中間選挙の結果は「ねじれ議会」にはなったが、何とか面目を保ったトランプ大統領。選挙から10日後、サイバーセキュリティ関連の法案に署名して満足顔。
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11月6日に行われたアメリカの中間選挙は、大方の予想通りの結果となった。野党・民主党が下院のマジョリティを奪回し、上院は与党・共和党がマジョリティを堅持した。
トランプ大統領にとっては、上院で「ミニ・トランプ」議員が多く当選したことに加え、ねじれ議会によって政策決定が滞れば民主党の責任と攻撃できることから、2020年の大統領選挙を闘いやすい結果になったと言える。
一方、民主党にとっては、大統領弾劾の発議権を確保できたことから、ロシア疑惑やトランプ大統領自身の納税問題を攻撃しやすくなったとも言える。いずれにしても、アメリカの政治はこれから2020年の大統領選に向けて動き出すことになる。
トランプ大統領が「奇策」を打ち出す時
2018年6月、シンガポールで行われた日朝首脳会談。3月に会談が突如決定、わずか数カ月で実現に至った。
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トランプ大統領の動きを見ていると、内政で不利なことが起きた時、外交や通商など対外的なところで「奇策」に出て点数を稼ぐ傾向がある。2017年4月の(アサド政権の化学兵器使用への対抗措置としての)シリア空爆にも、2018年6月の唐突な米朝首脳会談にも、そうした側面があった。
今回の中間選挙の結果、ねじれ議会になったことで、トランプ大統領がまた奇策を繰り出す可能性が高まったと見ておいた方がいいだろう。
その文脈で言えば、これから最も注目すべきは「米中貿易戦争」の行方だ。11月末にアルゼンチンで行われるG20サミットでは、トランプ大統領と習近平国家主席が首脳会談を予定している。トランプ大統領は「ディールを期待している」と述べており、一定の成果が得られるとの自信を示している。
アメリカが望んでいるのは、貿易のインバランスの解消だけでなく、2015年に発表された「中国製造2025」などに掲げられている中国の国家主導的な産業政策そのものの是正である。具体的には、金融分野などへの外資単独での進出認可、中国との合弁企業を設立する際の知的財産の移転圧力の廃止、政府による企業への不公平な補助金の廃止などが、その内容だ。
アメリカには、「中国製造2025」によって軍事技術が引き上げられることで、安全保障を脅かすのではないかとの危機感がある。これは、アメリカの政治家の超党的な認識と言ってもいい。
中国はアメリカに大きく譲歩する
2018年11月、APEC「最高経営責任者(CEO)」に参加した中国の習近平国家主席。
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筆者は2018年7月の記事で、「中国製造2025」は同国の持続的経済成長に向けた産業の高度化政策であると書いた。その本質は、安い人件費に支えられた輸出主導型の経済から、イノベーションと国内需要が支える市場経済への移行策である。これは、日本が1985年のプラザ合意以降に行った産業構造の転換を参考としている。
参考記事:中国への関税発動、アメリカの真の狙いは「中国製造2025」計画の阻止だ
中国の国家や地方の財政悪化の状況を見るにつけ、こうした市場経済への移行は必然性を帯びていると感じる。中国の市場経済推進派のメンバーも、知的財産の保護や投資ルールなどをグローバルスタンダードに合わせたいと考えているようだ。トランプ大統領の中国批判は、こうした改革推進派を活気づけている面もある。
中国には「市場経済への急速な移行は、共産党の一党独裁を崩壊させる危険性がある」と考える保守派も多いが、その主張も聞き入れつつ、習近平国家主席は11月末のトランプ大統領との会談で、外資の単独進出や知財保護、技術移転の強要(中国側はそもそも「そんなことはしていない」と反論しているが)などで大きく譲歩すると筆者は読んでいる。
それに加えて、中国は、アメリカ国内の雇用増につながる工場投資の拡大を約束するのではないか。
中国は、1980年代に日本がアメリカとの貿易摩擦をどう回避したかを参考にしている。日本は貿易黒字の最大品目であった自動車を輸出から現地生産に切り替え、アメリカでの雇用に貢献した。日本からの直接投資で生み出された雇用は、現在では70万人以上にのぼる(米商務省調べ)。中国がアメリカでの雇用機会拡大を約束すれば、トランプ大統領にとっては大きな成果となる。
