手がけるのは4種類の投資信託による少額ずつの積み立て投資だけ。メーンターゲットは資産運用マーケットの主流である裕福な中高年ではなく、若者たち——。こんなユニークな証券会社「tsumiki証券」を、「ヤングファッションのマルイ」として知られた丸井グループが設立した。その狙いは?
「年金どのくらいもらえるのか」
tsumiki証券の寒竹明日美CEO。東京都心にある有楽町マルイに期間限定で設けた、口座開設の相談などができる「POP UP STORE」で。一般的な証券会社のイメージとはかけ離れたポップな雰囲気だ。
10月26日金曜、午後7時。帰宅前の若い女性会社員らでにぎわう東京都心の有楽町マルイで、積み立て投資のメリットを説明するイベントをtsumiki証券が開いた。60人ほどが詰めかけたが、20~30代とおぼしき人たちが目立ち、女性が4分の3を占めた。
「ここ数年、投資をやってみたいとずっと思っていたけど、なかなか一歩が踏み出せなかったんです」
参加者の一人で、tsumiki証券に口座を開こうと考えている都内在住の女性会社員(31)はこう話した。
コツコツと預金はしているが、金利はほとんどつかない。既婚で共働きだが、子どもができればお金がかかる。自分がおばあちゃんになった時に年金がどのくらいもらえるのか、将来に不安も感じる。
とはいえ投資はリスクを伴う。仮想通貨への投資で「すごくもうかった」という知人もいるが、「数千万円溶かした」という話も聞いた。投資に興味はあるけど自分にはムリ——。そんな時、勤務先の会社の同僚からtsumiki証券のことを聞いた。
「月3000円から、しかもクレジットカードの自動引き落としで積み立てできるので、すごくハードルが低い。丸井は大学時代からよく服を買ったりしていてお気に入りの店だし、安心感があります。これなら私でも始められるかな、と」
カード払いでポイントも貯まる
tsumiki証券が10月26日、都内で開いたイベント。20~30代と見られる女性の姿が目立った。
tsumiki証券は、丸井グループが全額出資して設立し、2018年9月に事業をスタートさせた。
口座開設の手続きはスマホでできる。毎月の積立額は3000円から5万円まで。丸井グループが発行するエポスカードで決済され、積立額に応じてカードポイントもつく。
積み立ての対象は、運用実績や「長期投資重視」の価値観を共有できるかといった点から厳選した「セゾン・バンガード・グローバルバランスファンド」「セゾン資産形成の達人ファンド」「コモンズ30ファンド」「ひふみプラス」の4種類の投信だけ。少額投資非課税制度「つみたてNISA」の対象にもなっているこれらの投信を、いずれも販売手数料ゼロで提供する。
丸井グループの事業はクレジットカードと小売りが2本柱だ。エポスカードを中心とする「フィンテック事業」が2017年度の事業分野別の営業利益の8割ほどを稼ぐなど、もともと金融ビジネスの比重は高い。
エポスカードの会員は3月末時点で657万人。うち半数は20~30代で女性が7割。投資の経験がない人も多い。
丸井グループが今後のサービス展開を検討するため、ウェブアンケートや座談会で顧客の声を集めるなかで、「将来のお金についての不安」が大きいことが分かった。将来に備えるにしても預貯金ではお金はほとんど増えないのが現状だ。
丸井グループとして、顧客に安心してお金を増やしてもらうためにどんな金融サービスが提供できるのか?
