日本でも注目されるキャッシュレス決済とセンサー技術を駆使した「次世代コンビニ」。その象徴的な最新事例といえる2つの店舗を2018年9〜10月に連続して訪れることができた。
1つめは、本拠地シアトルに続いて、シカゴで2店舗目がオープンした「Amazon Go」。もう1つは、中国の巨人・阿里巴巴(アリババ)グループ初の巨大ショッピングモール「亲橙里(チンチェンリー)」にある盒馬鮮生(フーマー鮮生)だ。両者とも、まだ店舗数が少ないこともあって、この2つを比較したリポートはほとんどない。それぞれの違いをみながら、日本のコンビニやスーパーの未来を考えてみよう。
アメリカでもいまだ「戸惑い」があるAmazon Go
Amazon Goの世界で5つ目の店舗としてオープンしたウェスト・アダムス&サウス・クラーク通り店は、金融街のど真ん中に位置する。取材後にサンフランシスコのダウンタウンに6番目の店舗がオープンした。
Amazon Go自体はもはや珍しい話題ではないが、それでもあえて今回取り上げようと思ったのには2つの理由がある。
1つめは、日本でもコンビニのキャッシュレス決済が話題になっているものの、有人レジに長蛇の列ができているのを見て、なんからの「トライアルバリア」があるのではないか?と考えたこと。
2つめは、中国・杭州にあるアリババグループ本社に隣接するショッピングモールで、キャッシュレス決済対応の生鮮食品店舗「盒馬鮮生(フーマー鮮生)」を体験したわずか1カ月後に、イベント登壇のためシカゴを訪れた際に、Amazon Goを体験できたからだ。
まずは、(時系列としては逆順になるが)Amazon Goの最新店舗であるシカゴ・ウェスト・アダムス&サウス・クラーク通り店から紹介しよう。
この店舗、実はサウス・フランクリン通りにあるシカゴの初店舗と、2ブロックしか離れていない立地だ。
今回、訪れたクラーク・ストリートは金融街のど真ん中であり、目にとまる位置に出店していることがわかる。
オレンジの看板にある矢印に沿って進むと、ビルの中に店舗の入口がある。オレンジのTシャツを来た案内役に促されて、入店前にアプリをダウンロードする。旅行者も多い想定なのか、店舗用にフリーWiFiが飛んでいる。
アプリでログインし(日本のアマゾンアカウントでOK)、棚から商品を自由に手にとっていくだけ。ただし、お客どうしでの手渡しはダメ(最初に商品を手にとった人が決済されてしまう)など、注意点はネット上にあふれている体験記と同じだ。
アプリの説明には、手渡しはNGであることなどAmazon Go利用の注意が書かれている。
ログイン時にゲートにかざす画面。個人認証を顔ではなくバーコードにすることで、個人特定の確実性を担保している。
一見すると、レジの人が不要になれば、雇用問題が起こると想像されるが、実際に店舗を見回すと、オレンジのTシャツを着た案内役がいたり、棚出しなども含め、舞台裏はかなり人力で行われている。真の目的は、マンパワーの削減より、店舗での顧客の振る舞いや地域による顧客の好みの違いなどのデータ収集に有利と考えるべきだろう。
オープン間もないために、見物客が多いようで、スナックやペットボトルを手にしている人がほとんどだった。
いざ、店舗を出る段になると、レジを通らずにお店からものを持ち出すことに戸惑う人が多いようで、出入口付近で案内役のスタッフが「そのまま通っていいよ!」と促している。実際、筆者も罪悪感を抱きながら店舗をあとにしたのだが、1分ほど経った段階でアプリにレシートが送られてきたときに、なんとなくホッとした。
店舗を出てまもなく、アプリにレシートが送られてくる。シカゴでは、消費税に加えて、ソフトドリンク税が課せられる。
ところで、 なぜ、シリコンバレーやニューヨークではなく、シカゴに出店したのだろうか? 地元の事情に詳しい記者によれば、現在、Amazonの第2支社の進出を巡って、シカゴ、ダラス、デンバー、フィラデルフィア、ピッツバーグ、サンディエゴ、トロントといった都市で誘致合戦を繰り広げているため、シカゴへの出店が実現したという。
シカゴの摩天楼街にそびえるウィリスタワー。ワールドトレードセンターにその座を明け渡すまで、全米1位の高さを誇っていた、アメリカを代表する高層建築の1つだ。
アリババの本拠でキャッシュレススーパー「盒馬鮮生(フーマー鮮生)」を体験
アリババの本拠地に隣接する、同社が理想とするキャッシュレス決済のショッピングモール「亲橙里(チンチェンリー)」。
もう一店舗の「盒馬鮮生(フーマー鮮生)」は、偶然にも、その1カ月前に杭州を訪問した際に体験した。
杭州といえば、宋代からの歴史ある古都であり、なんといっても、1999年にアリババグループの創業者であるジャック・マー氏が故郷である杭州に本社を設置して以降、IT先進都市としての発展も目覚ましい。
訪れたのは、アリババグループ初の巨大ショッピングモール「亲橙里(チンチェンリー)」。アリババ本社に隣接しているため、同社の従業員や、スタートアップが集結する杭州未来科技城や杭州師範大学の学生などの利用客が多い。
広大なアリババの社内で移動するために、敷地内で社員が利用するシェア自転車の群れ。昼時とあって、隣接するショッピングモールの近くに大量に止まっていた。中国在住の知人によると、杭州では、こうした自転車シェアでの通勤には、2カ月分の定期を買っている人が大半とのこと。
亲橙里(チンチェンリー)」内に設置されたサンプルの自動販売機。アリペイを使って支払うと、0.01元といった少額で新製品のサンプルがもらえるので、いつも長蛇の列ができている。
