2040年の自動車産業で貴金属が「重要素材」になるこれだけの理由

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自動車産業はいま、100年に一度という大きな転換期に来ている、とある大手自動車メーカーの幹部は公言する。自動運転、EV(電気自動車)、FCV(燃料電池車)、いま自動車産業が向かう「変化」について疑う人はいないだろう。けれども、「どう変わるのか」と聞かれると、それを具体的にイメージできる人は多くはないはずだ。

IEAの推計によると、2050年までの約30年間で、電動車の需要は激増する。「しかし、その多くは、実はピュアEVではありません。ガソリンやディーゼルの“ハイブリットとプラグイン・ハイブリッド”なのです。これは貴金属需要を考える上で、重要なことです」(坂入氏)

つまり、エンジン車=内燃機関は、今後もかなりの期間、私たちの生活を支える存在として残り続けることになる。

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IEAによる2050年までの自動車の需要の変化の推計。2040年までは、プラグイン・ハイブリッドを含めた「内燃機関搭載車」は増加し続けると予測している。

(C)OECD/IEA 2015 Energy Technology Perspectives, IEA Publishing. Licence: www.iea.org/t&c

自動車産業における「貴金属」は、これまでも触媒や各種エンジンセンサー、安定した物性という素材の特性を生かした配線やスイッチなどへの採用で、「環境性能」や「信頼性」を担保する重要な素材として使われてきた。

自動運転に代表されるクルマのハイテク化が進むことで、貴金属は今まで以上に、信頼性を担保する素材としての役割の重要性が増していく。業界関係者の間ではそう強く確信する人は多い。

自動車産業と貴金属の関係がこれからどう変わっていくのか。貴金属の自動車向けマーケットを知り抜く田中貴金属工業(以下、田中貴金属)の二人のキーパーソンに聞く。

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左から、田中貴金属工業 新事業カンパニー マーケティング部 副部長 進藤義朗氏、同伊勢原テクニカルセンター 技術開発統括部 統括部長付 坂入弘一氏。

プラチナの鉱山生産量の半数以上は自動車産業が消費する現実

信頼性の高い接点材料として古くから金や銀が使われていたことをはじめ、貴金属と自動車産業の関係は長い。

とりわけ重要な存在になった契機は、’70年代以降の排ガス規制の高まりを背景とする、三元触媒の実用化にある。

三元触媒は、それ自体がプラチナ、パラジウム、ロジウムといった白金族元素を含む。また、その能力を発揮させるためセットで使用するO2センサーにも貴金属(プラチナ)が使われる。三元触媒の高度な排ガス浄化能力によって、20世紀に社会課題とされた酸性雨問題はなくなり、排ガスによる環境汚染も大幅に改善が進んだ。

20世紀とは比べ物にならないほど排ガス規制が厳しくなった現代では、貴金属における三元触媒向けの需要は極めて高い。その量は、「年間のプラチナの鉱山生産量の半分以上が自動車触媒のために使われています。パラジウム、ロジウムの(自動車触媒の)割合はさらに高く鉱山生産量と同等あるいはそれ以上であるためリサイクルしないと賄えない状態。」(坂入氏)という水準だ。

一方、自動車の「信頼性」を担保する素材としての貴金属の役割は、さらに広範囲だ。こんなに細かなところまで入り込んでいるのだ。

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ガソリン車とハイブリッド車に採用される貴金属素材の部位。「触媒」「センサー」「半導体」「継電器」「スパークプラグ」の5種類で大別でき、その採用箇所は多い。当然、よりハイテク化されたハイブリッド車の方が採用部位・量ともに多い傾向にある。

「私たちは素材メーカーですが、とりわけ自動車というのは、段違いの信頼性が求められます。たとえばヘッドライトがひとつ点かないだけで夜間走行に支障をきたします。材料の変更サイクルは10年に及ぶものも多く、いったん仕様を決めるとその間ビジネスは継続します。そのため、長期間使える性能かどうか、徹底的に検証したうえで、素材を決めるわけです」(坂入氏)

言ってみれば、貴金属は自動車内部の「インフラ」を支える重要な材料だ。

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田中貴金属工業 新事業カンパニー マーケティング部 副部長 進藤義朗氏。

