世界中が注目した米中首脳会談はとりあえず「先送り」という無難な着地を見たが……。
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世界中が注目した米中首脳会談はとりあえず「先送り」という無難な着地を見た。
現状を簡単に整理すると、アメリカは既に対中輸入2500億ドルを対象として追加関税を課しており、このうち500億ドルが25%、2000億ドルが10%という状況にあった。
この点、トランプ政権は後者の2000億ドルについて年明け以降、25%へ引き上げることを宣言しており、首脳会談はその取り扱いを議論するという位置付けだった。
90日にも具体的分野にも中国の言及なし
アメリカの小麦畑。中国側はアメリカの農産品やエネルギー、工業製品などを「大量に購入する」としており、しかも農産品輸入は「直ちに開始」とした。
REUTERS/Julie Ingwersen
既に報じられている通り、会談の結果、アメリカは中国の構造改革実施を条件に、関税の引き上げについて最大90日間の猶予を設けるとした。
具体的に構造改革を求める分野とは(1)技術移転の強要、(2)知的財産権保護、(3)非関税障壁、(4)サイバー攻撃、(5)サービスや農業分野の市場開放の5つとされた。しかし、後述するように、中国はこうした具体的分野にも、また「90日間」という期限にも言質を与えていない。
もちろん、中国も一応の誠意は見せている。貿易不均衡是正にあたっては、アメリカの農産品やエネルギー、工業製品などを「大量に購入する」としており、しかも農産品輸入は「直ちに開始」とした。
首脳会談翌日にはトランプ大統領がTwitter上で「中国がアメリカから輸入する自動車に対する関税の引き下げや撤廃に応じた」と述べ、現状、40%に設定されている関税を引き下げることで米中が合意したと明らかにした。
「構造改革の進捗」求める米、中国の譲歩には疑問符
中国の習近平国家主席にとって、アメリカに対する譲歩を決断するのは簡単ではない。
REUTERS/Pedro Nunes
しかし、アメリカ側が最も強く求めるポイントは「具体的な構造改革の進捗」であり、「農産品を購入するので追加関税は控える」という矮小化された提案は通るまい。
なにより米中覇権争い最大の火種とされているのは、中国政府が補助金を投じて自国の重要産業を育成する「中国製造2025」計画だが、中国側はこれについても見直し方針を発表しているわけではない。
首脳会談後、メディアのヘッドラインは全体的に米国側の主張を大々的に取り上げている印象だが、中国側の主張も合わせ見れば、交渉が進展する予感はあまりしない。
今から90日後には例年3月に開かれる中国全国人民代表大会(全人代)が控えている。トランプ政権には「協議決裂による国内経済への打撃は回避するはず」との目算がありそうだが、面子を重んじる中国が重要な時期に対米譲歩という決断を取れるだろうか、という疑問もある。
「90日間の猶予」という結論を巡っては「一時休戦」という表現が多く見られるが、これには既視感がある。
2018年5月20日、ムニューシン米財務長官が「中国との貿易戦争を保留にする」と述べ、米中貿易戦争の停戦が好感されたことがあった。
しかし、そこからわずか1か月も経過しないうちにトランプ政権は通商法301条を理由とする500億ドルの追加関税を公表し、世界を驚かせた。
今に連なる対中関税の入口がこの決断であり、同時に、このタイミングで人民元相場の急落が本格的に始まったという経緯がある(図表)。
かかる経緯を踏まえれば、トランプ政権においては「停戦」と「制裁」の間にさほど距離はないように思えてならず、今回の合意もアテにはならないと考えたい。
「貿易戦争を止める」とは一言も言っていない
2016年12月、米大統領選で当選後のトランプ氏の集会に詰めかけた支持者たち。保護主義は政権のアイデンティティだけに、その象徴とも言える対中制裁関税取り下げのハードルは非常に高い。
REUTERS/Shannon Stapleton
今回、最も気にすべきは、アメリカが着地点を示していないことだ。中国が構造改革を進めて90日以内に協議が上手く進んだとしても、「貿易戦争を止める」とは一言も言っていない。
90日後の着地点として考えられるシナリオは多岐にわたるが、例えば、(1)2000億ドルについての関税引き上げを取りやめる(10%→10%)、(2)2000億ドルについての追加関税を撤廃する(10%→ゼロ%)、(3)((1)を仮定した場合)既に25%が課されている500億ドル分についても10%へ引き下げる、(4)((2)を仮定した場合)既に25%が課されている500億ドル分についても追加関税を撤廃するなどが考えられる。
もちろん、今回の協議対象はあくまで2000億ドルであり、(1)でも(2)でも「500億ドルにかかる25%は据え置き」という可能性もある。
だが、中国の王受文商務次官のコメントとして、現在25%の関税を課す500億ドル分の制裁措置について「取り消す方向で協議する」といったものが報じられている。少なくとも中国側は500億ドルにかかる25%をゼロ%、少なくとも10%にしたいと考えているのだろう。
裏を返せば、米国側は「500億ドル」と「2000億ドル」を分けて考えており、「25%、500億ドル」は別の話と考えている節がある。
いずれにせよ米国側が着地点を明示していない以上、全ては推測の域を出るものではない。90日後、何が起きるかはトランプ政権しか分かるまい(分かっていない可能性すらある)。
2020年の再選をにらむトランプ大統領が政権のアイデンティティであり、その象徴とも言える対中制裁関税を取り下げる道理はないように思われる。最善のシナリオでも「(1)+500億ドルの25%も10%へ」であり、次善のシナリオでも「(1)+500億ドルの25%は据え置き」といった程度ではないか。
2020年まで続く「壮大なマッチポンプ」
アメリカの景気や株価に減速の兆しがはっきり見えてくれば、トランプ大統領はパウエル議長(右)が率いるFRBへの批判を強めて責任転嫁をはかると見られるが……。
REUTERS/Carlos Barria
今回の休戦措置はクリスマス商戦という重要な時期を控えているため、米国側に「自身で回避できる余計なノイズは回避しておこう」というインセンティブが働いた結果という見方もある。
90日間あれば「12月の次の利上げ」を実体経済や金融市場は織り込むはずである。その時の状況に鑑みて、攻め手を再考するというのでも十分間に合うと踏んだ可能性はある。90日後にまた「30日間の猶予を与えて云々……」という展開も無いとは言えまい。
こうした「自分で火をつけて自分で消火を演出する」という、国際金融市場を巻き来んだ「壮大なマッチポンプ」は恐らく再選を賭けた大統領選挙の行われる2020年までは続くのではないか。
ゆえに、「不透明感の払拭」というフレーズと共に米中貿易戦争が市場から払拭され、市場心理が改善するような展開も、当面はメインシナリオには据えづらいと思われる。
今後、トランプ政権が明確に保護主義を取り下げるような局面が来るとすれば、それはアメリカの実体経済や株価にはっきりとした減速の兆候が見え始めている時であろう。
しかし、その際もトランプ大統領は「減速に応じてスタンスを変えた」とは思われたくないはずであり、ほぼ間違いなく米連邦準備制度理事会(FRB)への批判を先鋭化し、責任転嫁を図るはずである。
奔放な言動が目立つトランプ大統領だが、それでも大して支持率が下がらない背景に「堅調な景気と株価」があることは本人も承知の上だろう。
トランプ政権の先鋭化する保護主義、とりわけ対中強硬路線を修正するものがあるとすれば、それは首脳会談などの「話し合い」ではなく経済・金融情勢の減速という「目に見える脅威」であろう。これまでの経緯を見る限り、自身の行動の過ちを認め、これを素直に修正するような展開はほとんど望めないと思われる。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。