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プレミアムの定義が変わる——アメックスから見た新しい贅沢とは
幸せになりたい——。誰もが望む、この切実な願いを叶えるにはどうしたらいいか。その答えを科学的に解明する慶應義塾大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司氏と、クレジットカードの国際ブランドを展開するアメリカン・エキスプレス日本社長の清原正治氏が、それぞれの見地からこれからの幸福とプレミアム感について語った。
時代の変遷とともに、人々の「幸せ」も変化
慶應義塾大学大学院教授の前野隆司氏。
幸せという、抽象的でありながらも人が生きる上で最も重要な事柄を扱う学問がある。幸福学だ。慶応義塾大学大学院教授の前野隆司氏は、日本におけるその第一人者。工学博士であり、エンジニア出身という経歴を生かし、一見捉えどころのない「幸せ」を心理学、統計学などを用いて科学的に解明している。
これまで「幸福学」の研究では、地位財(金・モノ・地位など)で得られる幸福感は一時的なもので、非地位財(健康・自由・自主性・環境など)から得られる幸福感の方が長続きするといわれてきた。ところが前野教授が最近行った調査の範囲では「幸せ」にもっとも寄与するのは「自己肯定感」で、次が「社会での成功」であったという。地位財にカテゴライズされる「社会的な成功」が、人の幸せに大きく影響するとはどういうことか。
「今回の調査で明らかになった『社会的な成功』とは、単に地位や権力を得るとか、お金を得るということではなく、社会の中で自分らしくありながら、何らかの貢献ができている状態を意味します。つまり、本当に自分のやりたいことをしながら、誰かに貢献することに、人々は幸せを感じるようにできているのです」(慶応義塾大学大学院教授・前野隆司氏)
心の4因子と社会との関わりが幸福感を決定する
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前野教授は、因子分析というデータ解析の手法によって、心の要因による幸せを「4つの因子」に分類した。自己実現と成長、つながりと感謝、前向きと楽観、独立とマイペース。この4つを満たすことで、より長続きする幸せが得られるという。
「最も幸せな人というのは、単に4因子がバランスよく備わっているだけでなく、それをベースに小さくとも社会の中で役に立っていることを実感できている人なのです。これが、今の時代に即した幸せの形だと思います。本当にやりたいことをチャレンジし続けていると、成功やお金は後からついてきます」
これからのプレミアムとはオーセンティシティ(本来感)である
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「オーセンティシティ(Authenticity)という言葉があります。一般的には信憑性や確実性と訳されますが、幸福学研究では本来感とか本物感と捉えます。これからはオーセンティシティの時代、つまり自分にとっての本来感や本物感、本来の自分であることが、幸せにおいて重要な要素となるのです。一昔前の世代は、この本来感を得るために、まずは金、モノ、地位を目指しました。ところが今の人たちは、より多様で自分らしい生き方を選択するようになり、それぞれにフィットする幸せ感を得ようとするようになった。これこそがプレミアムだと考えます」
実際、車やブランド品といった単なる高価なモノの購買よりも、体験型の消費の方が幸せに寄与するという研究データがあるそうだ。モノの消費から体験、それも自分だけのストーリーのある体験の消費へと時代は移行しつつある。
「学生の研究で、何かをつくる人と、そういったものをただ体験するだけの人とでは、前者の方が圧倒的に幸福度が高いという結果が出ました。つまり、美しい作品や音楽、美味しい料理など、どんなものであっても創造する人のほうが、単に見たり聞いたり味わったりするだけの人に比べ、圧倒的に幸せなのです。今後、この傾向はますます高まるでしょうし、そこにビジネスチャンスがあると思います」
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また、利他的な人のほうが、そうでない人よりも幸福度は高く、免疫力も高いといった研究結果もあるという。もちろん、常に他人の幸せを優先させ、ボランティア活動ばかりしていれば幸せになれるかというとそうではない。では、どうすれば自分らしい「幸せ」に辿り着くのか。
「まずは、地位財は長続きしない幸せなのだ、という事実を覚えておくことです。利他的な人は、どの世代にも一定数いると思いますが、一方で『そうはいってもお金が一番』と思う人もいます。そういう人は、一度思いきりお金に執着してみると良いですね。どんどん稼いで、欲しいものをどんどん手に入れることで、どれだけ幸福感に浸っていられるか。それで『やっぱり幸せは長続きしないんだな』と分かればいいのです。逆に自分を犠牲にして、他人のためにばかり尽くす人もバーンアウトしてしまいます。大切なのは、“自分のため”と“人のため”がぴったり一致している状態であることなのです」
肩書きよりも、個人の信用の時代
「幸せ」の価値観が大きく変化する激動の時代を、アメリカン・エキスプレス日本社長の清原正治氏は、こう捉えている。
アメリカン・エキスプレス日本社長の清原正治氏。
「時代の変遷とともに、変わってきた面と変わらない面があるのではないでしょうか。例えば、社会とのつながりや、社会において存在を認められることなどは、多少の変化はあったとしても、それは遥かの昔から人に備わっていた欲求の1つですし、基本的にそういう子孫が生き残ってきたのだと思います。
一方で、幸せの定義そのものは変化したと感じています。我々はクレジットカードを通して、多くのお客様と接していますが、やはりお客様のライフスタイル、あるいはニーズといったものの変遷を実感しています。そもそも、クレジットカード発行時の審査そのものが変わりましたね。勤務先や肩書き、所得などの 地位財を重視したのは過去のこと。継続的に利用し、堅実に支払いや返済をし続けている人は、お金の使い方も堅実です。そこに年収や地位などの差はありません。そのことが分かり、今では 個々人の利用実績や利用傾向を大事に考えるようになりました」
幸せの定義の変化とともに、人々がプレミアムだと感じるポイントも徐々に変わってきたことを感じると、清原氏はいう。昔は特別な非日常を味わうため、それ以外は我慢するという風潮があったが、今では日常の中に潜むちょっとした幸せにおいて、プレミアム感を味わうことを重視するようになった。
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「 今年の夏、川のせせらぎに面した隠れ家的な絶景カフェを見つけました。徹底的に豆を研究し、最高の1杯をお客様に提供することにこだわる店主とのコーヒー談義や、季節の移ろいと共に変化する美しい自然を愛でることに幸せを感じる。この至福のひとときを人に語ろうとすると、いくら時間があっても足りないくらいで、語っている瞬間にまた幸せの余韻が蘇ってきます。モノでも体験でも、そこにストーリーがあるか否か、それこそが現代のプレミアムなのではないでしょうか。日常の中に生まれる、ちょっとしたストーリージェニックな体験こそが、これからの贅沢だと思います。」
所有からシェアへ、個からつながりへ。世の趨勢が変わっていく中で、人々が幸せを感じるポイントも変わり、より本質的なもの、オーセンティシティに幸福を見出すようになった。今まさに「新時代のプレミアム」が到来したといえるだろう。
前野隆司:慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授。1962年生まれ。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て現職。研究領域は、ヒューマンロボットインタラクション、ハプティックインタフェース、認知心理学・脳科学、心の哲学・倫理学から、地域活性化、イノベーション教育学、創造学、幸福学まで、人間にかかわる研究全般。
清原正治:アメリカン・エキスプレス・インターナショナル日本社長。1962年生まれ。1985年住友化学工業入社。1999年GEコンシューマー・ファイナンスへ移り、常務取締役、GEMoneyファイナンス社長など歴任。2011年日産自動車へ。タイ日産販売金融会社社長、日産自動車アジア・パシフィック副社長などを務め、2014年9月より現職。