「YouTube Music」は日本の音楽業界の救世主か? データが示す期待と不安

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既報の通り、11月14日、グーグルが日本でYouTubeの有料版「YouTube Premium」、音楽だけに特化した「YouTube Music Premium」を開始した。

一見これは、NetflixやSpotifyといった「有料制ストリーミング」包囲網にも見える。だが、実際にはそれだけにとどまらない。「無料」での音楽の聞き方も含めた、非常に大きな影響力を持つ施策だ。

YouTubeブランドを持つグーグルの狙いは何か。さらに、日本の音楽業界にどんな影響を与えるのか。データを交えて考察してみよう。

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既存サービスと「Premium」系サービスをまとめてみた。音楽系の「Music」が登場し、広告なし・ダウンロード可能なPremiumがある、と考えれば分かりやすい。

西田氏が作成のデータをもとに編集部が作成

今回スタートするサービスは、全容を把握しようとするとけっこう面倒だ。「YouTubeに有料プランが用意される」というだけではなく、音楽だけの安価なプランもあるし、音楽については「無料」で使うこともできる。

そもそもグーグルは、ユーザーからの動画投稿を軸にした「YouTube」を運営。広告で運営されており、視聴は無料だ。

今回登場したのは、その上位版にあたる「Premium」だ。月額料金制になることで広告が入らなくなり、ダウンロード再生や、スマホ上で他のアプリを使いながら再生する「バックグラウンド再生」ができるようになる。

また、グーグルの出資によって作られるPremiumユーザーのみが視聴できる「YouTube Originals」という作品群も用意される。

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YouTube Premium発表会見は日本発のYouTube Originalsのプロモーションの場でもあった。オリジナルコンテンツの具体的な投入頻度については明言しないが、「常に新しい番組を楽しめるような編成にしていきたい」とYouTube担当者は言う。

一方で、今回新たに生まれたのが、音楽に特化した「YouTube Music」だ。再生対象は、YouTubeにアップロードされた動画「だけではない」ところがポイントだ。

YouTube Musicには、各音楽レーベルやアーティストから「アートトラック」と呼ばれる、音楽だけが流れる動画が供給される。これを再生することで、YouTubeがそのまま音楽配信サービスになるのだ。

グーグルは「Google Play Music」という音楽配信サービスを持っているが、グーグルで音楽部門のプロダクトマネージメント責任者を務めるT・ジェイ・ファウラ氏は「グーグルとして、音楽サービスをYouTube Musicに統合したいと考えている」と説明する。

Google Play MusicとYouTube Musicには、現状いくつかの機能的な違いがある。そのため当面並存し、有料会員は両方が使える状態になるが、機能統合後には、Google Play Musicは消滅する。

YouTubeと音楽産業の微妙で「大人」な関係

YouTube Premium発表

11月14日の発表会見には多くの記者やITジャーナリストが詰めかけた。

撮影:伊藤有

YouTube Music とGoogle Play Musicの最大の違いは、冒頭の表でも解説しているように、YouTube Musicには「広告による無料版」がある、ということだ。

ファウラ氏は「Google Play MusicはもともとAndroidのために、アプリや電子書籍や映像など、多数のコンテンツを提供するストアとして生まれたもの。ダウンロード時代のサービスを元にしている。だが、今はストリーミング・ミュージックの時代。一方で、YouTubeは多くの人に音楽を聴く場所として認知されている。だからこそ、このブランドを使って音楽サービスを行う形に統合していこうと決断した」と説明する。

このことは、音楽とネットサービスの複雑な関係を示している。

YouTubeはもともと「海賊版の巣窟」として、権利者には敵のように思われてきた。今でも、正式に許諾を得たものばかりが並んでいるわけではない。

一方で、多くの人がYouTubeにアップされた楽曲を日常的に聞いており、YouTubeが実質的に世界最大の音楽プラットフォームに「なってしまった」ことも否定できない。特に若年層では、無料のYouTubeを介した音楽視聴が非常に広く普及している。

YouTubeの社会的責任は重くなった。権利者が望まないコンテンツの排除に加え、「他人がアップロードしたものでも、そこに生まれる広告価値を正当な権利者に還元する」仕組みも整備した。それが「Content ID」という仕組みだ。

現在は、きちんと現状を理解したアーティストや音楽レーベルは、YouTubeを収益源として活用するようになっている。

このことは、単に「違法アップロードを収益化できる」というだけではない。

楽曲にあわせて踊る動画、演奏したり歌ったりする動画のような、「アマチュアによる作品(ユーザー・ジェネレーテッド・コンテンツ、UGC)」からの収益化も見込める、という意味も持つ。そのためYouTube Musicでは、UGC作品も検索対象となり、視聴できる。

国内での例としてはエイベックスの取り組みが有名だろう。

2016年にYouTubeの動画から大ヒットにつながった、ピコ太郎のPPAPこと「ペンパイナッポーアッポーペン」は、11月現在で約1億3200万回の再生を達成している。その収益のほとんどは、YouTubeの公式動画と、その派生動画に対するContent IDからの収入だ。

もはや、YouTubeと音楽産業は、単純に憎み合う段階ではなく、ビジネスパートナーになった。グーグルがYouTubeを音楽プラットフォームに位置付けるのは、そうした背景に基づいている。

