先端技術巡る「米中新冷戦」の危うい落とし穴—— 日本は二国間の板挟みに

米中対立は通商から南シナ海、台湾などの安全保障領域や人権問題にも拡大している。

争われているのは、20世紀型の資源や領土、核戦力ではない。人工知能(AI)など先端技術をめぐる21世紀型の争いだ。対立の構図を「米中新冷戦」とみる言説が目立つが、「新冷戦論」には危険な「落とし穴」が潜む。

イスラエル訪れた副主席とジャック・マー

習近平主席とキッシンジャー氏

11月8日には元米国務長官のヘンリー・キッシンジャー氏とも会った習近平氏。米中の間で、技術を巡る緊張関係が高まっている。

REUTERS/Thomas Peter/Pool

「AIは、新たな科学技術革命と産業変革をリードする戦略的エンジン。世界の科学技術競争で主導権をとる重要な戦略的手がかりだ」

10月31日、習近平中国共産党総書記は、党・政府指導部のリーダーや北京大の学者らを前にこう訴えた。習氏主宰の「政治局集団学習会」の場でのことだ。学習会は2017年来、定期的に開かれ、これが9回目。国家主導でAI技術の発展に取り組む中国の姿勢が分かる。

そのほぼ10日前、習氏の“懐刀”王岐山・国家副主席がイスラエルの空港に細身の姿を現した。同行したのは、アリババ集団の馬雲(ジャック・マー)氏ら経済界代表団。イスラエルと対立するパレスチナを支持する北京がなぜ今、イスラエルなのか。

その答えは、イスラエルがAI、画像認証やサイバー対策など先端技術でリードしているからだ。先端企業間の協力を進め、技術開発で一歩先んじようという思惑である。王氏はこの後、「盟友」パレスチナを訪問したが、“付け足し”のようだった。

「新冷戦」に拍車かけたペンス演説

ペンス副大統領

米中新冷戦を印象付けたペンス米副大統領演説。アメリカは「米国か中国か」の選択を迫っていくのか。

REUTERS/Joshua Roberts

二つの例をみれば、先端技術で「他の追随を許さなかった」アメリカが、その地位を脅かそうとする中国を恐れる一端が知れるだろう。中国が最も力を入れる「ビッグ・データ」は、20世紀の石油資源に代わる新しい「経済エンジン」とされる。中国は2030年にAI産業を、世界トップ水準に向上させる国家戦略を描く。「デジタル世界」を規制するルールはないから、開発は早い者勝ちだ。

日経新聞によると、大型データセンターの分布シェアは現在、アメリカが40%とトップだが、「1強」は崩れつつある。約10%と2位の中国はネット利用者が9億人とアメリカの3倍。アメリカのシェアは「数年以内に30%台に下がる見通し」だという。

「中国が知的財産権を盗み、国内市場へのアクセスを制限し、国営企業を不当に保護しているため、強硬な通商政策を行使せざるを得ない」

これが「新冷戦論」という火に油を注いだペンス米副大統領の講演(10月4日)の核心部分だ。

グーグル再参入に警告

グーグル

中国市場への再参入を狙うグーグル。13億人という市場と「ビッグデータ」はどの企業にも魅力的に映る。

REUTERS/Aly Song

ペンス演説はさらに踏み込んだ。8年前中国市場から撤退したグーグルの中国市場再参入の動きを、「グーグルに対し、検索アプリ『ドラゴンフライ』開発の即時停止を求める。このアプリは中国共産党の検閲を強化し、中国利用者のプライバシーを侵害するからだ」と警告したのである。

中国の新たな発展を「デジタル社会主義」と名付けた矢吹晋横浜市大名誉教授は筆者に、

「(グーグルは)中国と取引しなければビジネスで敗北します。中国のビッグデータは人口13億という『量』に加え、アカウントが実名登録で『質』が高い。何が売れるのか、精度の高いビッグデータで得られる」

と解説する。

11月5日上海で開かれた「第1回中国国際輸入博覧会」には、そのグーグルやフェイスブックなど180のアメリカ企業が参加した。ビジネス界の中国への関心は強まる一方。民間の動きがホワイトハウスの危機感を刺激し、米議会や世論もそれを共有する。米中対立が長期化するとの見通しもここからくる。

一極支配維持のための中国叩き

習近平主席とトランプ大統領

トランプ大統領就任後、しばらくは良好な関係をアピールする場面もあったが……。

REUTERS/Thomas Peter

ポンペオ米国務長官は11月9日、ワシントンで開かれた米中外交・安全保障対話で「中国との冷戦や封じ込め政策をめざしているわけではない」と否定する。しかし、「新冷戦論」はエスカレートする一方。まるで米ソ冷戦時代を思わせる。

では「新冷戦」と位置付けるのは正しいだろうか。それを判断するには、米ソ冷戦の特徴を理解する必要がある。

米ソ冷戦の特徴の第1は、世界が資本主義と社会主義の2ブロックに分かれ、経済のみならず体制の優位を競うイデオロギー対立だった。

第2に、日本を含め各国の内政に米ソ対立がそのまま反映され、政治対立や抗争が繰り広げられた。

そして第3は、米ソ自身は軍事的衝突を避け、「代理戦争」を押し付けた。朝鮮、ベトナム、東欧、アフリカなどでの戦争・紛争はすべてそうだった。

米ソ冷戦の終結で、地球が経済的には一つになった意味は大きい。米中は対立しているが、体制の優位性を争っているわけではないし、対立が各国の内政にそのまま投影されてもいない。新冷戦ではなく、「アメリカの中国抑止」と見るほうが正確であろう。動揺する米一極支配を維持するため、追い上げる中国の頭を叩く、そんな構図である。

「アメリカか中国か」の危険な迷路

安倍首相訪中時の様子

10月に開かれた日中首脳会談。米中の対立が先鋭化する中、日本は難しい選択を迫られる場面が増えるのだろうか。

Nicolas Asfouri/Pool via REUTERS

アメリカが「新冷戦」という言葉にこだわる理由がある。新冷戦と規定すれば必ず、アメリカの築いてきた国際秩序を、中国中心の世界秩序に変えようとする「二項対立」に意識を誘導できるからだ。

北京は「チャイナ・スタンダード」で世界支配を目指しているのだろうか。確かに今世紀半ばに「世界トップレベルの総合力と国際提携協力を持つ強国」にする「夢」は描いているが、「チャイナ・スタンダード」は提示していない。

この7月までトランプ政権の国務次官補代行を務めたスーザン・ソーントン氏は「(中国は)結果的にアメリカを追い抜く可能性はあるだろう。しかし、アメリカに取って代わろうという目標を持っているとは思わない」(朝日新聞11月3日付朝刊)と解説する。

台頭する中国を叩くには、「新冷戦」の論理は有効かもしれない。しかし、その「落とし穴」は危うい。

第1に、米中の対立局面ばかりに目を奪われ、協調関係を無視してしまう。中国が米財務省証券を1兆ドルも保有し、ドル体制を維持している現実から目を背けることになる。第2は、「アメリカか中国か」の二項対立を突き付けられて困るのは、日本など中国を最大の貿易相手にする多くの国である。

安倍首相は10月の訪中で、対中関係改善の新たな柱として、第3国市場での連携(「一帯一路」への協力)を確認した。しかし米中対立が激化し、「アメリカか中国か」と迫られれば、米中の板ばさみに遭い、出口がみえない迷路にはまる。

「新冷戦」と規定して得られる利益はどこにもない。

岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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