出産・育児退職者ゼロの急成長ベンチャーが実践している、あるルール

2020年までに女性管理職の比率を30%にする目標を政府が掲げたように、企業に女性社員の活躍を促す動きは揺らがないものとなっています。一方、現場では、出産というこればかりは男性が肩代わりできない女性ならではのライフイベント、また育児の負担を理由に、会社への復職、その後のキャリアアップをためらう声が依然として聞かれます。

そんな中、2015年9月に上場した急成長ベンチャーでありながら、「出産・育児を理由に退職した女性社員は創業以来ゼロ」と公言するのが、ストックフォトサービス大手「PIXTA(ピクスタ)」の古俣大介社長です。

しかし実際にお話を伺ってみると、経営者である古俣さんが追求してきたのは、女性社員の働きやすさではなく、あくまで事業の持続的成長であり、現在のような組織のあり方はそのための手段、あるいは結果でしかないことが分かります。

その取り組みや経営哲学から、女性のキャリアを断絶させない組織づくりについて、経営者やマネジャーが本当に考えなければならないことは何かを探ります。

古俣大介さん

PROFILE

古俣大介:ピクスタ株式会社 代表取締役社長

1976年生まれ。多摩大学在学中に、コーヒー豆のEC販売、女性向け古着販売を開始。大学4年次に株式会社ガイアックスにインターン入社。正社員入社後、営業マネジャーとして2つの新規事業部を立ち上げた後、2000年9月に子会社の立ち上げに参画、取締役に就任。2002年、有限会社万来設立、取締役社長に就任。飲食店舗向け販促デザイン事業を開始。2003年3月に撤退し、美容健康グッズのEC事業を開始。2年後に年商1億円となる。2005年、株式会社オンボード(現 ピクスタ株式会社)を設立、代表取締役社長に就任。

やりとりの9割がチャット。自分の生活スタイルに合わせて働けるから無理がない

——創業以来、出産・育児を理由に退職した女性社員がいないと伺いました。まずは、女性メンバーの活躍ぶりについてお聞きしたいのですが。

弊社はインターネットサービスを提供しているため、必然的に社員に占めるエンジニアの割合が大きいのですが、エンジニアは今のところ全員が男性です。ただ、これはそもそもエンジニアという職種を選ぶ人の男女比が影響していると思っていて。それ以外の職種では女性比率がかなり高く、全体では男女半々くらいの比率になっています。

一般的に、女性は男性と比べてプライベートのライフイベントがキャリアにおよぼす影響が大きいですよね。弊社の場合も、創業13年で出産を経験した女性メンバーが十数人いました。ですが、今のところ出産・育児を理由に退職した人は一人もおらず、全員が復職しています(※出産後、「大学院に行きたい」という理由で退職した人はいるとのこと)。

復帰した後の職種も、法務、経理、マーケティング、コンテンツ企画などさまざまです。チームを率いるリーダーもいれば、メンバーもいます。仕事へのコミット具合も男性社員と変わらず活躍してくれています。

オフィスで話し合う古俣大介さんと社員

———なぜ、高い復職率が実現できているのでしょうか?

出産後はどうしても生活スタイルや時間の使い方が変わるものですが、それでも仕事の進め方や成果の出し方、コミュニケーションなどの点で、出産前と変わらずにやれるそのことが事前に分かっているから、安心して出産・育児期間を過ごし、復帰してくれているのではないかと思います。

中でも最も大きいのがコミュニケーションです。弊社では7、8年前からコミュニケーションの中心がチャットになっています。社内の情報のやりとりの9割がチャット上で行われるんです。会議の議事録などもチャット上に流れるので、それを見ていればほとんどのことが把握できる状態になっています。

