企業や個人が仕事場を共有するシェアオフィスを展開する米大手WeWork(ウィーワーク)。シェアオフィスといえば、これまではスタートアップ企業や個人事業主の利用が多いイメージがあったがここのところ、大手企業の利用が目立ち始めているという。なぜなのか。
カラフルなアートも飾られている「WeWork丸の内北口」
提供:WeWork
JR東京駅に隣接する高層ビルの中にある「WeWork 丸の内北口」。ガラス張りのドアを開くと、温かな色のライトに照らされたモダンな空間が目の前に広がる。
迎えてくれたのは、ここにプライベートオフィスを構えるSOMPOホールディングスのデジタル戦略部デジタルベンチャー室課長、田中健さんだ。シャツにジーンズという装いで、一見すると「損害保険会社の社員」というイメージとは結び付かない。
シェアオフィスとは、デスクや会議室、インターネット回線といったオフィスワークに欠かせない機能が整った共有スペースのこと。近年、都市部で増えているが、米国発WeWorkの勢いは目覚ましい。
日本初上陸は2018年2月。東京・六本木での開設を皮切りに、2018年末までにオープンする拠点を合わせると都内では 8拠点。登録会員数は6000人強(2018年9月現在)。今後は都内の拠点も増やしつつ、大阪市、福岡市にも進出予定だ。2018年度内に計11拠点をオープンし、2019年度にはその2倍ほどのペースで拡大していくことを目指している。
1社でオフィスを貸し切るよりもコストを抑えられるため、スタートアップの起業家や、フリーランスなど個人事業主にとっては使い勝手がよい。ただ、「グローバルでみると、大手企業の利用が登録会員の約3割にまで増えている」と広報担当者。背景には、WeWorkならではの特徴がありそうだ。
「小回りの利く」大手企業になりたくて
「営業職だったころはスーツでかっちり決めていた」が、最近は装いも変わった。
撮影:加藤藍子
SOMPOホールディングスは、2018年5月から個室タイプのプライベートオフィス1室を契約している。使っているのは、デジタルベンチャー室の社員10人ほどだ。
同室は4月に立ち上がったばかりの部署。自動運転や、IoT技術を活用したスマートホーム分野などでの新事業開発を見据え、社外のさまざまな企業と連携するオープンイノベーションを進めている。
田中さんは利用の決め手になった要素として、「異業種の人材との出会い」を挙げる。
「特に丸の内は、金融関係の大手企業が集まるエリア。ここのWeWorkであれば、当社のような金融関連企業とのつながりを期待するスタートアップ企業も多いのではないかと考えました」(田中さん)
技術革新が加速し、顧客のニーズも多様化する中、同社も含めた多くの大手企業は自前主義を脱するオープンイノベーションへ舵を切ろうとしている。「新規市場への参入」「新事業の創出」……。掛け声はよく聞くが「言うは易し、行うは難し」だ。
東京・神宮前のWeworkの外観。開放的なオフィスの様子が外からも伺える。
撮影:今村拓馬
IT系技術者やデザイナーをはじめ、従来の本業ではなじみのなかった職種・業種との関係を結ぶことが必要になる。だが、取引の実績もない相手にどうアプローチしてよいのかが分からない。
また、事業を進めていく上でのコンセプトや課題のありかは、走りながら試行錯誤していく部分も多い。めまぐるしく変わる状況に対し、大手企業の制度や慣習では対応しきれない事態に直面しがちだ。
大手企業としての豊富なリソースを生かしながら、同時に「小回りも利く」体制をつくるには——。
“城の中”にいては出会えない文化や人材
そこで同社が考えたのが「外へ飛び込む」という選択だった。
「本社の中に閉じこもって『待ち』の姿勢でいても人材はやってこない。また、プロジェクト単位でその時々のフェーズに合わせて業務委託をするほうが、雇用という形を取るよりも実態に沿う」と田中さん。
年内には人事制度の整備も進め、人材獲得に本腰を入れる。
本社から飛び出してWeWorkで働くことのイメージを、田中さんは「江戸時代でいう『出島』のようなものでしょうか」と表現する。
「城の中にいては出会えない文化や人材にめぐり合える。外に出ることで、変えるべきもの、あるいは強みとして生かしていくべきものも明確になる。大手企業とベンチャー企業、両方のよさを融合した組織にしていきたいんです」(田中さん)
偶発的な出会いは「本社」では起こりにくい
希望があれば、コミュニティーチームのスタッフもネットワーキングを支援してくれる
撮影:加藤藍子
総合商社の丸紅も、デジタル技術を生かした新事業展開を目指すデジタル・イノベーション部を2018年4月に新設。5月から銀座駅に近い「WeWorkギンザシックス」にプライベートオフィスを構える。
同部マネージャーの早坂和樹さんが強調するのは「偶発的な出会い」の可能性だ。
「もちろんWeWorkの存在は知っていましたが、情報通信系の企業に勤めている友人が使い始め、オフィスの様子をSNSにアップしているのを見かけたんです。『いつでも来てくださいね!』なんて書き込みを添えていて、なるほどそういう場所なのか、と。本社ビルに『いつでも寄ってください』とは正直言いにくいですからね」(早坂さん)
WeWorkのオープンスペースなら「近くまで来たから」「一緒にランチでも」といった「仕事未満」の流れで自然につながれる。会員専用のSNSでは、国境を越えた会員間で情報を発信したり、メッセージを送り合えたりする。かしこまって名刺交換をしなくても、気軽につながれるというわけだ。
実際、社内で新規事業の提案があった際、その分野にくわしそうな他の利用者を頼ったところ、協業できる相手を紹介してもらえたこともあったという。
イノベーションの種をまいている最中
ガラス張りの建物が印象的な、東京・原宿のWework。その利用は大手企業にも魅力ある場所となっているようだ。
撮影:今村拓馬
共有のスペースでは月に1回、新規事業の立ち上げ経験を持つビジネスパーソンや起業家をゲストに招き、イベントも開いている。毎回、社内外から50~100人ほどが参加するといい、ここから新しいつながりが生まれることにも期待している。
同社は2018年に入り、社員から新事業のアイデアをオンラインで募る「アイデアボックス」の設置、ビジネスコンテスト開催などイノベーションの「種」を次々とまいている。ビジネスコンテストへ向けた準備のために、デジタル・イノベーション部以外の社員がWeWorkを使うことも多い。
「場所の変化、これは大きいです。本業以外の仕事に取り組もうとするとき、普段働いているオフィスの中で『残業』するような格好になると、気持ちが盛り上がらないですよね。音楽が流れ、心地よいざわめきに包まれるWeWorkは、変化や働くことに対して『前向き』な空気が溢れているのも嬉しいところです」(早坂さん)
日ごろのコミュニケーションの中に染み込んでいる「社内文化」の外に出る。働き方のモードを変えて、柔軟な発想を刺激する。大手企業にとってシェアオフィスは、そんな場所としても機能しているようだ。
加藤藍子:1984年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。全国紙記者、出版社の記者・編集者として、教育、子育て、働き方、ジェンダー、舞台芸術など幅広いテーマで取材。2018年7月よりフリーランスで活動している。