ブレ続ける中国の対米政策。首脳会談前に柔軟路線が復活

米ポンペイオ国務長官と中楊潔チ中共中央外事工領導弁公室主任

11月9日に首都ワシントンで米中の閣僚間で行われた「外交・安全保障対話」の後に記者会見を行うポンペオ国務長官と楊潔篪共産党政治局員。12月1日に首脳会談を控えている。

REUTERS/Leah Mills

米中対立が深刻化する中、中国の習近平指導部の対米方針がブレ続けている。楽観論から強硬路線に転じたと思えば、米中首脳会談を前に再び柔軟路線に戻った。

外交政策でこれほど大きな振幅で変動した例はあまりない。首脳会談で一時的に妥協する可能性はあるが、経済発展モデルをめぐる対立は長期化し、対米政策の動揺は収まりそうにない。引いては、国内の経済路線をめぐる争いに発展する可能性を秘めている。

「習近平降ろし」の観測記事まで

習近平国家主席とフェリペ6世

米中貿易戦争は中国の内政にも影響を及ぼしている。一強に見える習近平政権も一枚岩ではない。

REUTERS/Pool New

指導部内の「不協和音」が取りざたされたのは7月。一部メディアが共産党機関紙「人民日報」第1面から「習近平の名前が消え、習近平降ろしが始まった」と報道、宣伝活動を主管する王滬寧・常務委員の「失脚説」も流れた。

貿易摩擦をめぐる米中協議に失敗し、トランプ政権が7月6日、知的財産権侵害を理由にした対中高関税第一弾を発動した直後だった。「強硬姿勢が対米関係の悪化を招いた」など、習指導部の責任が問われたとの見方だ。

記事はいずれも誤りだったが、学者・研究者間で意見対立があったのは事実。例えば賈慶国・北京大学国際関係学院院長ら「対米協調派」は、2018年初めには対米摩擦をそれほど重視していなかった。彼は「米国家安全保障戦略」(NSS)が2017年12月、中ロ両国を「修正主義国家」と指弾したことについて「NSSは中国を仮想敵と見なす部分があるが、トランプ大統領の見方と差がある」と、甘い見通しを書いた。

一方、金燦栄・中国人民大学国際関係学院副院長ら強硬派は「トランプの狙いは中国の体制崩壊。徹底抗戦しかなく中国は勝てる」。柔軟派と強硬派の論争は、トランプ政権内のアクター間の力関係や「政策決定システム」の不透明さに起因する。当たり前だが、学者間の意見対立は、指導部内の対立の反映でもある。

そもそも習政権にはトランプ誕生を歓迎する見方すらあった。「ヒラリーが当選していれば、中国との消耗作戦を継続するだろう。(トランプ氏が)取引外交をするなら歓迎だ」と、ある在京中国外交筋が述べていたのを思い出す。

重要会議で「主戦論」決定

習氏は6月末、北京で3年半ぶりに党中央外事工作会議を開いた。

外交政策を総括し新方針を打ち出す重要会議だが、今回は対米政策の論争を抑え意思統一を図るのが目的。対米関係をいかに深刻に受け止めていたかが分かる。会議では、鄧小平以来の対米政策の「要」だった「韜光養晦」(能あるタカは爪を隠す)を軌道修正し、「以戦止戦」(戦いをもって戦いを止める)という“主戦論”が打ち出されたのである。

「主戦論」を裏付けるのが、8月初めの「人民日報」論評。それは「中国の過剰な自信と行き過ぎた言動が、米側の中国への攻撃を引き起こした」との見方と、「早く米側の条件を受け入れて妥協すれば、貿易戦の激化を回避できた」という2つの論調を「いずれも誤り」と断じた。

「対米協調派」の後退は明らかだった。

ペンス演説で再び柔軟路線

ペンス副大統領

「米中新冷戦」を唱えたペンス演説によって、中国は柔軟路線に転じた。

Fazry Ismail/REUTERS

しかし、これで決着はつかなかった。

ペンス米副大統領が10月4日行った演説は、中国の経済政策だけでなく政治体制から宗教、台湾、「一帯一路」「内政干渉」まで多岐にわたる内容で、「米中新冷戦論」を引き起こした。

演説直後に北京は「荒唐無稽」と強く反発したものの、次第にそのトーンを和らげる。崔天凱・駐米大使は10月14日、米テレビで「対米譲歩の用意」を表明。さらにトランプ政権の対イラン制裁へでも協調姿勢をみせ、11月1日のトランプ・習近平電話会談での首脳会談開催の合意へとつながる。

米中関係はその後、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議で、習氏とペンス氏が批判の応酬を繰り広げ、首脳宣言が採択できない事態に。しかし中国側はトランプ氏に、貿易摩擦に関する「142項目の是正策」を回答、米原子力空母の香港寄港を許可する配慮までした。合意にこぎつけたい指導部の思いがにじむ。

元外務次官の低姿勢な論文

マティス国防長官

12月の米中首脳会談を控えて、ペンタゴンで魏鳳和国防部長を歓迎するマティス国防長官。

REUTERS/Yuri Gripas

現在の対米政策を端的に説明する論文を紹介する。

元中国外務次官の傅瑩(ふ・けい)氏が11月に発表した「中米関係は瀬戸際を回避できるか?」。彼女は「アメリカの要求が合理的なら率直に受け入れ、改革を加速すると彼らに伝えたい」と、金融市場の自由化や知的財産権の保護などについて、積極的に対応する用意を表明。

米中関係の先行きについて、

「前進と安定の地点に戻る努力をあきらめていない。(覇権国家と新興国家の戦争は不可避を意味する)『トゥキディスの罠』があるからといって、必ず罠にはまるわけではない」

と、全面衝突の回避を訴えた。「ガイアツ」には伝統的に強く反発する中国だが、これほど低姿勢の論文が出るのは異例。

トランプ氏は、依然として対中関税率を「(2019年)1月に10%から25%に引き上げる」との強硬姿勢を崩していない。ただ首脳会談をする以上、決裂して習氏の顔をつぶすような事態は避け、何らかの妥協を探るはずだ。

内政での対立要因にも

ヘンリーキッシンジャー氏と習近平国家主席

11月には、1971年に極秘訪中を実現し米中の緊張関係に大きな改善をもたらしたアメリカ政界の“怪物”として知られるキッシンジャー元米国務長官とも面会した習近平国家主席。

REUTERS/Thomas Peter

「一強支配」を強めている習氏だが、トランプ“かく乱”にいかに翻弄されてきたかを振り返った。このほど来日した中国の「対米協調派」の研究者は筆者に対し、その動揺ぶりを「中ソ論争と1970年代初めの対米改善以来」と形容した。「当時も動揺が走ったが、毛沢東という権威ある指導者がいた。しかし、習氏にはそんな権威はない」とみる。

米中対立の将来について、この研究者は「貿易摩擦や南シナ海問題など、中国の核心的利益にかかわらない問題は取引できるし、解決は可能。しかしイデオロギーや経済発展モデルをめぐる対立は妥協できない」と長期化するとみる。

対米政策をめぐる論争は、単なる外交政策にとどまらない。

「貿易戦」は、中国経済の成長にもマイナスの影響を与え始めている。それが深刻の度を増せば、国有企業改革など内政や統治システムをめぐる論争に発展しかねない。先の研究者も「貿易戦を、改革の絶好の機会ととらえる勢力すらいる」と明かした。


岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員、桜美林大非常勤講師。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。

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