「有料 vs. 無料」経済効果を読み解く“6.9倍”というマジックナンバー

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撮影:伊藤有

一方で、音楽業界に対する広告収入は、過去の楽曲販売に比べると実入りが良くない。これは、YouTubeのみならず、他の音楽配信でもそうだ。

そのため音楽業界は、ストリーミング・ミュージックが広がり始めた2013年頃より、「無料サービスよりも有料サービスを主軸にせよ」との圧力を強めていた。

2014年11月、ソニーのIR関連イベントにて、当時同社音楽事業のトップであったマイケル・リントン氏は、「無料サービスで有料サービスと同じ売り上げを実現するには、7倍の再生量が必要」だと明かしている。

全米レコード協会(RIAA)の調べでは、2018年上半期の場合、音楽関連事業の売り上げのうち75%がストリーミング・ミュージックからもたらされている。

そして、有料サービスからの売り上げは、無料・広告ベースのサービスからの売り上げの「約6.9倍」となっていて、予測の正しさが裏付けられている。

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全米レコード協会(RIAA)の統計資料より。2018年上半期(1-6月)の売り上げのうち、75%がストリーミングから得られており、そのほとんどが有料配信からとなっている。

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アメリカにおけるストリーミング音楽の売り上げ内訳。広告ベースの収入より、有料配信の方が音楽産業にとっていかに効率がよいかがわかる。

こうした事情から、海外においても日本においても、ストリーミング・ミュージックの主軸は「無料」ではなく「有料」になっていった。

YouTube は「Premium」導入により、加入者から集めた収益を、権利者に対して視聴量に応じて配分するモデルを導入する。YouTube Music Premiumが登場したビジネスサイドの背景には、知られざるそうした文脈がある。

調査データが示す「10年で音楽にお金を払わない市場になった日本」

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一方で、グーグルがアメリカと同様に、日本でも「有料シフト」なのか、というとそうとは言えない。

グーグル・日本音楽ビジネス開発統括の鬼頭武也氏は、「(YouTube Musicについて)有料と無料、どちらを増やそうという意識はない。有料ユーザーが増える可能性もあるし、無料で使う人の方が多い、という可能性も高い」と、Premium重視という見方を否定する。

背景には、日本の音楽シーンが、海外以上に「無料」に傾いている、という事情がある。

たしかに日本でも、昨年から今年にかけて、有料型のストリーミング・ミュージックが伸びてきて、映像配信の市場規模が成長に転じている。

日本レコード協会の調べでは、2018年第2四半期(4月~6月)、音楽配信の売り上げは約160億円。そのうちストリーミング(広告による無料分を含む)は88億円と、過半数を超えた。市場の伸びを牽引しているのは、海外と同じくストリーミングだ。

しかし、それでも国内の音楽市場全体が苦境であることは変わりがない。

2008年度に年間4500億円以上あった国内音楽市場は、2017年度で約2890億円と約6割まで縮んだ。音楽配信についても、実は過去の方が「着うた」「着メロ」市場があった関係で市場規模が大きかったほどだ。ストリーミングによってようやく「回復基調に乗った」に過ぎない。

RIAJ

日本レコード協会(RIAJ)の年次統計資料より。2008年には累計で4500億円以上あった国内音楽市場は、以来ずっと下がり続けている。有料ストリーミングによって持ち直しの傾向が見えたが、それでもまだ「着うた」全盛時代の収入には届いていない。

出典:RIAJ

この調査データが示す事実は冷酷だ。

リーマン・ショック後、iPhone上陸後の10年で日本は「音楽にお金を払わない市場」になった。それゆえに、有料ストリーミング配信への切り替えがこのまま広がっていくかどうかは、まだ不透明なのだ。

むしろ、これまでは「音楽配信」とみなされていなかったYouTubeでの音楽視聴が、YouTube Musicによって「広告型の音楽配信」として認知され、若年層に広く使われるようになる可能性もある。

一方、広告型の音楽配信は切り捨てることもできない。スマホのアプリストアには、YouTubeなどの動画サイトから音楽を取得し、広告スキップやダウンロード機能を実現するアプリがあり、若年層に人気が高い。こうしたアプリは規約違反と隣合わせであるだけでなく、収益化できないので、音楽レーベルとしても歓迎すべき存在ではない。

YouTube Musicはまだ進化段階で、若干使い勝手などに気になる部分もある。しかし、少なくとも、そうした「限りなく黒に近いグレー」なアプリを排除し、音楽を収益につなげる可能性を持っている。

グーグルは、今回のYouTube PremiumやYouTube Musicの利用について、日本の若年層に期待している雰囲気を感じる。

はじめしゃちょー

YouTube Originalsのプロモーションに登壇した人気YouTuberの「はじめしゃちょー」。11月16日時点のチャンネル登録者数は710万人。

撮影:伊藤有

YouTube Premiumのオリジナルコンテンツは、日米でまったくと言っていいほど傾向が違う。海外では一般的なドラマやメジャーアーティストのオリジナルライブが用意されている。一方で、日本ではYouTuberの「はじめしゃちょー」とコラボしたオリジナルドラマや、YouTube 発の短編ホラーの長尺ドラマ化作品が用意された。

これは、他の映像配信からの顧客獲得というより、「日常的にYouTubeを見ている、YouTubeカルチャーに浸かった顧客の囲い込み」を狙っているように思えてならない。

ストリーミングによる映像・音楽からの収益化について、日本市場は海外に比べスロースターターだった。それだけに、市場構成が他国と違ったものになる可能性は高い。

YouTubeの「Premium」を軸にした施策も、そうした日本の事情を分析した、独自の展開になっていくのではないだろうか。

(文・西田宗千佳)


西田宗千佳:フリージャーナリスト。得意ジャンルはパソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主な著書に『ポケモンGOは終わらない』『ソニー復興の劇薬』『ネットフリックスの時代』『iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏』など 。

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