2018年6月に就任した明治の松田克也社長(左)と立教大学ビジネススクールの田中道昭教授。
少子高齢化や食生活の変化、ITはじめ他分野にわたる技術革新などを受け、食品業界にも大きな変化の波が押し寄せている。人生100年時代の到来も間近と言われるなか、食品やそれを通じた健康維持は時代が求める大きな課題だ。
明治製菓と明治乳業が経営統合して2019年で10年。時価総額1兆2000億円を超え、業界を牽引する明治ホールディングスの食品事業会社トップ・松田克也社長と、企業戦略を専門とする立教大学ビジネススクールの田中道昭教授が、同社の戦略と食品業界の未来について語り合った。
大赤字部門で悶々と過ごした20代
テレビCMなどの印象もあって「チョコレートは明治」(明治製菓)の国民的イメージがある。が、松田社長が入社したのは経営統合前の明治乳業。20代で担当したバターやマーガリンの販売は「大赤字部門」だったという。
出典:明治ホームページより編集部がキャプチャ
田中:明治で営業畑出身の社長は、松田さんが初めてだそうですね。ここまでどんなキャリアを歩まれてきたのですか。
松田:入社してしばらくは客先へのセールス、その後はマーケティングや販売促進などの本社勤務と、営業畑を歩んできました。セールスで担当したのはマーガリンやバター、チーズなどの乳製品。当時はまったくの大赤字部門です。
ずっと同じことばかりやっていて、不満が募るばかりでしたね。業務報告を書けと言われて、同期たちは「先輩にこんなことを教わった、勉強になった」的なことを書くんですが、自分は全然違うことを。(あることについて)必要とされる機能を担ってこそ評価されるべきなのに、役割を全然果たせていない、と批判したり。毎日、何か一つでも改革、改善しないとどうにもならないと思って過ごしていました。
悶々としたまま8年が過ぎ、本社に戻って新規事業を何か考えろと言われてやったのが、新商品のヨーグルトドレッシング。まあ、時期尚早でしたね、大失敗でした(笑)。ちょうど他社のドレッシングが発売されてブームになり、大変悔しい思いをしました。それでも、当時の専務から「挑戦しろと言って挑戦したやつは初めてだ。挑戦したことは評価する」と言われたのをよく覚えています。
そんなこんなで赤字が続き、部門のスタッフは減らされる一方なので、業務が山積みになり……黒字にする難しさを徹底的に思い知らされました。
多様性や個性の尊重は「お題目」ではない
明治の松田克也社長。対談当日は社員の能力を引き出す手法についても熱く語ってくれた。
田中:そうしたご経験は、今後会社の舵取りに役立つことも多いのでしょうね。苦しい時代のエピソードも含めて、果敢な挑戦が経営陣や株主に評価され、その松田さんに会社の経営を委ねるところに、明治という会社の社風と言うか、こだわりのようなものを感じます。
松田:2018年に発表した「明治グループ2026ビジョン」では、「一人ひとりの力が発揮できる環境・仕組み・風土づくり」を経営基盤の進化の柱の一つに挙げ、チャレンジする風土の情勢やダイバーシティの推進などを特記しました。多様性や個性を活かすことは、自分が入社する前から明治の社風としてあって、それを引き継ぎ発展させていくことの重要性は、僕だけでなくすべての社員が等しく感じているところです。
それを支えているのは、「私たちの使命は、おいしさ・楽しさの世界を拡げ、健康・安心への期待に応えてゆくこと」という明治のグループ理念。それがすべての判断基準として経営者から一般社員に至るまで共有されていなかったら、社員が経営陣に大胆な提言や発言をすることは不可能だし、経営陣もそれを受け入れられません。
2018年5月に発表された「2026ビジョン」より。
出典:明治ホールディングス「2017年度決算・2020中期経営計画説明会」資料より
田中:なるほど。企業の理念やミッションは、社員を型や枠にはめるのではなく、むしろ多様性や個性を活かすために必要最低限の共通項だと、僕も常々考えています。それがなかったら、個性の異なる集団はみんながバラバラの単なる動物園になってしまいますよね。重ねて、そうしたミッションが実際に提供する商品・サービスや社員の行動に反映されているかどうかが、合わせて重要だと思っています。
製菓と乳業の研究所を統合したら起きたこと
乃木坂46をCMに起用したことでも話題になった大ヒット商品「エッセル スーパーカップ スイーツ」。
