『華氏119』は、11月2日からTOHO シネマズ シャンテ他で公開されている。
撮影:西山里緒
『華氏911』『ボウリング・フォー・コロンバイン』などで大ヒットを飛ばしてきたマイケル・ムーア監督の新作『華氏119』が11月2日、日本で公開された。トランプ政権後のアメリカを独特のタッチで描き出す。
Business Insider Japanでは特別試写会を開き、朝日新聞元ロサンゼルス支局長で、米映画業界にも詳しい藤えりか氏とBusiness Insider Japan統括編集長の浜田敬子の特別対談を実施した。
“トランプ現象”はオバマ時代から始まっていた
動画:ギャガ公式チャンネル
浜田:マイケル・ムーア監督のこの映画は、決してトランプ政権にだけ矛先を向けているわけではない。ラストベルト(と呼ばれる主要産業が衰退した米中西部から北東部にかけて)での雇用の問題や格差の問題は、すでにオバマ時代から顕在化していたのに、民主党政権は何も手を打たなかったと描いています。
藤:オバマ前大統領に期待しすぎていた面もあったと思います。例えばオバマ前大統領は、実は内部告発者の摘発という意味で、またメディアに対しても非常に厳しい大統領だったと言われています。
ウィキリークスに内部告発したチェルシー・マニング上等兵については最後は減刑したんですけれども、エドワード・スノーデンについてはそのままですしね。
チェルシー・マニング:元・アメリカ陸軍の情報分析官。内部告発サイト「ウィキリークス」に大量の米軍機密情報を漏えいした罪で2013年、禁錮35年の罪を言い渡された。
朝日新聞記者の藤えりか氏(左)と、ビジネスインサイダージャパン統括編集長の浜田敬子。
撮影:西山里緒
浜田:この映画は、中間選挙に合わせて日本でもアメリカでも公開されているそうなのですが、アメリカではあまり熱狂的には見られていないんですよね。
藤:2004年に公開された『華氏911』は、イラク戦争を始めたブッシュ政権に対してよく言ってくれた、という評価があった。『ボウリング・フォー・コロンバイン』も、銃社会アメリカについてみんなが言えなかったことを言ってくれた。
実際に『華氏911』はカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、実は今だにアメリカのドキュメンタリー映画史上興行収入1位なんです。
浜田:まだ破られていないんですね。
藤:だから『華氏119』も、もうちょっと公開が早かったらという感じはしていて。
今、アメリカのケーブルテレビやコメディー番組で、トランプをコケにする番組や真面目に批判する番組を散々やっているので、ムーア監督ならではのインパクトを感じさせづらくなっている。
トランプ批判が響きづらくなっているという現実もあります。
今、アメリカはドキュメンタリーブームなんですよ。Netflixなどでも良質なドキュメンタリーが多く制作・配信されています。
『華氏119』の公開前の8月から、アメリカで『Death of a Nation(ある国の死)』という映画が商業上映されているのですが、この映画を制作したのが、超極右のコメンテーターなんです。
動画:Dinesh D'Souza
浜田:極右勢力までドキュメンタリーを。
藤:『華氏119』には、現代アメリカをファシズムになぞらえ、ヒトラーの描写もあるんですが、この『Death of a Nation』は民主党こそがファシズムでナチスだと言い、トランプをリンカーンにになぞらえているんです。
映画の公開延期に、#Metooの影響?
