マイケルの福山誠CEO(左)と経営共創基盤(IGPI)の塩野誠パートナー。
提供:Michael
2018年10月18日に「CARTUNE」を運営するマイケル株式会社の約40%の株式を、筆者が取締役を務める経営共創基盤(IGPI)は株式会社メルカリへ売却することを発表しました。
車好きのコミュニティアプリである「CARTUNE」のファンの人々は各所で自発的にオフ会を開催するなど、非常に熱量の高いコミュニティとなっています。
IGPIは2017年2月、マイケルに最初の投資を行い、その後に2回の追加投資を行いました。最初の投資からEXIT(売却)までは1年8カ月。
マイケルへの投資成功には、創業者であり、ソーシャルランチ、MixChannel、そしてCARTUNEとこれまでインターネットサービスを当て続けている連続起業家の福山誠氏の力が極めて大きく、マイケルの起業と売却のプロセスは起業家、大企業のベンチャー投資、イノベーション担当の方々に何らかの示唆があると考えてまとめてみました。
出典:CARTUNE
筆者はIGPIと兼任で、JBIC IG Partners(国際協力銀行の子会社)の投資責任者として主に海外のプライベートエクイティ(未公開株式)投資に関わっています。一方、IGPIでは大企業の新規事業開発やイノベーションの仕組みつくりのコンサルティングをしています。
事業開発コンサルティングには実際の事業創造と投資リスクを取る現場経験が必要だと考えており、クライアントも事業をつくった経験やベンチャー投資経験のない素人からアドバイスをされるのは嫌だろうと考えていますので、国内のベンチャー投資を手掛けています。
筆者のベンチャーへの関わりは2000年くらいからですが、トレンドに賭けて数多く投資するという戦略は取らず、クリエイティブなディールになりそうな案件には、IGPIから投資を行っています。
数年前には婚活アプリのpairsを運営するエウレカに外部投資家として単独で投資し、アメリカのメディアコングロマリットであるIACグループのThe Match Groupに売却を行いました。オンライン婚活の一般化に賭けた投資でしたが、EXITは日本のベンチャー起業家が米ネット企業に認められた珍しい事例となりました。
それでは、CARTUNEを人気アプリに育てたマイケルの起業について見ていきましょう。本件はアプリサービス、ソフトウエアでの事業創造ですが、さまざまな起業のヒントになればと思います。マイケルの例で考えた時、ここから先の質問にイエスと答えられれば、事業の成功確率は高まると思います。
1.つくれる人はいますか?
「この企業で働きたい」と多くのエンジニアが集まってくるメルカリ。
撮影:今村拓馬
まず基本として、アプリの起業では、当然ながらプロダクト開発ができる人と起業すべきです。マイケルの場合は、自分でプロダクトを考え、コードも書ける福山CEOとそのチームに賭けました。福山氏は元グーグルで、これまでにいくつも卓越したサービスをゼロからつくった実績があり、投資家として筆者は「福山さんがやるなら何でも投資しますよ。雑用はこちらでやりますから」と伝えました。
アプリ、特にコミュニケーションやコミュニティサービスではプロダクトは生き物であり、チューニング(改善)し続けることが必須になります。UI/UX(インターフェース、顧客体験)も「言ってるそばから直せる」開発体制がないと勝負にならないものです。ベンチャー企業で、戦略コンサル出身者が3人で起業して全員企画担当、開発は外注です!のような企業はなかなか成功しにくいので筆者は投資しません。
また、世の中ではエンジニアが慢性的に不足していて、人材の奪い合いバトルロイヤルです。「あの人と働きたい」と思われる有名エンジニアがチームの柱となることで、優秀なエンジニアが集まってくる雰囲気とブランドをつくれるかが勝負です。
福山氏と働きたいエンジニアは多く、例えばメルカリも他社だったらCTOクラスの人材が集まっているというブランドを初期につくれたことが強い採用力につながっているように見えます。大企業のアプリ事業でも、エンジニア確保が最優先です、つくれない人たちがつくれない人たちと組むといつまで経っても何もできないものです。
2.大きな市場、熱量の高い市場を狙っていますか?
毎日、「世界を変えたい」や「人類をレベルアップさせたい」というさまざまな事業アイデアを聞きますが、意外と最初から非常にニッチな市場を狙っているものが多い。起業した時の想定より市場が小さくなる場合が多いので、最初は1000億円以上の市場を狙わないと拡大が難しいと思います。
マイケルの場合は、福山氏のコミュニティ運営力を活かして、熱量の高いカスタムカーのファン、自動車と自動車パーツという巨大産業に対してユーザーが気持ちいいUI/UXを投入すればコミュニティが爆発的に拡大するという仮説から始めました。
CARTUNEの画面構成は類似サービスから真似されましたが、顧客の気持ち良さに妥協しないUI/UXの価値は大きく、そんなのつくれるという人ほどつくれていないものです。今時、もっさりUI/UXだとアプリ削除まで0.2秒くらいだと想定されます。
出典:CARTUNE
短期的な収益化を無視してでも、徹底的にユーザビリティを向上させることがユーザーの離反を防ぎ、その後の多角的な収益化につながります。ダメなサービスはUI/UXも悪く収益化も中途半端になり、これがまたUI/UXを邪魔し、広告宣伝で「流行ってる風味」をつくり資金調達を繰り返すものです。
3.誰かが死ぬほどほしい塊をつくっていますか?