田中:明治は明治乳業と明治製菓が経営統合してできた会社ですよね。例えば、『日経トレンディ』2018年12月号の特集「2018年ヒット商品ランキング」で第17位にランクインした「エッセル スーパーカップ スイーツ」は、統合の成果を示す商品と言えるのではないでしょうか。
乳業が手がける乳製品としてのアイスと、製菓が手がける菓子としてのケーキが絶妙にマッチして、“庶民派アイス”が女性への“ご褒美デザート”としても受け入れられた結果のヒットと理解しています。中長期経営計画で掲げられたテーマ「Beyond meiji 想像以上の明治へ」が体現された商品なのでは。
松田:ありがとうございます。ただ、統合後まもなく、菓子のブランドを活用しアイスクリームの商品に仕立てたストロベリーチョコレートアイスバーという商品を出したんですが、スーパーカップ スイーツはその商品と同じような発想で……マーケティング分析していただいたのはありがたいけれど、まだ表面的なコラボにとどまっていて、「想像以上」とまでは言えません。社員たちのポテンシャルからすれば、まだまだ深く考える余地があるはずなんです。
統合後やってきたことは、いわば「足し算」でしかなかった。でもこれからは「掛け算」をやってほしいんです。研究開発だけでなく、営業、総務などあらゆる部門で。もっと言えば、明治グループの食品セグメントである明治と、医薬品セグメントであるMeiji Seikaファルマという会社同士の掛け算にも期待したい。
食品業界はテクノロジーの進化についていけるのか
東京・京橋にある明治の本拠。写真は本社のある京橋エドグランから見た明治京橋ビルのロゴマーク。
田中:「掛け算」の実現に向けて、何か秘策はありますか。
松田:鶴ヶ島(埼玉)と小田原(神奈川)にあった研究所を組織統合して、2017年11月には拠点も一つにまとめました。
僕のようなおじさんには、イマドキのキレイなオフィスにしか見えないんですが、何やらワイワイガヤガヤやっているみたいです。自分のこれまでの経験から言えば、まあ、こういう良い雰囲気が生まれる時はとてつもなく面白いことが起こるような気がしますね。
田中:実際、どんな研究開発を?
松田:具体的にはまだ言えませんが、例えばクッキーを開発するチームがチーズをつくるとどうなるか、とか、お菓子をまるごと凍らせたらどうなるのか、といった突拍子もないことをやっています。すぐに結果が出るようなものではないのですが、今こうした過去に類例のない研究開発に取り組んでいくことは、明治の未来づくりそのものだと思うんです。
正直なところ、明治を含めた食品会社が昨今のテクノロジーの進化についていけるのか、僕は大変危惧しています。
日本では、同じ品質の商品を大量に、安定的に、安く消費者に届けることを第一として、何十年もの間研究開発を続けてきました。それはもちろん重要なことだったんですが、これからの時代は、品質や安定度を維持したまま、個別のニーズに合わせたカスタマイズ商品にも照準を合わせていく必要がある。研究所の統合なんかで満足している場合ではない、そんな強い危機感があります。
「2割近い胃袋が失われる」人口減少時代に
立教大学ビジネススクールの田中道昭教授。明治のマーケティング・ブランディング分析は後編で詳しく紹介する。
田中:今お話のあったテクノロジーの進化もそうですが、さまざまな面で日本社会はこれから大きく変化していくと思われます。転換期の舵取りをまかされた経営者として、松田さんは明治をどういう会社にしていこうとお考えですか。
松田:一番大きな変化は、人口減少の本格化だと思っています。2030年には日本人の平均年齢が50歳を超え、すべての都道府県で人口が減少に転じ、2045年の人口は現在より1500万人以上減って1億1000万人弱になると予想されている(国立社会保障・人口問題研究所による推計、2018年3月発表)。
身もフタもない言い方ですが、2割近い胃袋が失われるわけです。胃袋の内容も変わり(高齢者の割合が増え)ますが、たまたま明治の扱っている食品は、変化の影響を受けにくいものが多い。チョコレートや牛乳、チーズ、バターはもちろん、健康志向の商品については高齢化とともにニーズが増えるでしょう。そういう意味で、明治は少子高齢化の時代だからこそ大きな貢献ができるはずだし、そうならねばらないと考えています。
大ヒット商品にもまだまだ改良の余地が
1980年、アスリートをサポートするために発売された「ザバス」。2015年には、そのブランドを冠した乳製品「ザバス ミルクグレープフルーツ味」が発売され、大ヒット。
