介護業界の常識くつがえすベンチャー。「仕事の細切れ化」で人手不足解消

東京都文京区の有料老人ホーム「杜の癒しハウス文京関口」。

東京都文京区の有料老人ホーム「杜の癒しハウス文京関口」で、利用者の話に耳を傾ける介護職員。このひとときを楽しみにする利用者も多い。

人手不足が深刻化する介護業界。「仕事がきつそう」というイメージも人を集めにくい理由になっている。そこで業界の常識を覆す「仕事の細切れ化」によって、人手不足の解消を目指すベンチャー企業が現れた。

清掃週2回で各3時間「これならできるかも」

東京都文京区の有料老人ホーム「杜の癒しハウス文京関口」。

「杜の癒しハウス文京関口」で、利用者の部屋を掃除する主婦。週2回、3時間ずつの契約で、介護に関する資格は持っていない。

東京都文京区で三幸福祉会が運営する有料老人ホーム「杜の癒しハウス文京関口」。介護に関する資格を持つ30数人の介護職員がシフトを組み、56人の入居者に24時間体制でサービスを提供する。

ここで2018年11月、「ケア・アテンダント」として働き始めた近所の主婦(54)は週2回、午前10時から午後1時までの3時間、主に入居者の個室の清掃を受け持つ。介護に関する資格は持っていない。

床に掃除機をかけ、トイレはブラシで、洗面台はスポンジでそれぞれ磨き上げる。1部屋あたり40分ほどの作業だ。時給1050円。

「介護の仕事は大変だ、というイメージがあったのですが、今の仕事は家事と同じような感覚でできます。こういう形で介護現場で働けて良かった」と笑顔を見せる。

もともとお年寄りの手助けができる仕事に興味があり、高校時代には老人ホームでのボランティアも経験した。

ただ、「体力に自信がない」こともあり、事務職を経て結婚後は、子育てをしながらスーパーのパート店員などの仕事をしてきた。実家の両親の体調悪化といった事情でここ2年ほどの間は仕事をしていなかったが、今の仕事を求人広告で見つけ、「これならできるかも」と応募したという。

ひたすらお年寄りの話を「傾聴」する役割

介護分野の求人メディアを運営するベンチャー企業、リジョブの鈴木一平社長。

介護分野の求人メディアを運営するベンチャー企業、リジョブの鈴木一平社長。「介護シェアリング」という新しい働き方を提案している。

この施設では、冒頭の女性のように、主に週1~3回程度で1日あたり数時間、清掃や洗濯、入居者の話をじっくり聴く「傾聴」といった業務を受け持つケア・アテンダントの採用を、2017年11月に始めた。排泄介助や、食事を直接口に運ぶといった介護のコア業務は手がけない。今働いているのはいずれも女性で、主婦やフルタイムの仕事をリタイアした30~70代の計8人。

「ケア・アテンダントの方たちが来てくれたことで、ほかの介護職員は精神的にかなり楽になりました」(施設長の柳沼亮一さん)

この施設は入居者の人数に対する介護職員の配置が手厚い方だが、たとえば「入居者の話を聴きながらも、同時に誰かが転んだりしないか、入居者同士のトラブルがないかなど、絶えず周りに気を配らなければならない」といった状況も珍しくない。「きちんと話を聴きたいのに聴けない」といった負い目を感じる職員もいたが、ケア・アテンダントが業務の一部を受け持つことで働き方に余裕ができた。

こんな出来事もあった。ある入居者が、転んで骨折し車いす生活になったとたん、必要もないのに夜中にたびたび職員を呼び出すなど様子がおかしくなった。その人の「傾聴」だけを受け持つケア・アテンダントを専属で付けたところ、2週間ほどで落ち着き、元に近い状態まで回復した。

「入居者の方にとって良いと分かっていることでも、以前はこのような対処は人繰りの面でなかなか難しかった」(柳沼さん)という。

「介護シェアリング」導入施設は増加中

リジョブの「介護シェアリング」の説明資料から。

リジョブの「介護シェアリング」の説明資料から。

実はこうした「業務の切り分け」は、介護現場では一般的ではなかった。

「食事や入浴、排泄の介助はもちろん、部屋の掃除やシーツ交換まですべての面で生活を支えてこそ、利用者の心身の状態のわずかな変化にも気づくことができ、より良い介護サービスが提供できる」

介護業界ではそんな考え方も根強いという。確かに正論だが、人手不足が深刻化している現場では、職員の疲弊を助長する面もあることは否定できない。

実際には、介護福祉士などの資格を持っていない人が担っても問題がない業務は少なくない。そうした業務をうまく切り分けてパートタイマーに任せれば、介護専門の職員は自分たちしかできない仕事により集中でき、結果的にサービスの質も上がる——。

そんなアイデアを形にしたのが、介護や美容分野の求人メディアを運営するベンチャー企業、リジョブ(東京都新宿区)だ。

「介護シェアリング」と銘打ち、冒頭の女性のように業務や勤務時間を限ったパートタイマーの導入を介護施設に勧め、賛同してくれた施設の人材を自社サイトで募集する。

2017年4月にこの事業を始めた当初は、リジョブ側が営業をかけても慎重な顧客も少なくなかった。

「残業が減ったり、より手厚いサービスを提供できるようになったりしたことで職員の満足度が上がり、離職率が下がった」といった成功例が増えるにつれて、「介護シェアリングのコンセプトに共鳴して導入する施設が増えています」(鈴木一平社長)。

介護業界の「常識」を発想の転換で超える

介護の現場。

人手不足が深刻な介護業界。人材確保のためには、業界の常識にとらわれない発想の転換が求められている(写真は本文とは関係ありません)。

Photo by Satoshi-K/Getty Images

今では全国の500ほどの施設が介護シェアリングの求人広告をリジョブのサイトに掲載している。実際に働いている人数は非公表だが、40~50代の主婦が目立つほか、自身の親の介護といった事情で離職した元介護職員の復帰の受け皿になるケースもあるという。

若い働き手が減っていくなかで、仕事の切り分けによって主婦やシニアといった「それまで働いていなかった人たち」が働きやすい環境を整え、人手不足の解消をはかる企業の取り組みはさまざまな業種で活発だ。

介護業界でも、リジョブ以外にもシェアリング的な働き方を採り入れる動きは広がりつつある。国立社会保障・人口問題研究所の予測によれば、2030年代半ばには3人に1人が65歳以上になる。膨らむ一方の介護ニーズをまかなう人材を確保していくには、このような発想の転換が欠かせない。

(文・写真、庄司将晃)

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