貴金属材料を使う「パワー半導体」や「センサー」は電動時代の重要技術

自動車産業が100年に一度の変化を迎える中で、「貴金属の新しい活用」として期待される分野も出てきた。

たとえば、電気エネルギーを変換する「パワー半導体」、自動運転に用いられる「センサー」、将来のパワートレインとして期待される「燃料電池」、車体軽量化のための接合技術として「FSW(摩擦攪拌接合)」、といったものだ。これらの技術はいずれも電動化、自動運転、衝突安全、CO2削減といった今後ますます重要となるニーズと関係している。

「EVや電動車には今まで以上に“パワー半導体”という(電力を制御する)素子が重要な役割を担います。従来はシリコンで作られた半導体がほとんどでしたが、シリコンカーバイト型に替わると、大幅に特性が向上するため、デバイスの小型化、車の軽量化が進み、走行距離が長くなると言われています。」(進藤氏)

ただし、パワー半導体は-50度〜+250度という温度サイクルなどの、極めて厳しい動作環境に耐える必要がある。その実装に、研究中の貴金属材料が活かせるのではないかと期待されている。

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パワー半導体デバイスと貴金属のかかわり。

あるいは、自動車の車体製造プロセスで摩擦熱を利用して接合(FSW)する機械の先端に装着するツールにイリジウムという高融点貴金属が必要となる可能性がある。

水素燃料電池の分野は、電極触媒にプラチナが使われ田中貴金属が世界でトップクラスのシェアを持つ分野だ。燃料電池の車両への採用は、日本でも東京駅から燃料電池バスが走り始めるなど、公共交通での注目が高まっている。また、水以外の排出物がゼロという燃料電池ならではの特性を生かして、閉塞空間である倉庫内のフォークリフトへの採用もすでにはじまっている。

また、貴金属スパークプラグの存在も忘れてはならない。10年ほど前から排ガス規制の厳しい国向けの新車には、ほとんどイリジウムとプラチナ電極を使ったプラグが採用され、従来のニッケルのプラグは途上国とアフターマーケット用がメインになっている。これは貴金属が高電圧や高温の消耗に耐える性質をもつため、高電圧をかけて着火性能を上げたり、一回の燃焼に複数回スパークさせてミスファイアを排除することが可能なためだ。

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田中貴金属では、燃料電池用の電極触媒の開発・製造施設の新棟を増設。生産能力は従来の7倍に高まる見込みだ。

世界需要の3分の1の貴金属は20年前から「タイムスリップ」してくる

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自動車産業において新たな用途も期待される貴金属は、いかに安定して供給し続けるかも重要なポイントになる。田中貴金属の考え方は、産業としてのサステナビリティーを強く意識したものだ。リサイクルはその重要なキーになる。

「貴金属の用途が増えたからといって、たとえば今の倍の量を新規に掘り出す、という考え方はまったくの間違いなんです」と坂入氏は言う。

貴金属は、採掘するだけではなく、すでに世の中に存在しているものから取り出すこともできる。いわゆる「都市鉱山」だ。田中貴金属では、グループ会社の日本PGMを通じて、スクラップ車両の使用済み触媒から貴金属を取り出すことを事業化している。現在リサイクル対象となっている触媒はプラチナの場合、約20年前に生産された車からのものだ。その量は年間約 37トン。これは自動車触媒向け需要の約35%というから、非常に大きな量だ。 

調達、採掘、精製、製品化プロセス、リサイクルといった長いサプライチェーンを持つ貴金属の供給は、自動車業界から「必要だ」と求められる前に、需要を先回りして推定しておかなければ満たせない。

その情報収集は、長年続く自動車業界とのリレーションと、未来の素材の研究現場であるアカデミア(学術界)へのコミットの深さがあるからこそできるものだ。

「貴金属の安定供給、過去に採掘した貴金属を“リサイクルで市場へ戻す”ことは、貴金属を生業とする私たちの社会的使命だと思っています」と進藤氏は言う。

自動車産業を裏側から支える存在として、田中貴金属は今日も世界中で活動を続けている。

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