田中:時代の変化と商品の関わりについてもう一つ言えば、僕はマーケティングの観点からも、プロテイン(たんぱく質)に注目しています。最近では女性でも、筋肉をつけて引き締まった美しさからのアンチエイジングを志向する人も増えてきています。明治の「SAVAS(ザバス)」や「VAAM(ヴァーム)」はそのサポート食品として、これからますます存在感が大きくなるのでは。
松田:ザバスはプロテインでトップシェアを占めますが、昔はプロテインと言えばアスリート向けのイメージで、パッケージもゴールド&ブラックといった具合でした。それが、ここ4~5年ほどは毎年、前年比で1割から3割近く増え、明らかにアスリートだけでなく裾野が広がってきています。
そんな変化に対応して、購入してすぐに飲める「ザバス ミルクグレープフルーツ味」を乳飲料として2015年に発売しました。牛乳や水を入れてシェイクする自己陶酔感が好きな人、というのは言いすぎですが(笑)、これまでの限られたユーザーのイメージから離れ、普段から飲む健康飲料として新たに打ち出したわけです。おかげさまで予想を超える大ヒット商品になっています。
でも、この商品にもまだまだ改良の余地がある。こんなサイズ(430ミリリットル)では、僕みたいなおじさんや女性の方々には量が多すぎて飲みきれません。それに、こんなに太いボトルは多くの女性にとっては持ちにくくないかという意見もあります。従来のザバスのイメージに引っ張られ、フィットネスやエクササイズに励む人たちの新たなニーズとしっかり向き合えていない。今、現場に頭をひねってもらっているところです。
田中:ということは、松田さんはまだまだこの市場が広がると読んでおられるわけですね。
松田:もちろんです。健康志向への対応は、急速な少子高齢化と向き合う日本にとって大きな課題であって、それを明治だけで何とかできるとは考えていません。まずは、ある小売業者と組んで、店舗にプロテイン・ステーション(コーナー)を設置し、朝からタンパク質をしっかり摂ってもらう取り組みを進めています。
明治だけでなく、他社の商品も集めて、みんなでこの市場を広げて、人生100年時代の土台をつくろうと声がけしています。そのなかでも明治の商品が売れてほしいというのはもちろん本音なんですが、今は視野狭窄に陥っている場合ではない。時代は変わろうとしてるんです。
「東京五輪ゴールドスポンサー」の意味
明治の2020年東京オリンピック・パラリンピック特設サイト
出典:明治HPより編集部がキャプチャ
田中:まさに今、時代の転換点を迎えようとしています。その一里塚とも言える東京オリンピック・パラリンピックで、明治はゴールドスポンサーに名乗りをあげました。おそらく相当な投資を伴ったと思いますが、どんな狙いがあるのでしょう。
松田:まずは、「食育」を普及させるための足がかりにしたいという思いです。食を通じた健康、健康な身体に宿る健全なる精神が国を強くするという考えにもとづき、ゴールドスポンサーに認定されてからは特に、全国各地での食育活動にさらに拍車がかかりました。
それに加えて、食品会社としてグローバルな認知度を高めたいという思いもある。東南アジアをはじめ海外展開はこれまでも進めてきたし、中国では2019年から営業活動に本腰を入れる準備もしていますが、実感としては今ようやくスタートラインに立ったという感じです。
明治と同規模の企業であれば、グローバル企業とまでは言えなくても、2、3割の海外売り上げがあっていい。海外から多くの要人、スポーツ選手、観戦客がやって来るこの機会に、明治=Meijiのブランドをぜひ認識してもらいたいし、社員にもグローバル企業としての明治を目指す意識を持ってもらいたい。そのための投資としてはきわめて有意義で、必要不可欠な判断だったと思っています。
(後編に続く)
(取材・構成:川村力/浜田敬子、撮影:今村拓馬)
松田克也(まつだ・かつなり):株式会社明治代表取締役社長。1980年、明治乳業入社。2012年、明治執行役員乳製品ユニット乳食品事業本部乳食品事業部長。2015年、常務執行役員加工食品営業本部長。2017年、取締役専務執行役員営業企画本部長。2018年より現職。
田中道昭(たなか・みちあき):立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。上場企業取締役や経営コンサルタントも務めている。主な著書に『アマゾンが描く2022 年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『「ミッション」は武器になる あなたの働き方を変える5つのレッスン』がある。