「投資と言ってもよく分からない、損しそうで恐い、まとまったお金も持っていない。多くのお客さまが抱いていたそんな心配をクリアできるのが、私たちが提供しているサービスです」
丸井グループで店頭での販売業務や投資家向け広報(IR)を担当し、tsumiki証券の初代CEOに就いた寒竹明日美さんはこう説明する。
「そんな言葉かわいくない!」専門用語を徹底排除
口座開設者に配る「オマモリ」。中にQRコードがあり、スマホで読み取れば自身の資産額が確認できる。
提供:tsumiki証券
「貯蓄から投資へ」。政府も証券業界もこんな呼びかけを続けてきた。900兆円規模にまで積みあがった個人の預貯金が、投資マネーとして将来有望な企業に回れば、停滞する日本経済の成長力底上げにつながる。
「長期分散投資」が預貯金よりも高いリターンを着実に得やすい投資手法であることは専門家の間では常識だが、預貯金から投信などへの資金シフトはなかなか進まない。それに加えて、証券会社の顧客はある程度の資産を築いた中高年の比重が高いことからも分かるように、tsumiki証券がターゲットとする「若者投資家」を増やすのはそう簡単ではない。
裏返して言えば、ほとんど手つかずの市場が広がっているということでもある。その開拓のためtsumiki証券が徹底してこだわるのが、分かりやすさと親しみやすさだ。
例えば、口座開設者に配るキーホルダーのような形をした「オマモリ」。中にQRコードがあり、スマホで読み取れば自身の資産額が確認できる。
「投資と言うと、文字通りお金を『投げる』というイメージを持ち、『なくなってしまうのでは?』と心配する人も少なくありません。オマモリという目に見えるプロダクトを提供することで、お客さまが安心したり、楽しくなったりしてもらえれば」(寒竹さん)という趣向だ。
会社名も「積み立て投資をイメージしやすくて、あったかい雰囲気で、親しみやすい」(寒竹さん)ということで「tsumiki」に決めたという。
自社のウェブサイトからは、積み立てを指す「定時定額買付」といったお堅い専門用語を徹底的に排除。社内の会議では「そんな言葉かわいくない!」「漢字はキライ」といった意見が飛び交ったという。「FAQ」(よくある質問)コーナーをつくる際は、役員・従業員計10人のうち最年少の28歳で投資経験ゼロの女性社員が質問を考え、回答は丸井グループの若手社員らの意見も採り入れて分かりやすさをとことん追求した。
小売業を手がけるグループの一員ならではの強みもある。
tsumiki証券は10月、口座開設の相談などができる「POP UP STORE」を有楽町マルイに設置。2019年以降、各地の店舗に相談窓口を徐々に広げていく方針だ。
「金融機関は敷居が高くて、利用者の方が気を遣うこともあったりしますよね。でも、小売店ではお客さまが気軽に『そもそも投信って何?』といったことから、何でも聞きやすいと思います」(寒竹さん)。
記事冒頭で紹介したようなイベントも、定期的に開いていく方針だ。
個別株は扱わず「すべての人に金融サービスを」
LINEを始めとして異業種からの参入の動きが相次ぐなど、金融ビジネスの勢力図はかつてないほど流動化しつつある。
REUTERS/Toru Hanai
若者マネーの取り込みを狙うのはtsumiki証券だけではない。
アプリで手軽に株式が売買できるスマートプラスやワンタップバイといった新興の「スマホ証券」はその代表格だ。
寒竹さんはこう明言する。
「それはそれで良いサービスだと思いますが、個別の株式の売買は投資に関する知識があり、ある程度まとまったお金がある一部の人以外は手が出しにくい。私たちは、すべての人に向けた金融サービスを提供する『ファイナンシャル・インクルージョン』をミッションに掲げています。今後も個別株の売買は扱いません」
証券会社としては顧客が株や投信をしょっちゅう売買してくれる方が、多くの手数料収入を期待できる。「10年後に顧客数100万人、預かり資産1兆円」を目標に掲げるtsumiki証券だが、「少額ずつ手数料ゼロの投信を売り、長期保有してもらう」というビジネスモデルは、それほど大きなもうけは見込めない。
それでも丸井グループ全体の収益への貢献に対する期待は決して小さくない。エポスカードで携帯電話料金や電気代の毎月の引き落としを設定している人は、「どうせならこのカードでポイントをためよう」と考え、エポスをメーンカードにする確率がぐっと上がるという。
tsumiki証券でたくさんの人が積み立て投資をすれば、エポスカードの利用額を大きく増やす効果が期待できる。
KDDIやLINEを始めとして本業の顧客基盤を武器に異業種からの参入の動きも相次ぐなど、金融ビジネスの勢力図はかつてないほど流動化しつつある。
激化する競争のなかで、tsumiki証券はしっかり利益を確保しながら成長していけるのか。このチャレンジが成功すれば、日本に健全な「投資文化」が根付くきっかけの一つになることは間違いない。
(文、写真:庄司将晃)