これを読んでくださっているあなたが仕事のできる人で、別な部署への異動を命じられ、「君のやりやすい人を1人連れていっていいよ」と言われた場合。またはあなたに信頼できる上司がいて、その人から「今度、異動するのだけど、ついてきてくれない?」と誘われた場合。
どちらも、安易に「イエス」と言わないほうがいい。
なぜそんなことをと言うと、「リーガルV」(テレビ朝日系)。4話まで見ての感想だ。
テレビ朝日「リーガルV」公式サイトより
米倉涼子という社員は「ドクターX」という部署で、長きにわたり実績をあげた。上層部が「そろそろ新しい部署で、実力を発揮してもらおう」と方針を立てた。仕事に新鮮さは大切だから、彼女も二つ返事で引き受けたことだろう。
が、そこからが問題だった。「君のやりやすい人を連れていっていいよ」という甘いささやきに、乗ってしまったのだ、米倉は。
連れて行ったのが、勝村政信である。「ドクターX」の外科医に続き、「リーガルV」では弁護士役を任せた。
「ドクターX」時代の彼は、「ドクターY」というスピンオフのプロジェクトも任され、結果を出した。米倉&勝村、仕事のできる2人が新部署に向かった。
XもVも「予定調和を嫌うヒロインvs.強欲な権力」
テレビ朝日「ドクターY」公式サイトより
そして始まった「リーガルV」は、「ドクターX」そっくりになった。法律事務所管理人の米倉に勝村が絡むともうそこは、「ドクターX」の舞台だった東帝大学病院になってしまう。
ここから便宜上「ドクターX」をX、「リーガルV」をVとさせていただく。XとV、構図はそっくりだ。
ヒロインはどちらも予定調和を嫌い、弱いものに寄り添い、優しさを秘めている。Xはフリーランスの医者(大門未知子)、Vは資格を喪失した元弁護士にして、弁護士事務所の管理人(小鳥遊=たかなし=翔子)。決め台詞があるのも同じで、Xは「私、失敗しないので」、Vは「だって私、弁護士資格ないんだもん」。強欲な権力が対比され、Xでは東帝大学、Vは「Felix&Temma法律事務所」。
つまり、Vは純粋な新番組ではない。「科捜研の女」「相棒」その他諸々、テレビ朝日が得意とする「シリーズ化」の別バージョン。だからX同様、視聴率が取れている。初回から15.0%→18.1%→15.9%→16.5%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。
なんだそれなら「連れていってよかった」&「ついていってよかった」じゃん。
と、思われたみなさん。確かにそうです。
ですが、なんというか、数字だけではないのでは。と思っているのです、勝手に。
仕事ができる女たちの矜持
Xの成功セオリーを完全に踏襲しているVだから、数字は取れて当然だ。権威を敵にし、窮地に追い込まれ、そこからの逆転劇。新手の水戸黄門。ビール片手に楽しく見られる。テレビ朝日の「報道ステーション」前のドラマ枠は、「冒険しない。水戸黄門で安全運転」という決意に満ち満ちている。
テレビ朝日「ドクターX」公式サイトより
だけど、だけど。米倉さん、仕事のできる人なのだ、もっと冒険をしたっていいはず。安全運転だけでは、もったいない。
こう思うのは私だけではなく、米倉さんとともに出世街道を驀進(ばくしん)中と言われるテレビ朝日の内山聖子さん(Xではゼネラル、Vではエグゼクティブと冠がつくプロデューサー)も同じだと思う。だからこそXはやめてVにした。そして、入口を変えた。
Xは資格を武器に戦う女だったから、Vは資格を剥奪されて戦う女にしよう。
それが内山さんと米倉さんの作戦。構図は変えず、入口を180度変える。そこに2人の矜持を感じる。そしてそれが「安全運転」と「冒険」の賢い均衡点。そう思ったはずだ。
「ドクターX」はどのシリーズも高視聴率をマーク。大門未知子は米倉さんの“当たり役”となった。
Photo by Ian Gavan/Getty Images
だったら、ゼロから勝負すべきだったのに、と思う。勝村さんがいると、ゼロにならない。台詞の量、映っている時間に関係なく、勝村さんと米倉さんの絡みは強く、Xを思い出させてしまう。他の登場人物が及び腰に見え、かすんでしまう。
例えば直近の4話。勝村さんは控えに回り、成分少なめだった。だが目立った。
米倉さん演じる小鳥遊が管理人室から、依頼者(島崎遥香)にあれこれ質問をするので依頼者が嫌がる。「管理人のくせに、余計な口はさむなよー」と止めるのは、勝村さん演じるヤメ検弁護士・大鷹。「だって彼女の全身から、ウソの匂いが漂ってるからー」と抵抗する米倉さんは、椅子に座ってきれいな足をジタバタさせている。
息が合っている。「新任課長(例:部長でも可)と連れてきた部下」そのものだ。気がつけば、おいしい仕事は彼がしているね。だって2人、前の部署から仲いいもん。そんなささやきが聞こえるようだ。
新任課長も連れてきた部下も仕事ができるから、数字は上がるかもしれない。本当に彼だけが、おいしい仕事をしているのかもわからない。だけど組織の空気がそんな感じになるのは、2人にとっても得策ではない。私は、そう思っている。
新しい空気を作れる人
Vには、いい役者が揃っている。だからなおさら、もったいない。
高橋英樹&安達祐実など安定感たっぷりだ。でも、新しい空気を作るには至らない。元恋人らしい弁護士としてライバル事務所に向井理を配していて、これから存在感を増していく気配ではあるものの、まだよくわからない。
個人的に一番もったいないと思っているのは、荒川良々だ。実は背が高い。183センチ。182センチの向井理に勝っている!
という勝負はさておき、彼は大人計画所属の役者だ。念のためだが大人計画は松尾スズキさんの劇団で宮藤官九郎さんも所属していて、つまりXにはいなかったタイプの役者だ。
だから彼が、元ストーカーのパラリーガルという役どころでヒョイっと登場したときは期待した。Xにはなかった軽みというか、脱力感というか、そんな新しい空気を作れる人だから。それが「Vらしさ」を作っていくなら、おもしろくなるなーと思っていた。
だが今のところ荒川さんは、黒い帽子に黒メガネで誰かを尾行する程度。ちょい役待遇。密かな彼のファンとして、残念すぎるー。
本日の結論。「リーガルV」に、もっと荒川良々を!
矢部万紀子(やべ・まきこ):1961年生まれ。コラムニスト。1983年朝日新聞社に入社、「AERA」や経済部、「週刊朝日」などに所属。「週刊朝日」で担当した松本人志著『遺書』『松本』がミリオンセラーに。「AERA」編集長代理、書籍編集部長を務めた後、2011年退社。シニア女性誌「いきいき(現「ハルメク」)」編集長に。2017年に退社し、フリーに。著書に『朝ドラには働く女子の本音が詰まってる』。