投資する際に起業家に対して、「あなたの会社を買うとしたら誰ですか?」という質問をよく尋ねます。
良いサービス、良い会社は結局、誰かが強烈にほしいものです。最初からその誰かを想定するべきです。日本企業が投資・買収をパスした、自動車用の画像認識を手がけるモービルアイは、インテルに約1兆7000億円で買収されました。世界で考えるとほしい人はいるものです。
シリコンバレーの投資戦略の一つにGAFAがほしいものをつくり、GAFAに売却する、というのがあります、投資家は最初からEXITが見えているものに投資したいのです。
マイケルの場合であれば、世の中では車離れが進むなかで、車を心から愛するファンの塊がつくれれば、車産業は巨大であり、それをほしがるプレイヤーは必ず存在するという仮説がありました。
「うちは売却するつもりで事業をやっていない!」というIPO大好き起業家や企業の事業開発担当者も、他社が買収したいサービス、または事業部がほしがるプロダクトをつくるという意味では同じです。
ちなみに、IPOは時価総額500億円以上でないと、創業者利益の確保以外では監査やリーガルコストが重くメリットがあまりないです。公募増資のためにも時価総額500億円以上は目指したいものです。やっぱりユーザー、そして他社が強烈にほしがるものは何かを四六時中考え続けることは事業創造の基本です。
4.サービス開発だけに集中していますか?
「X社、Y社、Z社に出資してもらいました!」「おめでとう!」「今日は西麻布で打ち上げです!」はベンチャー界隈でよく聞かれるやり取りです。
でも、なぜこんなに出資者を分ける必要があるのか、答えられますか?もしも100億円の資金が必要で、いくつかのベンチャーキャピタル(VC)、投資家に出資金額を分ける必要があるなら、X社、Y社、Z社が必要かも知れません。しかしながら数億円の資金調達を数社に分ける必要はないことでしょう。
関係者が増えると雑用が増え、意思決定が遅くなります。大きな戦略変更やEXITの意思決定時に、10社も株主企業がいたら意思決定が遅く難しくなるのは当たり前です。起業家の中には、株主が多い方が「みんなに認められた!」と考える向きもいるようですが、事業創造は独裁者のゲームであり、余計な株主や関係者の調整に時間を使うのは無駄です。
「関係者が多過ぎる」のは企業の事業創造がうまくいかない根源的な問題です。無駄に株主を増やさない、関係者を増やさない方が経営のスピードが上がります。
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アプリ開発のベンチャーの場合は可能な限り関係者を減らし、起業家がファイナンス(資金調達)や法務に使う時間を減らし、サービス開発に集中してもらうべきです。
マイケルの場合も、優秀な開発者に余計な業務をやってもらうのは無駄と考え、ファイナンス実務や経理業務はVCであるIGPI側で対応しました。この場合には起業家がコーチャブル(投資家が言っていることを合理的に理解してもらえる)なことが肝要です。サービス開発者である起業家が割り切って、雑務をVCに任せてくれれば、効率的に経営ができます。
シンプルな目的とチーム、余計なことにリソースを使わないことを心がけたいものです。マイケルの福山氏も余計な株主は増やさずに、株主は福山氏と従業員とIGPIだけにし、資金調達に一喜一憂することなく淡々とステルスにサービスだけを磨いていくタイプでした。また割り切って雑務をVCに任せてくれるところもやりやすかったです。
もちろん起業家がVCを選ぶ時には、トラブルの解決や雑務をVCがやってくれるか、的確な経営アドバイスをもらえるかで判断すべきです。今は世の中にベンチャー投資のお金が余っているので、放置系VCではなく、お金に知恵がついてくるスマートマネーしか要りません。大企業の事業開発でも雑務や社内調整にばかりに時間をかけるのであれば、何もやらない方が大切なお金の節約になります。
5.質素倹約、金を使わず、頭を使っていますか?
マイケルの福山氏は著名な連続起業家、プロダクト開発者ですが、質素倹約、堅実なところがあります。マイケルのオフィスも渋谷道玄坂の古びたマンションの一室からスタートし、変な声が聞こえたり、お世辞にもマンションから見える風景も素敵とは言えませんでした。
しかし、ベンチャーにおいてハングリーさを維持し、マーケティング費用でも金を使わず頭を使うことは大事です。そこそこ大きくなったベンチャーにとっても大企業の事業創造においても、ハングリーでいること、小さくいることから、考え抜かれた施策がでてくるのだと思います。
以上が今回のマイケルの件でも学びのあった基本のルールだと思います。より詳しく知りたい方は弊著『リアルスタートアップ』をご覧になると良いと思いますが、上記だけでも十分だと思います。
筆者はメルカリグループに移った福山氏がまた新しいサービスを開発することを楽しみに待っています。
※本文は筆者の個人的見解であり、筆者の所属する組織・団体の公式な見解ではないことを予めご了承ください。
塩野誠(しおの・まこと):経営共創基盤(IGPI)取締役マネージングディレクター。国内外の企業や政府機関に対し戦略立案・実行やM&Aの助言を行う。10年以上の企業投資の経験を有する。主な著書に『世界で活躍する人は、どんな戦略思考をしているのか?』、小説『東京ディール協奏曲』等。人工知能学会倫理委員会委員。