ベストセラー『転職の思考法』著者の“売った”戦略とは。「余白と生産」どう作るか

北野唯我さん

撮影:竹井俊晴

2018年6月に発売されるや2カ月で10万部突破、その後も売れ続けている本が、『転職の思考法』だ。

本書が他の転職本と一線を画すのは、その内容が単に応募書類の書き方や面接突破法といったノウハウを連ねたものではなく、転職の、もっと言えばキャリアに対する本質的な考え方を説いている点だ。「キャリアについての根本的な振り返りになる」と読者だけでなく、専門家からの評価も高い。

個性的な登場人物の会話を軸に展開されるストーリー仕立てという構成や、所々に配された図解など、“読みやすさ”への著者のこだわりがいくつも見える。

しかし、この本が売れた秘密はコンテンツだけにあるのではない。ミレニアル世代の著者・北野唯我さんによる綿密な“売り方”の戦略が奏功しているのだ。その手法は、本に限らずあらゆるモノ・サービスの売り方に応用可能なもの。今回、北野さんから、その“売り方の思考法”を公開してもらった。

いかに“共犯者”を作れるか

著者としてまだ実績のなかった北野さんが、『転職の思考法』を売るために最も労力を費やしたこと。それは、“認知と口コミを生むための設計”だった。それも、本を「出す前」と「出した後」の2段階での切れ目のない設計だ。

「人は、自分が手をかけたものほど愛着を持つ。どれだけ多くの人を本作り、そして本のPRに巻き込んでいくか。いかに“楽しみながら共犯者”を作れるかが一貫したテーマでした」(北野さん、以下同)

転職の思考法

撮影:西山里緒

本の制作段階にまず始めたのは、Facebookグループで仲間を集め、本に関する意見を聞くコミュニティを作ること。

「コミュニティづくりで重要なのは、ポジティブな空気を漂わせること。アンバサダー役として、普段から価値観を共有している10人ほどをまず招待しました」

グループメンバーは160人ほどまで膨らんだという。

本を執筆する上での表現で徹底的にこだわったのが、「口コミしやすさ」だ。文中には、「才能は不平等だが、ポジショニングは平等だ」など、短く引用しやすい文が強調されてある。また、思わずスマホで撮って保存・拡散したくなるような図解も目に入ってくる。

「この本を読んだ読者が、どんな感想をシェアしたくなるか。そのコメントを具体的にイメージしながら執筆していました。目指していたのは、『この本は転職の本だけれど、転職の本ではない』というコメントです。これは、伊賀泰代さんの著書『採用基準』が『この本は採用ではなくリーダーシップの本。だから、チームをまとめる人は読むといい』と拡散されたことをモデルにしました」

本の発売後、主にウェブ媒体で記事を20本ほど執筆。「炎上しない程度に記事をバズらせるには、世の中が関心のあるテーマをやや煽り気味のタイトルで打ち上げながら、中身はロジックを通して読者を納得させればいい」という経験則は、本業である人材企業、ワンキャリアのオウンドメディア編集長として培ったスキルだ。

さらに、Twitterでは「#転職の思考法」をつけて感想をつぶやいてくれた人“全員”に、リプライすると宣言。著者自らリプライという特別感のある贈り物を「全部やる」と宣言したことで、Twitter上は盛り上がり、みるみる拡散していったという。

「余白率」と「生産する娯楽」がキーワード

「本のPRは出版社にお任せ」という著者が少なくない中で、ここまで筆者が積極的にPRを主導するのは珍しい。そして、北野さんは一連のタスクを義務的ではなくむしろ楽しんでやっている。

今後出す予定の本では「発売前の中身公開もどんどんやっていきたい」という。最近では事前や発売直後に一部の内容をネット上で無料公開するなどの手法も広まっているが、北野さんはさらに、本の内容に読者の声を取り込むことも企画している。

ミレニアル世代

撮影:今村拓馬

なぜそういう売り方が有効なのか?という質問を重ねる中で、北野さんが言った2つのキーワードが印象的だった。

1つは「余白率」。

「10代からYouTubeなど誰もが参加できるメディアが身近だったミレニアル世代にとって、“余白=自分も参加して作り上げられる部分”があるコンテンツでなければ価値を感じない。新聞に代表されるオールドメディアは一部の専門職だけが作る余白率ゼロのコンテンツだから、若者は手に取らない。

書籍ももともとは余白率が極端に低いコンテンツだったけど、打開しようと挑戦してみた結果が、10万部超えることができた。アプローチは間違いではなかったと感じています」

もう1つのキーワードは「生産する娯楽」だ。

「かつて娯楽といえば、高い車を買ったり高級ホテルに泊まったりといった“消費”による娯楽でしたが、若い世代はそれが資本主義のラットレースに過ぎないと分かっている。1000万円稼いでも、消費する娯楽に溺れている限りは消耗するのだと。

それよりも手にしたいのは“生産する娯楽”です。お金にならなくても好きな趣味やボランティア、何かのものづくりに参加することで充実感を得ることを選ぶ。“生産”に回るほうが、これからの資本主義の勝ち組になれることを、若い世代は本能的に感じ取っているのだと思います」

“余白率”と“生産する娯楽”。この両方を満たした売り方で支持されたのが、まさに『転職の思考法』なのだ。

(文・宮本恵理子)

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