携帯電話料金の「4割値下げ」を菅義偉官房長官が大手3社に迫る。消費増税に伴い導入予定の「クレジットカード払いへのポイント還元制度」では、カード会社の手数料に上限を設ける方針を打ち出す—— 。民間企業の自由なビジネスをゆがめる政府の「価格統制」の目的は?
「ポイント還元」恩恵はクレカを持てる中高所得者に
安倍晋三首相(左)と菅義偉官房長官。安倍政権は2019年10月の消費増税を前に、携帯電話料金とクレジットカード手数料を巡り異例の「価格統制」を打ち出している。
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「あらゆる政策を総動員し、経済に影響を及ばさないよう全力で対応する」
安倍晋三首相は2018年10月15日の臨時閣議で、2019年10月に消費税率を10%に引き上げるとあらためて表明したうえで、こう強調した。
2014年4月、消費税率を8%に引き上げた時には5.5兆円規模の経済対策を打ち出したが、増税前の「駆け込み需要」の反動で予想以上に消費が落ち込み、景気は停滞した。
政府は今回、消費の落ち込みを防ぐ具体策の目玉として、中小の小売店などでの支払いにクレジットカードをはじめとするキャッシュレス決済を使った消費者に、増税分にあたる2%分を「ポイント」として還元する制度を導入する方針だ。
「キャッシュレス決済には電子マネーやデビットカードもありますが、取引額はクレジットカードが圧倒的に大きい。ポイント還元の恩恵を受けるのは主にクレジットカードを持てる人、つまり一定の年収があったり、カードの会費を払う余裕があったりする中高所得者ということになります」
第一生命経済研究所の熊野英生首席エコノミストはこう指摘する。
所得が多い人ほど、消費だけでなく貯蓄や投資にもお金を振り分ける余裕がある。そのため所得が多いか少ないかに関わらず、消費した金額に一定の税率で課される消費税は、所得が低い人ほど負担が重くなる性質(逆進性)がある。主に中高所得者が恩恵を受けるポイント還元制度は、政府も消費税の短所と認める逆進性を高めてしまう可能性が高い。
民間の競争促す政策のデザインこそ政府の役目
「ポイント還元制度」によってクレジットカード決済を中小の店舗に普及させるため、政府は制度に参加するカード会社が得る手数料に上限を設ける方針だ。
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このようにもともと欠陥がある制度なのだが、さらに問題なのが「手数料の上限設定」だ。
この制度に参加する条件として、カード会社が加盟店から得る手数料の上限を消費者の支払額の3.25%とする方向で政府は業界と協議に入った。実際の手数料は3~5%が中心とされ、制度に参加するためにはカード会社が手数料引き下げを迫られるケースも少なくないとみられる。
政府は、中小の店舗の負担を減らしてキャッシュレス決済の普及を促すことが制度の目的だと説明している。逆進性などを懸念する反対論に対し、「キャッシュレス化促進」という大義名分を掲げて押し切ろう、という意図が透ける。
「大企業や大手チェーンを含めてキャッシュレス化が進む方が、差し迫った課題である店頭の人手不足対策としても威力を発揮するでしょう。手数料に上限を設けたり公費を投じたりしてまで、中小の店舗に限ってキャッシュレス化の支援をすべきなのでしょうか? むしろ政府が取り組むべきことは、キャッシュレス決済を手がけるすべての事業者間の競争を促す政策を、上手にデザインすることだと思います」 (第一生命経済研究所の熊野氏)
迫る消費増税、「景気失速防ぐためなら何でもやる」
「高い」と批判されることもある日本の携帯料金。実際には、多くの専門家が「通信速度なども考え合わせれば、先進国のなかで特に高いとまでは言えない」と指摘している。
撮影:小林優多郎
私たちの暮らしへの影響がより大きいのが、携帯電話料金の「4割値下げ」問題だ。
菅官房長官が2018年8月、「携帯電話料金は今より4割程度下げる余地がある」と講演で発言して口火を切り、その後も同様の発信を繰り返している。総務省も有識者会議を設けて値下げに向けた議論をリード。NTTドコモが10月に2~4割の値下げ方針を発表するなど、大手3社は防戦一方だ。
ただ、多くの専門家がデータに基づいて指摘しているように、通信速度といった「品質」も加味して見た場合、日本の携帯料金はほかの先進国と比べて「高すぎる」とは言い切れない。格安携帯会社が増え、消費者の選択肢も広がっている。
「そもそも料金設定が自由化されている以上、政府が値下げを直接指示することはできません。他社への乗り換えを妨げる『2年縛り』『4年縛り』の規制を始めとする、公正な競争環境の整備といった本来の役割を果たすことを通じて、料金の引き下げを図るべきです」
野村総合研究所の北俊一パートナーはそう訴える。
政府が携帯大手に値下げを迫るのは今回が初めてではない。
安倍首相は2015年9月、政府の会議で「携帯料金などの家計負担の軽減は大きな課題だ」と発言。前年4月に消費税率を8%に引き上げた後、消費不振による景気停滞が続くなかでの出来事だった。
当時から「日本の携帯料金は必ずしも高くない」という指摘はあり、業界関係者の間では「携帯料金がスケープゴートにされた」という不満の声も出たが、各社は低料金プランを拡充するなど料金体系の見直しに動かざるを得なかった。
この経緯を踏まえれば、今回の携帯料金値下げ圧力の背景にも、クレカ手数料の上限設定と同じく、実施まで1年を切った消費増税があることは明白だ。
「堅調な景気は安倍政権の支持率の源泉です。消費増税による景気失速を防ぐためなら、理屈のうえで多少おかしかろうが何でもやる、というのが官邸の考えでしょう」(政府関係者)
民間の自由な経済活動を活発化させる規制改革は、アベノミクスの成長戦略の「1丁目1番地」だ——。そう訴えた安倍首相の言葉と明らかに矛盾している。
(文・庄司将晃)