第2本社の建設地を発表したアマゾンのジェフ・ベゾスCEO。写真は9月13日、ワシントンでのイベント登壇時のもの。
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アマゾンは11月13日、かねてより検討中だった第2本社の建設地を、ニューヨークとワシントンDC近郊のアーリントンに決めたと発表しました。今後50億ドルを投じ、両地でそれぞれ2万5000人以上の従業員を雇用するそうです。
同社にとってきわめて重要な事案であることを示すように、アマゾンの公式ブログ「day one」には、ジェフ・ベゾスCEOのコメントを含めた長大な説明文が掲載されています。それを読むと一目瞭然なのは、アマゾンが両地を選んだ決定的なポイントは、優秀な人材を大量に採用できる環境であるということのようです。ここで一部を引用しておきましょう。
Q.なぜアマゾンは第2本社の建設地を複数箇所選んだのか?
A.2カ所にすることでトップクラスの人材をより多く採用できるからです。両地には素晴らしい人材を引き寄せる魅力があります。
Q.今回選んだ2カ所と世界各地に広がるオフィスや開発拠点とではどんな違いがあるのか?
A.シアトル郊外にある本社には3100人の従業員が働いていますが、2カ所の第2本社では2万5000人以上を採用できる計画です。新たな拠点では部門間のミーティングやイベント、具体的には全社会議や株主総会、取締役会なども行う予定です。
Q.なぜニューヨークと北バージニア(アーリントン)を選んだのか?
A.私たちは、特にソフトウェア開発とその関連分野について、優秀な人材の集まる場所を探していました。これからも採用を強化し、顧客のためのイノベーションを続けていきます。
Q.建設地の決定に経済的なインセンティブ(編集部注・自治体からの補助金や税制優遇を指す)はどんな役割を果たしたのか。
A.経済的インセンティブは判断の一要素ではありますが、最も重視したのは、最高の人材が集まる場所かどうかという点です。
同時に発表されたプレスリリースにも、「両地に第2本社を置くことで、アマゾンは『世界で通用する人材(world-class talent)』を集め、顧客のためのイノベーションを続けることができる」「両地ではそれぞれ2万5000人以上に平均年収15万ドルという『高給(high-paying)』の雇用機会がもたらされる」と、人材を重視する記述が目立ちました。
補助金だけではアマゾンの心は動かせなかった
アマゾン第2本社建設地に決定濃厚の報道が流れた11月7日、ニューヨーク(ロングアイランドシティ)の様子。
REUTERS/Eduardo Munoz
上と同じ11月7日、ニューヨーク(ロングアイランドシティ)の夕刻の様子。
REUTERS/Eduardo Munoz
アマゾンの第2本社誘致には、全米から238の都市が手を挙げていました。米Business Insiderによると、例えば、ペンシルベニア州フィラデルフィアは20億〜30億ドル、ニュージャージー州のニューアークは70億ドルもの資金的な優遇策を提示していましたが、それでも選ばれることはありませんでした。
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その理由は、冒頭のようにアマゾンが最優先とする、優秀な人材を大量に集められる地域という条件において、ニューヨークとアーリントンに劣後するところがあったからでしょう。
さらに、両地がアマゾンの狙う事業戦略に合致していたことは、大きくプラスに働いたと見ています。
アマゾンの2018年第3四半期決算プレゼンテーション資料より。2018年の売上高は前年比130%前後のペースで成長を続けている。
出典:Amazon
一つは広告事業の展開。アマゾンの売上高は直近の2018年第3四半期に前年比30%増を記録し、変調したと見られながらも引き続き拡大を続けていますが、そのなかで最も成長著しいのが広告ビジネス。同四半期の広告事業の売上高は前年比123%増で、Amazon PrimeやAWS(アマゾン・ウェブ・サービス)の前年比50%増を数倍上回り、すでに「ティッピングポイント(爆発的に成長する局面)」を超えたことを実感できます。
アメリカでは2016年の時点で、商品を検索する時に「ググる」より「アマゾる」割合が50%を超え、商品を売りたい企業の広告担当者も(出稿先として)アマゾンを選ぶケースが増えています。そもそも、広告ビジネスに依存するグーグルやフェイスブックに対し、ECを柱とするアマゾンはカスタマー・エクスペリエンスを常に最優先しており、その基盤の上に広告を展開する際の優位性はきわめて高いのです。
ニューヨーク(ロングアイランドシティ)の第2本社建設予定地のマップ。イーストリバー(中央)の西岸がマンハッタンの中心、ミッドタウン。
出典:Amazon
広告ビジネスにおいて新たな成長段階に入ったアマゾンが、世界の広告産業の中心地とも言えるニューヨーク・マディソン街の至近に拠点を置こうとするのは、当然の選択と言えるでしょう。
トランプ政権対策で嵩むロビイング費用
トランプ大統領の「IT起業叩き」はすでに常態化している。2017年6月、ホワイトハウスでのラウンドテーブルに「呼び出され」微妙な表情を浮かべるマイクロソフトのサティア・ナデラCEO(中央)とアマゾンのジェフ・ベゾスCEO。
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アマゾンの狙うもう一つの事業戦略は、ロビイングの強化です。
トランプ大統領は就任後からアマゾン批判をたびたび繰り返し、さまざまな形でアマゾンを叩くほど支持率が上がるという構図が常態化しています。Facebookの個人情報流出問題やEUが施行したGDPR(一般データ保護規則)など情報保護関連の対応も相まって、政府機関へのロビイングにかかるアマゾンの手間とコストは右肩上がり。
