iPad Pro(12.9インチモデル、スペースグレイ)。片手で持つと少々重いが、その分ディスプレイは迫力があり、美しい。
11月7日に発売を控えた、新しい「iPad Pro」。iPad Proは、ペン入力にも対応し、クリエイター向けのiPadとして知られている。持ち運びやすい専用キーボードがつくことから、文章執筆のプロやビジネスパーソンの利用も多い。
特に今回のiPad Proは、iPad全体の歴史を見ても例がない大きな改善が加えられたものになった。ここでは、新しい特徴の使い勝手を中心に解説していきたい。
なお、今回の原稿は、写真の加工も含め、レビュー執筆作業のすべてを新iPad Proで行なった。
さて、今回試用できたのは、画面が大きいサイズのモデル「12.9インチモデル」だ。
iPad Proのパッケージ。
中には本体と電源(USB-C、18A)とUSB-Cケーブルのみ。ヘッドホン用のアダプターは同梱されない。
新デザインで12.9インチモデルがコンパクトに
同じ12.9インチの新旧iPad Proを比較。ディスプレーサイズは同じなのに、ボディーサイズはかなり変わっている。
新iPad Proの特徴は2つある。
Face IDを採用してホームボタンがなくなった結果、デザインが一新されたこと、そして接続用インターフェースがUSB Type-C(アップルはUSB-Cと呼称)に変更になったことだ。
前者は、iPad Proの見た目に大きな影響を与えている。続いて、サイズ比較写真を見てみよう。
新旧12.9インチiPad Proの背面も比較。
iPad Pro 10.5インチモデルと、新iPad Proの12.9インチモデルを比較。10.5インチモデルは新型の11インチモデルとサイズがほぼ同じなので、新型同士だとしても、サイズはこのくらいの差になる。
背面も比較。写真左が新しい12.9インチiPad Pro、右が10.5インチモデル。
旧型のiPad Proの12.9インチ、旧型の10.5インチと比較しているが、同じ12.9インチでも、イメージがまったく異なる製品になっているのがわかる。
一方、10.5インチとはまだかなり大きな差がある。10.5インチモデルと新しい「11インチモデル」は、画面サイズこそ違うものの、ボディサイズはほぼ同じだ。だから新型同士で比較しても、写真のイメージに近い差がある。
新旧iPad Pro 12.9インチ同士での「フレーム幅」を比較。新型は細くなっている。
新iPad Pro 12.9インチ(左)と、10.5インチiPad Proのフレームを比較。実は10.5インチだと、旧モデルの方が細い。
フレームが均一に細くなったのだが、実際には、iPad Pro 10.5インチとの比較だと、「若干太くなっている」部分もある。とはいえ、その差は小さなもので、12.9インチ同士の比較なら、確実に小型化されている。
ちなみに、よく見るとわかる細かい違いとして、ディスプレーの角が今回から「角丸」になった。スクリーンショットは通常どおり「角がある」ので、ベゼル部分のデザインで少し隠して丸く見せているのだろう。使い勝手には特に影響しないが、こちらの方が見た目の印象はいい。
iPad初の「Face ID」は課題もあるが良好
ホームボタンによる「Touch ID」がなくなり、顔認証の「Face ID」が採用れた。
出典:アップル
指紋認証から顔認証になったことは、iPad Proに対してかなり良い影響を与えたと断言できる。
iPad Proをどの方向に持っても正確に認証され、すぐに使い始めることができる。電源ボタンに触れる必要はなく、画面をタップし、上にスワイプすればもう起動する。
Face IDとの相性は、そもそもスマホであるiPhoneよりも、iPad Proの方が良かったのではないか、と思えるほどだ。
筆者は長年、仕事の原稿執筆にiPadを使っていることもあって、アプリ切り替え時に思わず指が丸いホームボタンを探してしまうが、慣れればボタンよりジェスチャー操作の方が使いやすいだろう、という感触はある。
とはいえ、新型を使い始めると、このデザインにもちょっとした課題があることもわかってくる。
Face IDのカメラは、縦持ちの上側に組み込まれている。普段はどこにカメラがあるか意識することはないが、上下左右が同じデザインなので、不意に「Face IDのある部分を手で持って、iPadを使い始めてしまう」ことが結構あるのだ。そうすると画面には「カメラが覆われています」と表示が出るので、持つ位置を変える必要がある。
また、Face ID部が「下」に来た場合には、「下を向いてください」と表示が出ることもある。些細なことだが、ふだんFace IDがどこにあるかを意識しないで使えるようになっているがゆえに、ちょっと気になる部分だった。
新型の“外付けキーボード”の完成度は素晴らしいの一言
新型と旧型を、それぞれSmart Keyboardにつけて比較。ボディーサイズの違いがより明確になる。写真左が旧12.9インチiPad Pro、右側が新型。
10.5インチiPad Proに12.9インチiPad Pro向けSmart Keyboardを装着して比較してみた。