アリババグループが開発したAIアシスタント「AliGenie」でつながるIoT製品を販売するリアル店舗「天猫精灵」。
「天猫精灵」の店内は、中国版MUJIといった雰囲気。
ここには、2016年にアリババが1億5000万ドルもの投資・子会社化したことで話題になったキャッシュレス決済の盒馬鮮生(フーマー鮮生)が入っている。小売店舗とECに強みのある京東(JD.com)の元CEOが率いるフーマーは、2016年初頭に上海にキャッシュレス決済の第1号店をオープンして話題になった。同年3月にはアリババの投資を受けて、急速に拡大を続けている。キャッシュレス決済に加えて、食材を購入すると、店舗に常駐するシェフや機械で調理してくれるレストランが併設されているのがユニークな点だ。
3000〜5000平米もの広大な売り場を設ける「フーマー鮮生」では、生鮮食品を3km圏内なら30分以内に配送するのが魅力。中国全土に約90店まで店舗展開を進めており、2019年には500店舗に拡大予定。
アリババに勤務する友人と待ち合わせて、キャッシュレス決済を体験してみた。アプリを立ち上げて、新鮮な野菜や海南島産のシーフードを選ぶ。さらに炒める・焼くなどの調理方法を選んで、すぐにレストランで食べるものはキャシュレス決済をしてしまう。店内に待機しているピッカーが注文された食材を集めて、調理された状態で受け取ることができる。
フーマーでは、アプリで食材を注文する際に、煮る、焼くなどの調理方法も指定できる。店舗では、ピッカーが食材を集め、調理場で指定の調理が済んだ状態で顧客がピックアップできる。
調理された食材をその場で食べられる簡易的なレストランスペースも用意される。ショッピングモールのフードコートのような位置づけで家族連れも多い。
このとき、ついでに明日の朝食用にバナナとヨーグルトとシリアルを選んだが、こちらはオンラインで決済すると、その場で消費するものとは別に店舗から自宅に配送される仕組みだ。
配送品についても同様に、店内にピッカーが待機しており、保冷袋に商品を詰めて、壁際のフックにかける。シュッと天井のベルトコンベアに上がって、待機している配送スタッフに商品が届く。店舗から3キロ以内であれば、注文後30分以内にデリバリーされる。
このシステムを使うと、会社を出たあと30分ほどの間に、レストランで海南島産の伊勢海老のグリルと青菜の炒めものに舌鼓を打ちつつ、帰宅すると明日の朝ごはんの食材が届いているという便利さだ。
アプリから注文すると、ピッカーが保冷袋を手にして、食品を店舗からピックアップする。
ピッカーが食品を入れた袋を壁際のフックにかけると、天井のコンベアで配送係まで運ばれていく。
その場で使う食品は、アリペイを使ってキャッシュレス決済。決済コーナーでは、混雑する夕方でも、レジに長蛇の列ができることはない。
次世代スーパーのテクノロジーは「人件費削減」を目的としない
フーマーを訪れ、販売される蟹を手に取るジャック・マー会長。
Alibaba
Amazon Go同様、予想以上にここでも人手はかかっている。
その力点は、省人化よりも、生鮮食品の小売におけるビッグデータを解析することに注力していると捉えるべきだ。実際、フーマーに並ぶ商品は、アリババが天猫(Tmall)などの運営ですでに保有するECのビックデータを解析した結果から厳選されたもの。また、在庫の調整も天猫と連携している。
こうした次世代スーパーの本当の目的は何か?
Amazon Goは、都市部におけるコンビニエンス・ストアでの消費者の店内での動きや消費動向がデータとして蓄積できるメリットがありそうだ。
一方、フーマーは、その場で調理して食べる食材から、自宅用の食材まで、幅広いデータを蓄積し、ユーザーが口にする食品の消費動向を網羅できる。「いかに人々の食生活を満足させるか」といった食の体験全般を網羅しようとしているかのようだ。
同じキャッシュレス決済とはいっても、対象とする顧客が、アマゾンは都会の消費者向け、アリババは包括的な食生活全般を狙うという違いがある。
そして、両方を短期間に体験してみて面白かったのは、「使う側の心理の違い」だ。
ユーザー体験として、”直感的に未来を感じる”という点では、「Amazon Go」に軍配が上がる。入り口でスマホを使って個人認証するものの、「決済する」行為がないため、新しい消費体験をしているという気分が盛り上がる。
一度、Amazonに登録してしまえば、近い将来、デバイスすら持ち歩く必要がなくなるのでは?といった予見をさせる。店舗の規模や商品ラインナップも含め、Amazon GOのほうが日本のコンビニの将来像にイメージが重なる。
一方、フーマーでは、キャッシュレスにしろ、オンラインにしろ、決済する行為があるため、ユーザー体験として感じる未来感は、1.5世代といった印象をうける。しかし、こちらはアリババの巨大プラットフォームに配送サービスまで含める上に、天猫(T-Mall)などの小売とも連携している。フーマーは、消費に関するデータを総合的に獲得できるため、人々の消費行動全般を変える可能性すら含んでいる。
5億人とも言われるアリババのユーザー数を鑑みると、その消費行動ビッグデータから得られる知見は注目すべきものだ。
(文、写真・川端由美)
川端由美:メーカーのエンジニア職からメディア業界に転身、二玄社の自動車雑誌『NAVI』の編集記者、『カーグラフィック』編集部を経て2004年に独立。2013年からワールド・カー・オブ・ザ・イヤー/グリーンカー・エキスパート、2015年からインターナショナル・エンジン・オブ・ザ・イヤー選考員。