この問題に対応する必要があるからこそ、アマゾンは政府機関の集中する首都ワシントンDCの近くに第二の拠点を選んだのだと思います。
11月13日、アマゾンが第2本社建設地を発表した後、会見したバージニア州知事。「アマゾンを愛する人のまち、バージニア」という熱烈歓迎ぶり。
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11月13日、アマゾンが第2本社建設を発表した直後のアーリントン(クリスタルシティ)。
REUTERS/Kevin Lamarque
ワシントン近郊、アーリントンの第2本社建設予定地のマップ。ポトマック川(中央)の北東岸が議事堂のあるキャピトル・ヒル。
出典:Amazon
また、ロビイングと並行して、政府機関の「デジタルトランスフォーメーション」をビジネスの機会ととらえている面も見逃せません。
日本ではまだ、小売業者がECやオンライン化を取り入れる程度のものと理解されがちですが、アメリカでは、クラウド化やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)の導入などを含むテクノロジー戦略として、さらには組織のミッション・ビジョン・バリューや戦略を刷新し、企業DNAをスタートアップのようなスピード感あるものに変える取り組みとして、熱い視線を浴びています。
2017年7月、テッククランチのセミナーに登壇した米国防高等研究計画局の研究者。会場は満席。政府機関のテクノロジー導入には、さまざまな関係者が注意を払っている。
Photo by Paul Marotta/Getty Images
米空軍やバージニア州連邦、シカゴ市などの政府機関は、マイクロソフトの「政府機関向けAzureクラウド」を活用してクラウド環境への移行を実現したそうです(ソフィア社ウェブサイトより)。もちろん、アマゾンもすでに安全保障分野をはじめAWSによる政府機関のクラウド化に大きな役割を果たしていますが、アーリントンに第2本社を置くことでその取り組みは加速すると考えていいでしょう。
優秀な人材を集めるための「三つの条件」
世界で最も優秀な人材を採用し、さらなる爆発的な成長を遂げようとするアマゾン。
REUTERS/Carlos Jasso
さて、アマゾンの新拠点選びのブレない戦略を確認したところで、私たちの日常に視線を移しましょう。仮にあなたに配偶者と子どもがいたとして、いくつかの地方都市のなかから移住先なり転勤先を選ぶ必要が出てきた場合、経済的に最も優遇を受けられるという理由だけで生活の拠点を選ぶでしょうか?
事業(仕事)環境、生活環境、そして子どもがいる場合は何より教育環境。いずれか一つだけが飛び抜けて優れているだけのまちでは、豊かで恵まれた生活を営むのは難しいのではないでしょうか。
少子高齢化が進む日本の地方では、移住促進のためには家賃補助、仕事のあっ旋、教育費用の補助など、企業誘致のためには税制優遇、いずれも経済的インセンティブを強調することで人口増加につなげようとしています。それらの施策で本当に優秀な人材を引き寄せることが可能なのでしょうか。
日本の四国程度の面積に約870万人が暮らすイスラエル。テクノロジー企業の集約は世界最高レベルで、米インテルに1兆7000億円で買収されたモービルアイ(写真)などを中心に人材が集まる。
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私は戦略論を専門としているなかで、国家の競争戦略も研究していますが、近年、国家の国際競争力ランキングで上位にランクインしている「小国」であるスイス、シンガポール、イスラエルなどには、明白な共通点があることに気づきました。それは、「事業環境×生活環境×教育環境」が三位一体となって整備されており、優秀なグローバル人材を引き寄せることに成功している点です。
これらの条件を整備するのは簡単なことではありません。それでも、企業や人を地方に誘致するためには、遠回りのようでいてこれらの施策にしっかり取り組むことが不可欠なのです。アマゾンが経済的インセンティブを一つの判断要素としながら、最終的にはニューヨークとアーリントンを選んだのも、三位一体の環境が整った地域だったことは見逃せない点だと思っています。
日本の駐在員も多いシンガポール。東京23区ほどの面積に約560万人が居住。在住者の多くがその教育環境の充実度を賞賛する。
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そしてこの三つの条件は、実はあなたの会社が優秀な人材を採用するためにもきわめて重要なポイントとなります。
経済的なインセンティブやビジネス環境(=「事業環境」)だけで優秀な人材を確保することはもはや困難なのです。居心地が良くやり甲斐があり(=一種の「生活環境」)、ピアラーニング(対話を通じて学習者同士が協力して学ぶ手法)のような仲間とともに成長できる環境(=一種の「教育環境」)が提供される場かどうか、優秀な人材ほどそうした環境を重視する傾向にあります。
仲間対仲間での対話、対話で醸成されるクリエイティブな関係性、仲間との協働から生まれる深い学び。あなたのまちや組織でも、そんな環境づくりから始めることをおすすめします。
田中道昭(たなか・みちあき):立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。シカゴ大学経営大学院MBA。専門は企業戦略&マーケティング戦略及びミッション・マネジメント&リーダーシップ。上場企業取締役や経営コンサルタントも務めている。主な著書に『アマゾンが描く2022 年の世界』『2022年の次世代自動車産業』『「ミッション」は武器になる あなたの働き方を変える5つのレッスン』がある。