画面比率4対3の画面を黒い縁が覆うようなデザインに変わった結果、iPad Proの使い勝手はより「ノートPC的」になった。ジェスチャー操作はiPhone X世代譲りで、けっして難しいものではない。本体前面にデザイン的なアクセント(ホームボタンや太いベゼル)がなくなったので、日常使いはPCの画面だけを持ち歩いているようだ(12.9インチモデルは、サイズ的にも13インチノートPCの画面に等しい)。
背面を含めたすべてをカバーするケースになり、変形させるとキーボードにもなる。
特に、別売の「Smart Keyboard Folio」との組み合わせは素晴らしいの一言だ。本体の傾き調節も可能だが、それよりも、キーのタイプ感の改善が大きい。
ストロークの薄い「ペタッ」としたキーボードであることに変わりはないのだが、キータッチに若干の「押した感」が出て、打鍵音も少しだけだが小さくなっている。人によってはiOSの変換効率が……という声もあるが、予測変換を積極的に活かすつもりで使えばそこまで悪くない。
Smart Keyboard Folioは、背面にある「スマートコネクター」に接続。Smart Keyboard Folioと本体は、本体内蔵の磁石でかなりしっかりくっつく構造だ。
キーボードをつけた時の「傾き」は、2段階から選べるようになった。
1TBモデルはメモリー6GBに、用途次第で性能は「MacBook Pro」並み
ベンチマークソフト「GeekBench 4」でのCPUテスト結果。この数値は「2018年モデル・13インチMacBook Pro」のものに近い。
USB Type-Cの話をする前に、パフォーマンスの話をしておこう。
アップルは、「92%のノートPCが、iPad Proより性能が低い」としている。ベンチマークアプリの「GeekBench 4」で調べる限り、その主張がおおむね正しいこともわかってくる。
iPad Proのプロセッサーである「A12X Bionic」のベンチマーク結果は、「インテルのCore i7を搭載した2018年版MacBook Pro 13インチ」のそれにかなり近い。
MacBook Proはそれなりに高性能であり、Core i7搭載モデルとなると、価格も23万円程度になる。
プロセッサーが得意な処理やOSの特徴が異なるため、数字だけを比較することにあまり意味はないのだが、MacBook Proの半額で「近いパワーを持つアーティスト向けのマシン」が買えるのだと思えば、かなりお買い得であることは間違いない。
待望のiPad版Photoshop CCは2019年登場だが、プロ向け写真現像アプリ「Lightroom CC」は今すぐに使い始められる。
アップル
個人的には、アドビの写真処理ソフト「Lightroom CC」の動作が非常に軽くなったことがうれしい。
もともとLightroom CCは、iPad版の動作が非常に軽いのが特徴だった。今回、iPad Proで使うと、iOS標準の「写真」アプリからLightroom CCへの写真のインポートが劇的に速くなっており、使い勝手が大幅に上がっている。
なお、アップルは公開していないものの、ベンチマークソフトによると、新iPad Pro、中でもストレージを1TB搭載したモデルのメインメモリー量は「6GB」であることがわかった。
ただし、残念ながらストレージが1TB「でない」モデルについては、搭載メモリー量が従来と同じ「4GB」だという。
とはいえ、iOSではメモリー量の差が操作性に現れづらいので、そこまで深刻に考える必要はない。「多いことに越したことはない」くらいで考えておけば十分だ。そもそも、ウェブやビジネスワーク向けには、メモリー容量に関係なく、パフォーマンスの不足など微塵もない。
自由度が高いUSB Type-C、しかし現状では「本領発揮」できない理由
同梱の電源とUSB Type-Cケーブル。Lightningケーブルは姿を消した。
次は“大きな変化”の2つ目である、接続端子のLightningからUSB Type-Cへの移行を見ていこう。
充電用のケーブルや同梱のACアダプターもUSB Type-C仕様になっていて、新iPad Proでは、Lightning端子が一切使えなくなっている。専用ペンである「Apple Pencil」についても、Lightning端子で充電していた「第1世代」のものは使えない。
USB Type-Cに変更することで、アップルはどんなデバイスとつなげたかったのか。
まずその筆頭は「デジカメ」だ。アダプターなどを使ってカメラと直接接続すると、iPadへ簡単に写真を取り込める。
HDMI接続の外部ディスプレーアダプターをつないでみたところ。PC用として売られているものだが、見事に動作した。画面の右上を見ると、アダプター接続中とわかるアイコンが表示されている。
次に外部ディスプレー。iPad Proは、本体とは別のディスプレーに接続した使い方も想定されているのだ。USB Type-Cで接続できるディスプレーはもちろん直接接続できるし、アダプターを介して、HDMIなどでも接続できる。
3つ目がオーディオ。新iPad Proはヘッドホン端子がなくなったため、有線でヘッドホンをつなぐには、別売のアダプターが必要になる。アップルの純正品もあるが、Androidスマホ用のものも使えた。USB Type-C直結のヘッドホンも手持ちのものは動作した。
最後が「電源」だ。USB Type-CのACアダプターは、手持ちのものはどれも利用可能だった。モバイルバッテリーも同様だ。ただ、iPad Proの場合、「iPad Proが充電できる」のはもちろんだが、「iPad Proから充電する」のも可能である。
