ソフトバンクグループ(SBG)の通信子会社、ソフトバンク(SB)がいよいよ上場する。時価総額は8兆円規模、調達額は2兆円強とも言われ、2018年最大の新規株式公開となる。
「通信会社」から「戦略的持株会社」にシフトさせる「SoftBank2.0」を進めるSBG。
REUTERS/Toru Hanai
東京証券取引所は11月12日、SBの上場申請を承認したことを同所のホームページで明らかにした。上場日は12月19日、証券コードは9434となる。
SBGを戦略的投資会社へとさらにシフトさせる孫正義氏。同氏が目論むSBGの構造改革は、著名投資家のウォーレン・バフェット氏が買収と投資で米バークシャー・ハサウェイを、紡績会社から巨大な投資企業に変身させた歩みを彷彿とさせる。
世界時価総額ランキングで5位に位置するバークシャー・ハサウェイ(約5410億ドル=約61.6兆円)の規模とは比較にならないが、孫氏はSBG(約9.7兆円)をトヨタ(約21.8兆円)に次ぐ国内で2番目に価値ある上場企業に育てあげた。12月にSBをメガ上場で独立させることで、SBGは巨大投資会社としてのプレゼンスをより大きくする。
SBGはなぜいまSBの上場に踏み切ったのか?
理由の一つにソフトバンクの財務状況があげられると関係者は話す。巨大な有利子負債を抱えながら、買収先や投資先の資産の収益性が低下すれば、巨額の減損処理をせざるをえないリスクを持つのが、ソフトバンクの財務体質。資金を調達する選択肢は少なくなっている中で、株式市場がある程度の水準を維持する今、「株式上場による調達は納得がいく」(関係者)。
膨れた有利子負債
東京証券取引所は2018年11月12日、SBの上場申請を承認した。
REUTERS/Issei Kato
SBGの有利子負債は9月30日現在で、*流動負債と*非流動負債とをあわせて17兆9878億円ある。3月末から6カ月間で約9500億円、増加した。返済能力の指標に使われる「現金および現金同等物を減じた純有利子負債/調整後*EBITDA比率」を競合のNTTドコモやKDDIと比べると、SBGの値は高く、同社の有利子負債の大きさを指摘する専門家の声も聞かれる。
流動負債とは:一般に、1年以内に支払いの期限が到来する債務
非流動負債とは:固定負債とも呼ばれ、1年以上の長期にわたって返済しなければならない負債
EBITDAとは:Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortizationの略。税引前利益に支払利息、減価償却費を加えて算出される利益
10兆円規模のソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)を含めて、「将来的には投資収益の方が大きくなる可能性が高まる一方で、通信事業は今でこそSBGのキャッシュカウ(cash cow=稼ぎ頭)だが、中長期にわたってキャッシュカウでいられるかは分からない。ならば、将来得られる通信事業のキャシュフローの一部を、現在の価値でキャッシュイン(現金化)したいと考えるのは妥当だろう」と関係者。
「SBGはバークシャー・ハザウェイのように投資中心の会社に変貌していくのだろう。収益性を上げて、企業価値(時価総額)を高めるために、企業構造を変えようとするSBGのような企業が日本にあっても良いのではないだろうか」と述べるのは、ニッセイ基礎研究所のチーフエコノミスト、矢嶋康次氏。
「過去20年、30年にわたり日本企業の多くが時価総額ランキング・トップ20から姿を消し、グーグルやマイクロソフト、アマゾン、アップル、そしてバークシャー・ハサウェイがトップ10に並んだ。依然、他の多くの日本企業は今後5年、10年を見据えた構造改革をどう進めるべきか試行錯誤している状況だ」と矢嶋氏。
バークシャー・ハサウェイの構造改革
2018年5月、バークシャー・ハサウェイの年次総会でチェリーコークを飲むバフェット氏。
REUTERS/Rick Wilking
一方、バフェット氏はなぜバークシャー・ハサウェイの構造改革を断行したのか?
