法的な悩みを抱えている人のうち、8割が弁護士に相談していない——。
法律相談がなかなか普及しない日本社会の実態を受け、日本弁護士連合会(日弁連)は12月5日、職場のパワハラをテーマにした法律相談ムービーを新たに制作し、公開した。とある職場のパワハラ問題を描いたA面B面を、あなたはどうみるだろう?
どこにでもある職場風景と放置しないで
時短勤務で働く女性と、評価を下す立場の上司。なぜ、両者はすれ違ってしまうのか。
提供:日弁連
電通新入社員だった高橋まつりさんが、過労自殺した事件からまもなく3年。過労死やパワハラの問題はこれまでになく注目された一方で、労働問題の法律相談は増えていないのが実情という。
「仕方がないとガマンする人たちで成り立っている社会に、訴訟以前の段階で弁護士に相談する方法もあると知ってほしい」と、日弁連は呼びかけている。
日弁連が公開したのは、「法律相談ムービー、ハラスメントA面B面」。日本のとある会社を舞台に、部下である女性と上司の男性のそれぞれの立場から、一つの出来事の両面を描いている。
A面 浜木さんの場合
産休明けの浜木淳子さんは、時短勤務者として職場に復帰。人一倍努力を重ねてがんばるものの、限られた時間の中で、これまでのキャリアを活かしきれないもどかしい日々を送っている。上司の香坂課長を通じて下された、会社からの評価は——。
B面 香坂課長の場合
課長・香坂英夫さんは、浜木さんの努力や実績を評価しながらも、管理職として達成すべき業務と、会社のやり方に板挟みで悩んでいた。職務に熱心なあまりにとったある行動が、思わぬ結果を招いてしまう。それはなぜか——。
それぞれの動画は、同じ出来事を立場の違う2者の視点で描き、多くの人が、どちらかの立場に共感できる部分を残している。
だれをも断罪していないのが特徴だが、あなたはどう考えるだろうか。
さらに、いずれの動画も、わかりやすい訴訟に持ち込む展開や、弁護士の登場による「解決」までは描いていない。
「これでは弁護士に相談するという発想に結びつかないのでは」との疑問も浮かぶが、これに対して、動画制作に携わった、日弁連公設事務所・法律相談センター委員長の山村清治氏はこう意図を明かす。
「日本中どこにでもあるような職場の場面。部下と上司、それぞれの立場から描きました。裁判からはほど遠い状況ですが、意図は早い段階で弁護士に相談いただければ、きっとお役に立てるのではと思うからです。ぜひ、全国約300カ所の、法律センターに相談をいただきたい」
問題あっても弁護士に相談していない8割
不当な評価を受けたと思った時、あなたはどうしますか。
提供:日弁連
働き方改革関連法が2018年6月に成立するなど、長時間労働、パワハラ・セクハラなど、職場で起きる問題への関心はここ数年で高まった。一方で、日弁連が3月に公表した調査(20〜69歳の男女約1万人が対象)によると、
- 法的な悩みを抱えて込んでしまっている人は(全体の)7割。
- 悩みはあるが弁護士に相談していない人は8割。
- もっとも大きな悩みは「借金」で全体の4割だが、続いて「職場でのセクハラ・パワハラ」「賃金・残業代の不払い」など「働き方」の計2割が多い。
との実態が明らかになった。
弁護士に相談できない理由としては「相談料が高そう」「気軽に相談できない」など、敷居が高いという意見が目立つ結果となっている。
弁護士に相談しなかった理由とは。
出典:日弁連
法律相談センター委員長の山村氏は、「相談の金額は全国のセンターによって異なるが、だいたいの相場は30分5000円程度。30分2000円や、初回無料のケースもある」とした上で、訴訟ありきではないことも訴えている。
部下からパワハラで訴えられた。あなたはどうしますか。
提供:日弁連
「多くの働く人たちが、できるだけ長く会社で働きたいと考えていて、決定的な訴訟に持ち込むことは求めていません。会社にしても訴訟での解決は望んでいない。訴訟になる前段階での解決にも、弁護士が力になれるのだということを、この動画を通じて伝えていきたいのです」
白黒の決着をつけるだけが、法律相談の出番ではない。そもそも、職場の問題は、誰が悪いというよりも、立場が違えば言い分や見え方が異なることも少なくない。
「誰かが悪人なのではなく、会社のシステム・エラーであって、誰もそれに気づいておらず、個人の努力が空回りというのはよくあること。弁護士が潤滑油を差したり、ビス(ネジ)を入れたりすることで、平穏に働ける環境を取り戻すこともできるのではと」(山村委員長)
誰か悪者をあぶり出して、叩きつぶすことだけが、解決ではない。
今回の動画「法律相談ムービー、ハラスメントA面B面」が、「A面」と「B面」を描いた理由も、そこにあるという。
(文・滝川麻衣子)