そうすると、この時間、この場所で相手と対面して話をしないといけないということがなくなるので、働く時間も場所も自由になり、自分のライフスタイルに合わせた形で仕事ができるようになります。例えば、夕方に保育園にお迎えにいく途中、電車でチャットを見ながらちょっとしたやりとりができたり。家に帰って夕飯の支度をして、合間を見て細切れに仕事をしたり。アウトプットをチャット上に流しておけば、受け手も数時間のタイムラグでそれを受け取ることができ、お互いに自分のペースで仕事を進められます。

そのためにはチャットだけでなく、あらゆる書類や情報をオンラインにしておかないといけません。流れのどこかで「紙で出力」が挟まってしまうと、途端に目詰まりしてしまう。なので、徹底したクラウド化を行っているんです。

普段使っているチャットの画面

普段使っているチャットの画面

——出社の義務はないんですか?

一部ですが、どうしても対面で話さないと伝わらないことはあると思っているので、会議を入れやすいよう、コアタイムは設けています。また、月間でこれだけ出社しなければならないという労働時間の規定もあります。ただ、「時間単位有給」といって、1時間単位で有給申請できる制度があるので、「この日は午前中、どうしても家にいないといけない」となったら、1時間か2時間だけ有給をとって、出社を遅らせることができます。

こうした自由な働き方が可能という前提があるから、育児中でも安心して働けるのではないでしょうか。

——経営者側から見ると、女性の多い職場で、頻繁に出産・育児で抜けてしまう社員がいることで、困ったことは起こりませんか?

そうした状況が起こらないために、引き継ぎなどカバー体制を作ることはしっかりやっています。すでに社内にいるメンバーに該当するポジションに入ってもらう場合もあれば、新たに採用するケースもあります。いずれにしろ、出産・育児で抜けることは半年前には分かるもの。それだけの時間あれば、カバーするだけの体制は十分に作れると思っています。

——コミュニケーションをチャット化したのは、育児のためにリモートワークをしたい社員が増えたことなど何かきっかけが?

情報共有やコミュニケーションのオンライン化は、創業当時から意識していたことです。しかしこれは女性の働きやすさというより、サービスをよりよくするためには、どのポジションのメンバーも、事業全体が今どんな状況にあるのかを把握した上で、それぞれの持ち場で判断することが大事。そうすることで、一つひとつの判断の精度が上がると思ったからです。特に僕らのようなインターネットサービスは、お客さまのさまざまな行動を数値で計測し、共有できるのが強みですから。

創業当時はチャットサービスがなかったから、最初はメーリングリストでお互いに情報を流し合うという方法をとっていました。その次に使ったのはメッセンジャー。メンバーが増えてそれでは対応できなくなってきた2010年ごろに、ちょうどビジネス系のチャットサービスがいくつか出始めました。ですから、情報共有を徹底するという考え方自体は創業以来一貫したもので、より適したツールが出てくるたびに乗り換えてきた、というのがこれまでの流れです。

過去使っていたメーリングリストの画面

過去使っていたメーリングリストの画面

社長が「いじられる」。ツールより大切なフラットなカルチャーが生む心理的安全性

——とはいえ、ツールや制度さえあればそれだけで組織がうまく回るものでもないのでは?

それはその通りです。ツールや制度というのは形式的な話に過ぎません。より本質的に重要なのは考え方や文化でしょう

僕らのようなインターネットサービスをやっている事業者は、市場で一番いいサービスでないと生き残れません。同じようなサービスを提供している会社は他にも山ほどある。お客さまからすればそのどこで買っても構わないわけだから、一番検索しやすいとか、一番いいコンテンツがそろっているとか、自分の会社のりん議に合った決済方法が用意されているとか、そういうことをトータルして使うサイトを決めるんです。

「PIXTA」内での検索画面

ストックフォトサービス「PIXTA」

もっといいところがあったらすぐに移ってしまう。だから、どこよりもいいサービスであり続けなければいけないんですよ。ということは、メンバー一人ひとりがそれぞれの持ち場で、お客さまにとって一番良いものは何かを考え続け、形にし続けられる環境でなければなりません。

