未だに7割企業が副業禁止。禁止企業の人事の本音と最も心配していること

政府は2018年を「副業元年」と位置づけ、「働き方改革」の一環として副業・兼業を推進している。最大の狙いは経済の活性化である。

働く人

撮影:今村拓馬

優秀な人材の持つ技能を他社でも活用することで新事業の創出などにつながり、人材を分け合うことで人材確保にも寄与する。個人にとっても副業で自社では獲得できないスキルを習得し、キャリアアップや収入増にもつながり、副業をきっかけに起業する人が増えると期待されている。

会社がスキルを身につけさせて定年まで面倒を見てくれる時代ではなくなり、副業でリストラや倒産などで職を失ったときのリスクも軽減できる。人生100年時代と言われる中で、年金などの将来の所得保障を考えると、副業による生涯賃金の増収や複数のスキルを持つことでエンプロイアビリティ(雇用され得る能力)の向上にもつながる。

政府は副業を推進するため、副業禁止を規定した厚生労働省の「モデル就業規則」を「労働者は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事することができる」と改定し、副業容認を打ち出し、副業・兼業の促進を企業に呼びかけるガイドラインまで出した。

最多禁止理由は「長時間労働を助長する」

ところが、副業容認の企業は若干増えているものの、大勢は笛吹けど踊らずの状態にある。

リクルートキャリアの調査(2018年10月12日)によると、兼業・副業を容認・している企業は28.8%(前回2017調査は22.7%)、禁止している企業は71.2%に上る。従業員規模別では10~49人の中小企業は45.4%が推進・容認しているが、300人以上は22.3%。中堅・大企業は8割近くが禁止している。

今後については「現在検討中」が7.5%、「検討したい」は9.2%にすぎず、検討もしていない企業が6割に上る。なぜ会社はそこまで頑なに社員が副業をすることを拒むのか。

裁判例では社員の副業・兼業は原則として認めているから、会社も合理的な理由なく副業を禁止することはできない。にもかかわらず就業規則などで禁じている理由で最も多いのは、「社員の長時間労働・過重労働を助長するため」が44.8%(複数回答)。次いで「労働時間の管理・把握が困難なため」(37.9%)、「情報漏えいのリスクがあるため」(34.8%)と続く。

実際企業はどのように対応しているのか、担当者に聞いた。

スポットの講演、執筆はOK

東証一部上場の食品メーカーでは就業規則で「許可なく他社の役員・従業員になることを禁じる」と規定している。同社の法務部長はこう語る。

「逆に言えば許可を得れば可能です。例えば研究者が大学の要請で客員教授になる、実家のファーストフードフランチャイズ会社の取締役になるなどのケースもあります。副業を原則、不許可にしている理由は、社員の健康管理、職務専念義務、競業への機密情報漏えいリスクがあるからです」

「とはいえ、役員・従業員になることを禁じているだけなのでアルバイト程度は可能性があります。ワイン営業の専門家が社外でセミナー講師を依頼されて、講師報酬をもらうケースなどもあります」

副業禁止といっても全面的禁止、というわけではないようだ。

一部上場の建設関連会社でも、「会社の許可を受けずに、在籍のまま他社に雇用されたり、役員になることを禁ずる」という就業規則の規定がある。同社の人事部長はこう語る。

「技術職が多い会社なので機密情報やノウハウの漏えいにつながり、副業を認めてしまうと現職に専念できなくなる恐れがあるからです。実は当社の時間外労働時間は他の業界に比べてもともと長く、その上で副業となると、本業に支障を来す可能性もある」

「ただし、社員が有償のボランティアをやるとか、社外からちょっとした講演を頼まれるケースなど個々の案件ごとに認めています」

大手事務機メーカーの販売子会社の人事課長も、

「副業禁止規定があるといっても、不動産の所有会社の役員や出版、講演などは副業申請書を出せば認めています。雑誌の執筆や土・日のセミナーの講師をやっている社員もいます」

と語る。

いずれも副業禁止規定があっても、申請すれば会社と業務と密接ではない家業の役員になることは容認し、執筆や講師などのスポット的な仕事の依頼については幅広く許容している。

本音は「業務に専念してほしい」

執筆

getty images / seksan Mongkhonkhamsao

政府の副業・兼業の推進についても、

「方向性としてはよいと思っている。すでに自宅で週末トレーダーをやっている人もいますし、今後は社員のニーズも高まるでしょう。ただし、社員の自立度が上がらないと会社の仕事にも影響が出るなどの問題も発生します。当面は職種を限定して少しずつ認めていくほうがよいと思う」(事務機メーカー販売子会社人事課長)

建設関連会社の人事部長も、

「業界・業種によっては今後容認していく企業は徐々に増えるだろうと思います。働き方改革の一環として、社内の公平適正なルールを決めて、自社で責任を持って運用可能であればよいと思う。ただし、さまざまなリスクも考えられるので本人に同意事項について誓約書を提出してもらうなどの十分な対策も必要」