ハーヴェイ・ワインスタインの過去のセクハラ・パワハラが告発されたことが、#Metoo運動の引き金となった。
写真:Stephanie Keith / Getty Images
浜田:実は、この映画はアメリカで公開が遅れたんですよね。その背景に#Metoo運動が関係しているとか。
藤:ワインスタイン氏は、2004年の「華氏911」や2009年の『キャピタリズム〜マネーは踊る〜』など、多くのムーア監督の作品の製作に関わっていたんです。
彼はインディペンデント映画製作の出身者で、本当にすごい目利きと言われてきました。
それまで大作スタジオ系が主流だった映画界にあって、インディペンデント映画の宣伝にお金をかけ、成功させてしまう。『華氏119』も巨額の資金を出す予定だったんですけれども、2017年10月にセクハラや強姦を大量に告発され、それが#Metoo運動の引き金を引いた。映画界からも身を引くことになり、資金を出せなくなってしまった。
それで『華氏119』の制作も一時中断に。そのあとに付け足した部分もあり今の映画になった。
ワインスタイン氏の宣伝力や影響力はすでに少し陰っていたと言われていますが、彼がもし告発を受けないまま関わり続けていたとしたら、アメリカ国内の興行収入とか上映館数はもうちょっと違ったものになったんじゃないかなと思いますね。
浜田:#Metoo運動の影響を受けたのが、マイケル・ムーアというのはちょっと皮肉ですよね。
ムーアは白人労働者層の出身
マイケル・ムーア監督はトランプの支持者が多いと言われる「白人労働者階級」の出身。
ⓒPaul Morigi / gettyimages
藤:ムーアは、トランプが支持者として取り込んだと言われている、白人労働者層の出身なんです。ミシガン州フリントというまさにラストベルトの出身。ゼネラル・モータース(GM)の工場のお膝元で、おじいさんもお父さんも工場労働者でした。
だからトランプ大統領もあんまりムーア監督とは対立したくないとも言われています。
浜田:であれば、ムーア監督のトランプ批判は今、支持者にも響くはずですが。
藤:やっぱりトランプ支持者の結束が強大すぎますよね。終身大統領制だって提案するのでは、なんていう話も上がるくらいですから。
浜田:それを聞いて思い出すのは、ブッシュ政権時代ですね。私はイラク戦争開始の前の年(2003年)に米中間選挙の取材に行ったんですが、その時にブッシュ家は永遠と言われていた。「Bush Dynasty(ブッシュ王朝)」という言葉があったくらいです。
テキサス州は伝統的に「共和党の牙城」と言われている。
T photography / Shutterstock
ブッシュ元大統領のお膝元のテキサスでブッシュ支持者も取材したのですが、彼らはとても“善き市民”なんです。
日本から取材に行くと歓待してくれて親切だし、ボランティアなどにも熱心。でもその人たちが虐げられてきたり、白人が少なくなってきたことで不満を貯めていった。
また、そんな“善き市民”である彼らにイラクの子どもたちの話をしても、「僕たちは第三次世界大戦が起きても構わない、なぜならフセインは悪だから」というんですね。すごく単純化されたストーリーを信じきっていました。「善い市民」だからこそ、正義感からブッシュ氏を支持していました。
二面性を持つアメリカ
フロリダ州パークランドの高校での銃乱射事件を受けて、多くの学生たちが銃規制を求めるデモに参加した。
Mario Tama/Getty Images
藤:アメリカって両極端、かつ二面性を持っている国だなと感じています。ハリウッドでも、人権問題について表面上はすごくいいことを言うんですよ。でも結局、セクハラ・パワハラ三昧のワインスタインがいた。
非常に男性白人中心でマイノリティは長年なかなか登用していなかったり、やっていることと言っていることが全然違う。
その欺瞞的な部分が民主党にもあり、支持者からも見透かされてきたし、本当はヒラリー・クリントンも初の女性大統領としてそういうものを覆す存在であったはずなのに、結局、既得権益層の代表としてしか見られなかった。
浜田:とはいえアメリカの希望といえば、フロリダ州の高校の銃乱射事件がきっかけとなって高校生が主導した抗議デモがありますよね。この間のブレット・カバノー性暴力疑惑の時にも、300万人がワシントンで抗議のために行進したというのを見ると、反トランプの人はすごくアクションを起こしていますよね。それは日本と違うところだと思います。
ブレット・カバノー:連邦最高裁判所判事。トランプ大統領から判事の指名を受けた後、過去の性的暴行疑惑が明らかになった。その後、連邦議会上院での最終採決により、僅差で承認された。
けれど、トランプ支持の人達は外から批判をされればされるほど懲り固まってしまうという現状がある。その分断がますますこの2年でひどくなってきているような気がしますね。
藤:「たたかう」ってなんだろうというのは、感じますよね。
浜田:お互いが批判し合うのにもう疲れてしまっているし、お互いが言うことを頑固として受け入れなくなっている、という部分はありますよね。
(構成・西山里緒)