その意味では、どのポジション、どのレイヤーのメンバーであってもあらゆる情報にアクセスできることと並んで、フラットに意見を言い合える必要があるでしょう。例えば、社長である僕が発言した内容に対しても、アルバイトの若手メンバーが普通に「それはこうじゃないですか?」と反論できる、というような。

だから、「ユーザーのために正しいかどうか」を大切にする意識というか、文化をいかに当たり前に浸透させるかという部分、そしてそれを前提にしたコミュニケーションツール。この両輪が大事なのではないかと思って、これまでやってきました。

——ツールはいいと思ったらその日からでも試せる一方で、カルチャーを浸透させるのはとても難しいと思うのですが、そのためにやってきたことがありますか?

確かに、フラットなカルチャーを浸透させるのに「これをやったからこうなる」と言うのは難しい。そこは、経営陣が日常的に姿勢を見せていくことで、メンバーに心理的安全をもたらすのが大事だと思っています。何を言ってもちゃんと受け止めてもらえるとか、変に感情的にならないとか、権威で物事を動かそうとしないとか。自分を含めた経営陣がそれを徹底して意識できているのが大きい気がします。

——先ほども社員の方に「いじられて」楽しそうにしていらっしゃる姿が印象的でした。そうしたフラットなカルチャーづくりも創業当時から意識してやってきたことなのですか?

オフィスで話し合う古俣大介さんと社員

いえ、そう考えるようになったのには僕の失敗体験があります。ピクスタを立ち上げた当時は、自分が創業者だし、最初のサービス責任者だったので、自分が発案してエンジニアに作ってもらう形が多かった。でも、失敗続きだったんですよ。10個作ったらそのほとんどが失敗して、その中からようやく1、2個少し反応があって、それを積み重ねて・・・ということを3年くらい続けていく中で、あまりに失敗するので、自分の考えには大した精度はないんだと悟ったんです。

やはりユーザーのことを考えて、そこから優先順位をつけて「これがいいだろう」と思うことを試していくしかない。そのためには、自分一人がユーザーのことを考えるのではなく、メンバー全員がフラットに、いいと思うことを議論しながら試していける環境が絶対に必要だと思うようになりました。

実は、ピクスタは自分が立ち上げた2社目の会社なんです。24歳の時に1社目を作り、そこではデザイナーを3人くらい雇っていたのですが、当時はすごくトップダウンで、自分が「これがいいんだ」と思うことをやっていました。でも、クリエイティブな人材というのは、上から言われたことをやるだけではどうしたってフラストレーションが溜まるもの。その結果3人とも辞めてしまい、うまくいかなかった。その時の反省がベースとしてすごくあります。

座っている古俣大介さんの足元

持続可能でないと事業は成り立たない。「頑張る」のと「無理する」のは違う

——ところで、いつでもどこでも働けるとなると、逆に言えば逃げ場がないことにもなりますね。世の中には「チャットやメールの通知が苦痛だ」という人もいるようですが、ピクスタにはそういう人がいない?

そこはおっしゃる通りで、時間の制限がないぶん、いつでも仕事ができてしまうという側面はあります。それが負荷になる危険性はあるのですが、それを解決するのもまたカルチャーではないか、と。

いいサービスを作るためにはチームワークが大事です。誰かが無理して機能しなくなってしまうと、全体に対して悪い影響をおよぼしてしまいます。その点、弊社にはいかにみんながストレスなく、助け合いながら、チームワークを大事にしながらプラットフォームサービスを作っていくかという前提が、カルチャーとしてメンバー全員に浸透しているところはあると思います。

具体的には例えば、夜遅くのチャットでは相手に通知が飛ばないよう、宛先をつけずにテキストだけで「◯◯さん」と書くとか。「この内容であれば今じゃなくても大丈夫だから、明日送ろう」と配慮するとか。「返信は明日朝で大丈夫です」と一筆加えるとか。そういうちょっとした気遣いを一人ひとりが意識してやっています。

