も挙げないまま海を渡った当時の思いと感謝を両親に語り、両親もまた「娘夫婦へ」とメッセージを伝えた。

他には、1歳の息子が成人したときに読めるようにと、誕生の瞬間や名前の由来を綴った例。ロサンゼルスに単身赴任をした夫に向けて、妻と5歳の娘がサプライズで贈るプレゼントにした例。あるいは、血縁を超えて「家族以上に家族な存在」だという結成20年のアマチュアバンドメンバーで座談会をした例……。「家族」というキーワードだけで、実に多様なサンプルが集まった。

白紙の本をどのように構成するかは、その家族の要望次第。本の後ろ半分はあえて白紙のまま渡し、「好きなものを貼ったり書いたり、残りのページを埋めて家族でこの本を完成させてほしい」と伝えている。

「家族製本」本体

「家族製本」本体

しかし、すべて手作り品ゆえ、どうしてもコストはかかる。1件につき10万円ほどという決して安くない料金に加えて、納品も1カ月は見ていただく。しかも、文章や写真の選択は一切任せていただくという条件付きだ。

スマホで撮った写真を自在に組み合わせて即日アルバムにできるアプリはいくらでもあるし、誰でも好きな文章をウェブ上に投稿をできる時代に、果たしてこんなに手間と時間のかかる超アナログなプロダクトにお金を払うお客さんはいるのだろうか? と、自分たちでも不安だった。

ありがたいことに、2017年春以降、年に2回の展示を行う中で、注文や問い合わせいただくペースは上がっている。依頼主に共通する特徴は、「ものづくりを通じて、家族でゆっくり交わす会話や、一つの完成品を待つ時間の共有を楽しんでいること」だ。

「遅い・高い・うまい」ものに価値

例えば、著述家の佐光紀子さんが展示会場に持ち込んだのは、20年以上前から大切に保管してきた3人の子どもたちの「育児月誌」の直筆記録だった。ずっしりと重みのある紙束には、すでに巣立った2男1女の子育て中の思い出が詰まっていた。

佐光家の「家族製本」2

佐光家の「家族製本」より。子どもの頃の母についての思い出を、成人した3人きょうだいが語り合い、文章に残した。

さらに、国内外でそれぞれの仕事に励む3人のきょうだいたちを集めてインタビューを実施し、「母の思い出」について一緒に語ってもらった。記念写真は、幼子だった20年前と同じポーズを同じ場所で。完成品を手にした次男の存人(のぶと)さんは、「家族で家族の話をゆっくりできたことも、貴重な時間になった」と感想を寄せた。ものづくりを通じての“体験”に価値を見出してくれたのだ。

佐光家の「家族製本」1

佐光家の「家族製本」より。20年前に撮影したきょうだいの写真と同じポーズで撮影して、見開きに納めた。

他にも、40代の男性Mさんは、妻に先立たれて施設で暮らす父親に贈るプレゼントとして、兄と共に家族製本を作成。「生前の母も写った昔の家族写真も残したい」と、スナップ写真の色とサイズを調整してきれいに本に収めた。

佐光さんもMさんも、「1冊の本に何を残そう」と思いを巡らせることが、家族にとって大事に守り続けたい何かを思い起こしたり、確かめ合うきっかけになっているようだ。

金融教育に携わる前出のMさんは、「モノにあふれる現代に生きる人は、ありきたりの商品では満足できない。『早い・安い・うまい』ならぬ『遅い・高い・うまい』ものでも価値さえ見出せば、お金を払いたくなる」と語っていた。

同じ本を世帯の数だけ複製して持ち合っているのも依頼者の共通点だ。ネットでいつでも交流できる時代であっても、離れて暮らす家族をつなぐ、実体としてのモノを求めているのだろうか。

家族による家族のためのものづくり

小学生の展示会来場者

展示会場にて、小林家の「家族製本」を手にする小学生の来場者。

展示会場には、意外なほどに10〜20代の若い人たちも長く滞在してくれる。見本の家族製本をめくりながら、「家族っていいですよね。私も家族が大好きなので、一緒に本を作ってみたい」と発せられるストレートな家族愛は、まさにミレニアル世代の価値観を象徴している。「紙の手触りや手間暇かけるアナログ感がかえって新鮮」という声も多い。

日常の積み重ねでしかない飾りのない思い出話や、家族間の非常にパーソナルなメッセージを残す。そんな“内向き”なプロダクトに対する関心は、有名ブランドのアイテム買いや、万人ウケするSNS投稿を世界中に発信する行動とは、まったくの対極にある。

家族による、家族のためのものづくり。そんなとても内向きなコンセプトへの共感は、新たな消費の兆しのようにも見える。

2018年春の展示会場風景

2018年春の展示会場風景。2018年秋の展示会は11月9〜11日、東京・荻窪の新刊書店&ギャラリー「Title」で開催。


2018年秋の展示会情報の詳細はこちら

(文・宮本恵理子、写真・キッチンミノル)

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