と指摘する。だが、前出の大手食品メーカーの法務部長は

「個人的には副業・兼業は総じて反対です。わざわざ他社で働くことを推奨する必要はなく、キャリアの形成や知識の習得などは別の方法でもできます。当社としては就業規則を変えることなく、業務に専念してほしいもの」

と語る。

一番の懸念は「他社に雇用されること」

実は企業が最も懸念しているのは、他社に雇用されて働くことだ。つまり自社以外の会社と雇用契約を結ぶことで人事管理上、さまざまな問題が発生することを危惧している。

例えば先のリクルートキャリアの調査の禁止理由で最も多い「社員の長時間労働・過重労働を助長するため」もその一つだ。建設関連会社の人事部長はこう指摘する。

「労働時間管理を厳しく徹底している中で、本業と副業の時間管理が不透明となるため、健康を害した場合、どちらの業務が原因かの判断がつきにくくなります」

過重労働で過労死した場合のことを考えてみよう。現行の労災保険の補償が受けられる過労死認定基準は月平均80時間を超えて働いていた事実が要件になる。

ところが2社で働いていると、残業時間が合計で80時間を超えていても認定されない。現状では1つの会社の労働時間でしか判断されない仕組みになっているからだ。

副業先で事故に遭った場合は不利

ビル群

撮影:今村拓馬

厚労省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」Q&Aには、

「個別事業場ごとの業務に着目し、その業務に内在する危険性が現実化して労働災害が発生した場合に、保険給付を行うこととしていることから、副業・兼業している場合であっても、それぞれの就業先における労働時間は合算せず、個々の事業場ごとに業務の過重性を評価しています」

と記載しているだけだ。

つまり2社の時間外労働時間が80時間を超えて過労死しても労災認定を受けられず、残された本人の遺族は救済されないことになる。

食品メーカーの人事部長は、

「一つの会社の業務に全力投球を要求し、副業でも全力投球を要求されると、疲労蓄積、長時間労働になるのは確実ではないか」

と指摘する。

それだけではない。副業先で事故に遭った場合も不利になる

仕事先で労災事故が発生し、社員が入院し、休職を余儀なくされた場合、病院にかかる療養補償給付や休職中の休業補償給付が受けられる。だが、副業先のB社での事故が原因の場合、休業補償給付の給付基礎日額の算定はB社の給与のみで算定し、A社の給与は加味されない。休業補償給付額は給与の8割程度であり、副業先のB社の給与が低いと、少ない金額しか給付されないことになる。

時間管理上の見直しが必要になる

もう一つの問題はA社とB社で働いた時間は通算され、法定労働時間の1日8時間、週40時間を超えると、残業代を支払う必要がある。労働基準法38条には「労働時間は、事業場を異にする場合においては、労働時間に関する規定の適用については通算する」と指定している。

先の厚労省のQ&Aでも甲と乙の2社で働く場合、甲の事業場で8時間働き、その後に副業先の乙の事業場で働く場合について次のように記載している。

「乙事業場では時間外労働に関する労使協定の締結・届出がなければ当該労働者を労働させることはできず、乙事業場で労働した5時間は法定時間外労働であるため、乙事業主はその労働について、割増賃金の支払い義務を負います」

これでは副業を受け入れる企業は余計に賃金を払うことになる。現状では残業代を払っている会社は皆無だろうし、副業先に残業代を請求する人もいないだろう。本業の会社も見て見ぬふりを決めこめば責任を回避できる。

副業に比較的好意的な建設関連会社の人事部長は、

「労働時間の通算の制約を設けると、休憩時間の取り方や営業接待中の時間、出張中の移動時間のカウントの仕方など、会社によってはさまざまな時間管理上の見直しが発生するのではないかと懸念している」

と語る。

実はこうした労災や時間管理の問題は副業の障害になると、以前から指摘されていた。

だが、副業推進する政府や厚労省の副業促進のガイドラインでも法的制度や運用方法を見直すことなく、現状の規定を列挙しているにすぎない。しかも労災や時間管理の問題は個人の不利益に直結する。

政府がガイドラインを示すだけで副業が促進されるとは思えない。本気で兼業・副業を推進しようと思うのであれば、副業する社員が不利にならないような法改正を行うべきである。同時に所定労働時間に縛られない多様な働き方の実現に向けて官民がもっと知恵を絞るへきではないだろうか。


溝上憲文:人事ジャーナリスト。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマに執筆。『非情の常時リストラ』で2013年度日本労働ペンクラブ賞受賞。主な著書に『隣りの成果主義』『超・学歴社会』『「いらない社員」はこう決まる』『マタニティハラスメント』『人事部はここを見ている!』『人事評価の裏ルール』など。

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