チャットのスクリーンショット

子どもが熱を出したメンバーへの気遣いが感じられるやりとり

——その答えは少し意外でした。てっきり「全員がお客さまにとって一番いいサービスを作ることに熱狂していて、それを苦痛と思うような社員は一人もいないんです」といった答えが返って来るかと思っていたので。

僕らはずっと終わりのない改善をしないといけないんです。そのためには、僕ら自身も持続的にハイパフォーマンスを出せなければダメ。だから、できるだけストレスや無理はなくさなければと思っているんです。もちろん頑張らなければならない局面はありますよ。でも、頑張るのと無理して不具合が出るというのは別なので。必要以上の無理が出ないようにというのは心がけているところです。

そういう意味で大切なのは、メンバー一人ひとりが自律していることではないでしょうか。仕事が遅れ気味なのであれば、「明日の朝はちょっと早めに起きてここまでやろう」と考えてやらなければならないし、人を巻き込んでやる必要がある際には、適切なタイミングで説明したりコミュニケーションをとったりできなければならない。そうやって自分で考えて進めていける自律した人が、このやり方にマッチしているのだろうと思います。

逆に、受け身の人は向いていないでしょう。受け身の人はそれこそ、言われたらそのまま受け取って、やり過ぎてしまって無理が生じたり、自由を与えられるとどうすべきか分からなくなってしまったりするものなので。

ですから、採用の際にはその擦り合わせを徹底しています。ある意味、スキルとか条件以上に、カルチャーに合うかどうかをしっかり見極める。そういうメンバーしかそもそも入ってきていないからこそ、うまく回っているというところはあるだろうと思います。

——今回のテーマは「女性のキャリアを断絶させない組織のつくり方」でした。が、なんだかお話を伺えば伺うほどに「女性のための……」という話から遠ざかっていくから不思議です。

古俣大介さん

そうなんですよ。僕らはもともと、女性の出産とか育児に対応するために、こういう制度やカルチャーを作ったわけではない。ここまでお話ししてきたように、ユーザーのことを一番に考え、持続的に事業を運営するのに最適な環境を考えていったら、結果的に女性のキャリアにも有効だったという話で。

——経営層やマネジャー層が「女性だから」「女性のために」と考え始めると、むしろ本質から離れてしまう可能性がある?

そうかもしれないですね。今はそれこそセクシャルマイノリティーとか、女性に限らずいろんな価値観、いろんな考え方の人がいる。経営に携わる人やマネジャーは、それを前提に考えたほうがいいのではないかと思います。世の中にはいろんな人がいて、自分の会社にだっていろんな人が当たり前のようにいる。そうした前提に立って振る舞えば、パワハラだとかセクハラだとかいった大きな間違いは、あまり起こらないのではないか、と。

むしろ、極端に「女性が、女性が」と言い出したり、変にグルーピングをしてしまうと、今度は別の集団がマイノリティになるといった弊害も出てくる。その意味ではやはり、徹底的にフラットな考え方というか、文化、接し方というのが大事になってくるんだと思います。

——なるほど。

自分は今42歳ですが、社外で自分より上の世代の人と接すると、いまだに「女性は家庭を守るもの」とか、「三つ指ついて」みたいな昭和的価値観……まあこの表現も一種のグルーピングなのでどうかとは思いますが(笑)、そういう考え方が言動に表れている人が結構いるんですよね。一方で、僕らより下の世代のマジョリティは、それとはちょっと違うとも感じます。若い世代には、フラットな価値観を当たり前のものとして受け取っている人が多い気がしていて。

それはインターネットが普及して、いろんな人がそれぞれ好きなように情報発信して、というのを当たり前に見て育ったからなのかもしれません。でもそういう意味では、今流行りの「働き方改革」にしたって、なにも無理やりトップダウンで進めなくても、自然と進んでいくかもしれない希望はあるようにも思うんですよ。

古俣大介さん

(取材・文、鈴木陸夫、岡徳之、撮影・ 伊藤圭)

"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年11月20日公開の記事)

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