中国の自動車市場はすでに動き出している
2017年6月、米ミシガン州オリオン工場でシボレー「ボルトEV」の2017年モデルを披露する、ゼネラル・モーターズ(GM)のメアリー・バーラCEO。
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中国が外資の単独進出を認め、知財保護でも欧米並みのルールを導入するとなれば、アメリカにとっては大きなプラスとなる。
ゼネラル・モーターズ(GM)などは、すでにアメリカより中国での販売台数の方が多くなっており、そのほとんどは中国で生産されている。しかし現状は、中国現地メーカーとの合弁であることから新技術の導入が難しい上、利益の半分を中国側に持って行かれている。単独資本での進出が可能になれば、それがもたらす利益は甚大だ。
また、世界トップレベルの技術力を持つGMの電気自動車事業にとっても追い風になる。2010年に発売したプラグインハイブリッド・カーのシボレー「ボルト(Volt)」に加え、2017年には「ボルト(Bolt)EV」も投入され、販売は好調だ。メアリー・バーラCEOは2018年1月に「(赤字体質の)EV事業を黒字化する」と宣言しているが、これは中国での現地生産を視野に入れての発言だろう。
2018年7月、中国・北京にあるテスラのショールーム。2019年には上海で工場建設に着手するという。
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電気自動車については、テスラがすでに上海工場を建設して現地生産を行うと発表しており、こちらは特別に単独資本での進出が認められている。中国政府は2018年4月、新エネルギー車に限り単独資本の進出を認める方針を明らかにしており、自動車産業の市場開放の流れは今後も加速する勢いだ。
米中関係は蜜月へ向かう、ただし混乱も伴う
2017年11月、北京を訪問して習近平国家主席と会談したトランプ大統領。中国側は世界文化遺産の故宮を貸し切って夕食会を開く歓迎ぶりだった。
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こうした動きは、米中関係が新時代を迎えることを意味する。「雨降って地固まる」と言うが、足もとの「米中貿易戦争」は一転、「蜜月時代の始まり」へと向かう可能性を秘めている。そうした奇策はトランプ大統領の得意とするところだ。
米中の経済関係は、GMの中国進出の状況を見ても分かるように、すでに持ちつ持たれつ状態になっており、貿易戦争の長期化は両国経済の崩壊につながりかねない。各界トップからのヒアリングを経て、トランプ政権はようやくその実態を理解しつつある。
アメリカと中国の蜜月はまったく夢物語ではない。ただし、時間はかかるだろう。南シナ海問題、台湾問題など、太平洋をめぐる覇権争いにはまだまだ対立要素が多い。2020年の大統領選挙に向けて、トランプ大統領がそうした切り口から中国問題を再び取り上げることは間違いない。世界は奇策による混乱を繰り返すだろう。
そこで重要な役割を期待されるのが、我が国だ。安倍政権はひと足先に中国との関係改善に動いている。米ニューズウィーク元編集長で、CNNの番組ホストを務める国際問題のエキスパートであるファリード・ザカリアは、7月15日の放送で「安倍政権の外交は、これまでの日本の受身的な姿勢とはかけ離れたダイナミズムで動いている」と語っている。
今後、経済・安全保障の両面において、米中両国からのリクエストが増えることが予想される。日本はアメリカを除く環太平洋経済連携協定(TPP11)を取りまとめ、EUとの経済連携協定(EPA)も実現した。2019年6月に大阪で開かれるG20では議長国を務める。これまで想像もできなかったようなリーダーシップを発揮することが期待されている。
土井 正己(どい・まさみ):国際コンサルティング会社クレアブ代表取締役社長。山形大学特任教授。大阪外国語大学(現・大阪大学外国語学部)卒業。2013年までトヨタ自動車で、主に広報、海外宣伝、海外事業体でのトップマネジメントなど経験。グローバル・コミュニケーション室長、広報部担当部長を歴任。2014年よりクレアブで、官公庁や企業のコンサルタント業務に従事。山形大学特任教授を兼務。