行政、企業、NPOらが連携して社会課題に取り組む「コレクティブ・インパクト」は日本でも広がるか(写真はイメージです)?
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超高齢社会を迎え、社会問題が多様化・複雑化する一方で、公務員の数は減少傾向にある日本。
こうした時代において、行政、企業、NPOらが連携して社会課題に取り組む「コレクティブ・インパクト」が注目を集めている。
10月16日には、「JAPAN COLLECTIVE IMPACT SESSION in渋谷」(主催:Japan Collective Impact Session実行委員会)が開かれた。会場となったPlug and Play Shibuya powered by 東急不動産(東京・渋谷)には、ほぼ満席となる200名弱の行政、企業、NPO関係者らが集まった。
異なるステークホルダーによる共通のアジェンダ作り
「こども宅食」事業でコレクティブ・インパクトを行うNPO法人フローレンスの駒崎弘樹代表らが登壇した「JAPAN COLLECTIVE IMPACT SESSION in渋谷」
日本ではまだまだ事例の少ないコレクティブ・インパクト。
しかし、海外では発祥の地であるアメリカ以外にも広がりを見せている。
「JAPAN COLLECTIVE IMPACT SESSION in渋谷」では、NPO法人ETIC.の番野智行氏がイスラエルのSTEM教育改革(Science, Technology, Engineering and Mathematicsに関する教育)にコレクティブ・インパクトの手法が用いられた事例を紹介。
提供:Japan Collective Impact Session実行委員会
当時、イスラエルではハイテク企業が深刻な人手不足に直面。その大きな原因の一つが、高校で高度なレベルの数学を学ぶ学生数が激減していることと、されていた。
そうした状況に対し、従来であれば、行政は高校の教育改革を行い、NPOでもSTEM教育の実施、企業が人材育成を行うのが普通だろう。
もちろんそれで上手くいくケースがあるかもしれないが、局所的なアプローチにとどまり、効率が悪く、場合によってはそれぞれが対立してしまうかもしれない。
そこで、イスラエルで行われたのが、全ステークホルダーを集めての共通のビジョン、アジェンダ作り。
「イスラエルの高校で提供されるSTEM教育において、 高い探求・分析スキルを獲得する学生の数を2倍にする」を共通のアジェンダとした。
提供:Japan Collective Impact Session実行委員会
一度全ての関係者が集まり、課題に対する共通の理解を整理。共通のアジェンダを打ち立て、その後にそれぞれができることを話し合い、定期的に振り返りを行う場も用意したのだ。
最終的にそれぞれの関係者が行った取り組みは、予算配分の変更・インセンティブ強化(教育省)、女学生がSTEMを選択することを促進・エンジニアのセカンドキャリアとして教員になることを奨励(ハイテク企業)、メンタリングの提供、先生同士の学びの場づくり(非営利セクター)と、目新しい取り組みばかりというものではなかったが、セクターを超えて互いに協力することにより、単体で取り組むよりも効果的な事業となった。
その結果、ハイテク企業の人手不足はV字回復となり、教育改革は見事に成功したという。
提供:Japan Collective Impact Session実行委員会
フラットさに欠ける日本の官民連携
一方、日本においては、文京区やNPO法人フローレンス、西濃運輸など、行政、NPO、企業らが一緒に子どもの貧困解決を目指す「こども宅食」事業など、徐々にコレクティブ・インパクトの事例も出始めてはいるが、まだ大きな広がりには欠ける。
関連記事:見えない貧困をそっと解決する「こども宅食」が革新的な理由
どうすれば、日本でも広がるのか。
イベントでも、どうすれば日本や渋谷区でコレクティブ・インパクトを次々と起こせるのかをテーマにパネルディスカッションが行われた。
渋谷区の澤田伸副区長は、「行政だけでアジェンダ設定をしては絶対にダメ」とした上で、民間と行政が常にフラットであるべきと指摘する。
「民間と行政は常にフラットでなければならない。政治家を『先生』と呼ぶのは悪しき習慣。あの呼び方が自分たちで階層設定をしてしまっている。〜さんで良い。そういう関係がなかったらパブリックリレーションズなんかできない。(時間さえ合えば)私は誰とでも会う」
実際、渋谷区では行政と起業家が連携し、新しいスタートアップが生まれているという。
「結果的に、(カフェやお店の空いてるスペースにコインロッカーと同料金で荷物を預けられる)ecbo cloakなどが生まれた。行政だけでいきなり税投入が難しいので、不動産を紹介したり、行政がそうしたハブ機能を持ち始めている。シェアリングエコノミーなどは地域が主体。そうすると、情報や場所を持っている行政や不動産会社との取り組みが重要になってくる」
左から2番目が澤田伸渋谷副区長。「渋谷区でコレクティブ・インパクトを次々と起こしていくには?」をテーマに議論が行われた。
こども宅食事業においても、当事者それぞれが対等のコレクティブ・インパクトであることから、NPOの良さや新しいアイデアが生まれたと、以前Business Insider Japanが取材した一般社団法人RCFの藤沢烈代表は話す。
「業務委託だと行政の代わりにやっているだけで、NPOの良さが生きない」
こども宅食では、宅配の希望やアンケートにはLINEを活用したり、行政だけではなかなか出ないアイデアも生まれている。
弱いネットワークの重要性
こども宅食では7つの組織が一つのコンソーシアムを形成する。
取材をもとにBusiness Insider Japan作成
一方で、「はじめまして」の関係で急にフラットになるというのも難しい。
フローレンスの駒崎氏、ETIC.の佐々木健介氏、CAMPFIREの家入一真氏が登壇したパネルディスカッションでは「弱いネットワークの重要性」が語れられた。
それによると、7つの組織が一つのコンソーシアムを形成するこども宅食が始まったのも、NPOらが集まる新公益連盟のネットワークや厚生労働省の「イクメンプロジェクト」でフローレンスの駒崎氏や文京区の成澤廣修区長がすでに知り合いの関係性にあったことが大きかったという。
しかし、まだまだ官と民を行き来する人材は少なく、お互いの関係性や認識は遠い。民の間でも、NPOと企業が協働しているケースは少ない。
今後は、スタートアップとNPOの間でもネットワークを形成していく必要があるとCAMPFIREの家入代表は語る。
「スタートアップのコミュニティと新公益連盟では、意外と近いことを話しているんです。けれど、まだまだお互いに断絶しているのが現状。例えば、イベントを共催するとか、もっと混じり合えば良いのにな、と思うことは多い」
そうして「弱い関係性」を築き、「一つでも事例を作っていくことが重要」だと、こども宅食の発案者でもある駒崎氏はパネルディスカッションの最後に語った。
「文京区の事例(こども宅食)は、文京区的には(LINEの活用など)あり得ないことも多かったんですが、やってみたらできてしまった。こうやって事例を作れば、全国から『うちでもやりたい!』という問い合わせが来る。事例を作り、発信する、他の人がやりたい、となる。このサイクルが大事だと思います」
(文、写真・室橋祐貴)