iPhoneやデジカメは、ケーブルで接続することでiPad Proから充電できた。これらの機器を使うのであれば、iPad Proの大きなバッテリーをモバイルバッテリー代わりにする……というのも現実的だ。
ただし、iPad ProのUSB Type-Cが「魔法のコネクタ」だとまでは言わない。
まずファイルのやりとりについて。画像ファイルは取り込めるが、それ以外の一般的なファイルは扱えない。ここは従来のiPadとおなじだ。PCのように、「USBメモリーでもらったPDFファイルを読み込んで閲覧」というのは、まだ結構難しいのだ。
「USBメモリーからファイルをコピーする機能」を持つアプリが登場するのが早いのか、iOSのバージョンアップが行われるのが早いのか。どちらにしても、USB Type-Cに「PCっぽい動作」を期待すると、今はまだ中途半端な仕様と言える。
別売の「USB-C 3.5mmヘッドホンジャックアダプター」。ヘッドホン端子はなくなったので、有線でヘッドホンをつなぐ場合、こうしたアダプタを使う必要がある。
互換性の問題もある。例えばオーディオの変換コネクターについては、すべてのものがOKというわけではない。USB Type-C対応のヘッドホン端子変換コネクターには、音をデジタル信号からアナログ変換する「DAC」を搭載したものと、そうでないものがある。
DACを搭載していないタイプは、新iPad Proでは使えない。この辺の仕様はカタログから確認するのが難しいので、変換コネクターはアップル純正のものを買うのが安全だろう。
「バッテリー充電」の仕様も悩ましい。Android搭載のスマートフォンなど一部の機器をつないだ場合、iPad Proからスマホへ給電するのでなく、スマホからiPad Proへ給電してしまうこともあった。
一部で、「iPad Proでは、USB Type-Cだが“Made for iPhone(MFI)”のような特別な認証があり、認定機器しかつながらないのでは」という懸念もあったようだが、実際には、そういうことはない。
だが、接続互換性の問題は常に存在しており、USB Type-Cはとくに面倒なものだ。必要と思われるものはアップルが純正品を用意しているので、当面はそれを買うのが無難、というのがいまの結論だ。
Apple Pencilは「第2世代」で様々な問題を解消
最後に、ペンの改良について。新iPad Proでは、専用ペンのApple Pencilが「第2世代」になった。上部のマグネット部につけることで充電とペアリングを行う構造で、使い勝手が大きく向上している。
Apple Pencilは、本体上面にくっつく形になった。初回にはこうしたメッセージが出て、ペアリングが行われる。
Apple Pencil自体、長さなども変わっている。持ってみると、新型の方がバランスが良く、より「ふつうの鉛筆」に近い。精度的には大きな変化はないようだが、持ちやすくなった分、描きやすく感じる。
上が第1世代、下が第2世代のApple Pencil。長さや握りやすさが変わり、より「鉛筆的」な使い勝手になった。
「ダブルタップ」でペンの機能を切り替えることもできる。これはペン先に近い方半分なら、平らな面だけでなく、どこでも認識する。描画用のペンと消しゴム機能を切り替える際などに使うと便利だ。
ただ、構造が大きく変わっているので、第1世代のApple Pencilを新iPad Proで使うことはできないし、逆に第2世代を他のiPadで使うこともできない。
ここまでの大幅改良があるからこそ感じる「iOSのジレンマ」
iPad ProはいまだにiPadである。
iPad Proは、イラストやグラフィックデザインを行う人にはとてもよい製品だ。今回、ストレージとの間でのデータのやりとりや、アプリの動作速度などが改善されたこともあり、使い勝手は過去最高によくなっている。第2世代のApple Pencilも、前の世代以上に使いやすい。
ホームボタンがなくなったことは驚きだが、操作性の面でははっきりと「プラス」である。
そのデザインから縁が細くなって持ちづらい・使いづらいと感じるかと思ったのだが、実際にはそうでもなかった。
とりわけ画質・音質はこのクラスのタブレットとしては最上級のもので、減点要素はない。コミックや雑誌をじっくり読みたい人には、このくらいのサイズの方がいいのではないだろうか。
ここまでの改善があるなかで懸念点があるとすれば、iPad Proが「いまだiPadである」という点だ。USB Type-Cが付いたなら、USBメモリーからのファイル閲覧くらいはできるべきだと思うし、PC的な「ファイル管理」の部分では、まだ改善の余地がある。そこは、次期バージョンのiOSに期待したいところだ。
ハードが変わってデザイナーにはより勧めやすくなったものの、ビジネスパーソンの道具としては、まだ「慣れないと厳しい」ところも残っている。
「できない」わけではなく、PCとの流儀が違う部分が多く、そこに動作上の制約もまだ残っているわけだ。ここまで良いマシンになったからこそ、アップルは、誰もが気づくウィークポイントの改善を進めるべきだ。
(文、写真・西田宗千佳)
西田宗千佳:フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。