バークシャー・ハサウェイは、創業1888年の紡績会社、ハサウェイ・マニュファクチャリングとバークシャー・ファイン・スピニングが1955年に合併して誕生した。当時、紡績業界の経営環境は悪化し、同社の財務状況は安定せず、人員削減と工場の閉鎖が続いたという(「History of Berkshire Hathaway」より)。
1962年、バフェット氏は32歳の時にバークシャー・ハサウェイの株式を買い始め、3年後には同氏とその友人たちが同社の最大の株主になる。合併当時、1万人以上の従業員が働いていたが、その数は1965年に約2300人までに減った。
保険、新聞、コカ・コーラ……買収と投資の半世紀
ロサンゼルスにあるコカ・コーラの瓶詰工場。
REUTERS/Lucy Nicholson
収益の安定化を図るため、バフェット氏率いるバークシャー・ハサウェイがまず初めに行ったのは、事業ポートフォリオの多角化だ。1967年、自動車保険を主に販売する保険会社を850万ドルで買収した。翌年には、ネブラスカ州オマハの新聞社を、2年後にはイリノイ州の銀行を手中に収めた。60年代後半から70年代後半にかけ、バフェット氏は保険会社を中心とする金融界に買収の的を絞り、ディールを仕掛けた。
1985年、バークシャー・ハサウェイは大きな決断を下す。最後の紡績工場を閉じ、およそ100年に及ぶ紡績業から撤退。同時期に、同社の利益は飛躍的に増加した。その後、保険事業からの収益を伸ばし続けた新生バークシャー・ハサウェイは1988年、ニューヨーク証券取引所に上場を果たす。
80年代終わり、投資ターゲットは保険業界に限らず、ひげ剃りのジレットや航空会社のUSエアー、コカ・コーラなどに及んだ。2003年、バークシャー・ハサウェイの売上高が630億ドルを記録し、アメリカの経済界を驚かすと、その3年後には1000億ドルに迫った。
2016年には50社以上の企業を所有し、アメリカの経済を支える投資コングロマリットとしてその存在感を、一層強めた。
「経営の独立性」問われる親子上場
SBの上場は2018年の株式市場で最大の目玉となる。
REUTERS/Thomas Peter
SBGにも投資・買収を続けてきた歴史がある。
1990年代の米ヤフーへの出資に始まり、Eトレード、中国のアリババの株式取得。2000年に入るとプロ野球チームのホークス買収や、米スプリント、フィンランドのゲーム会社スーパーセルの買収を決めた。2016年には、約3.3兆円を費やし、英半導体設計大手のアームを傘下に収めると、翌2017年、サウジアラビアの大きな資金力を後ろ盾にビジョン・ファンドを設立した。
2018年12月、SBの上場は株式市場の最大の目玉であると同時に、いわゆる親子上場となる。日本取引所グループは、子会社などの上場申請を審査する上で、3つの重要なポイントをあげている(上場審査等に関するガイドライン)。
- 新規上場を申請する企業グループの事業内容と親会社等の企業グループの事業内容の関連性を踏まえ、上場申請する子会社が、親会社の一事業部門と認められる状況にないこと
- 上場申請をする企業グループは、親会社の企業グループが通常の取引の条件と著しく異なる条件での取引等を強制、誘引していないこと
- 上場申請をする企業グループの出向者の受け入れ状況が、親会社等に過度に依存しておらず、継続的な経営活動を阻害するものでないと認められること
端的に言えば、企業の独立性が保たれているかが重要なポイントになる。
SBGは2018年2月にSBの上場準備をスタートさせた。SBの経営の独立性を確保するため、2社の役員体制の変更なども進めた。
2019年、SBGの投資・買収の意欲は一層強まることが予想される一方、ビジョン・ファンドが資本投下する企業の新規上場にも世界の注目が集まる。SBGは、自らの企業価値を戦略投資企業として“指数関数的”に伸ばしていく大きなビジョンに向かっている。SBの上場は孫氏にとって、そのビジョンに向かうための一通過点に過ぎないのかもしれない。
(文・佐藤茂)