パリにおける暴動は、依然沈静化の兆しはなく、むしろ事態悪化が伝えられる状況にある。
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パリにおける暴動が起きて2週間以上が経過しているが、依然沈静化の兆しはなく、むしろ事態悪化が伝えられる状況にある。
2019年1月から実施される予定だった燃料税増税やその他緊縮政策への抗議として始まったデモは多数の負傷者を出しながら続いている。
「敵失の人気」の凋落
マクロン大統領に対する風当たりの強さは燃料税増税だけが理由ではない。
REUTERS/Philippe Wojazer
2017年以降、フランス政府は温暖化対策の一環として燃料増税と炭素税の段階的な導入に踏み切って来た。
これは電気自動車(EV)など環境に配慮した自動車への切り替え促進を企図したものとされたが、負担増を強いられた民間部門がストレスを抱えているのが実情である。たまりかねたフランス政府は12月5日、2019年の燃料税増税を断念すると表明した。
しかし、マクロン大統領に対する風当たりの強さは燃料税増税だけが理由ではない。
これまでも年金受給の年齢引き上げ、雇用規制の緩和、各種公共施設の民営化、徴兵制の復活などを受けて不満が鬱屈していたと言われ、より生活に身近な燃料価格の高騰をトリガーに国民感情が爆発した、と見受けられる。
2017年5月に大統領選挙に勝利した際、60%以上あった支持率は今や30%を切った。もとより極右候補を敬遠した結果による「敵失の人気」と目されていたが、思ったよりも早くメッキが剥がれた印象である。
不可逆的な差がついた独仏
そもそもマクロン政権が何故、緊縮や構造改革といった政策運営に傾斜しなければならなかったのかは、一歩引いた目で理解しておく必要がある。
細かな論点を挙げればキリがないが、やはり金融危機後の10年でフランス経済が、とりわけドイツ経済との対比で凋落したという事実があり、各種構造改革はこれに対応するための政策だったことを忘れてはならない。
少なくとも経済ついては独仏2大国というのもはばかられるほどの差がついているのが現状だ。
図表1
金融危機の前後で若年失業率(15~24歳の失業率)が改善したのはドイツだけであり、その他の国は全て上昇した(図表1)。
フランスの若年失業率は2007年から「南欧並み」であり、その水準も10年で僅かに上昇している。他の南欧諸国の急上昇に比べれば恵まれているように見えるが、もはや比べる対象がPIGS(ポルトガル・イタリア・ギリシャ・スペイン)になってしまっているとも言える。
図表2
図表2は2013~17年の5年間について実質GDP成長率の平均を見たものだが、フランス(1.2%)はユーロ圏全体にもポルトガル(1.3%)にも及ばない。もともと仏独両国の経済に関しては差が存在したが、この10年で不可逆的な差がついたという印象はある。
なお、議論が込み入るので今回は簡単な解説に止めるが、ユーロ圏においてドイツとの格差という視点で見た場合、頻繁に持ち出されるのが単位労働コスト(ULC)の概念である。分かりやすく言えば、「付加価値(実質GDP)を1単位生み出すのにかかったコスト」である。
ユーロ圏各国のULCについてドイツとの格差という視点で見た場合、金融危機以前は南欧諸国を中心として重いコスト負担が存在したことが分かる(図表3)。
図表3
しかし、危機後は急速にその格差が縮小している。とりわけ、スペインは2012年に施行された労働市場改革などに基づく取り組み(具体的には解雇規制の緩和や賃金交渉の柔軟化など)によって体質改善が着々と進んでいる好例として知られる。
しかし、マクロン政権が民衆から抗議を受けているのは、まさにそうした労働市場の流動性を高める政策を推し進めようとしたことが原因とされる。これでは (ドイツ対比で見た) 高コスト体質が解消されることはほぼ不可能である。
退場なら欧州ポピュリスト勢力に追い風
現状を見る限り、マクロン政権の建て直しは容易ではないだろう。
ここで2つの懸念が浮上してくる。1つは2022年に行われるフランス大統領選挙の行方。もう1つはEU改革の行方である。
あと3年余りで次期フランス大統領選挙がやってくる。2017年4~5月の選挙では極右候補であるルペン氏を退け、圧勝を収めた。
次の選挙で極右政党・国民連合(元国民戦線)のルペン党首が成果を上げる可能性は否めない。
REUTERS/Stoyan Nenov
しかし、この時、フランス国民は前年の英国EU離脱(ブレグジット)やトランプ大統領誕生を受けた混乱を踏まえた上で「3度目のまさか」を回避する選択をしたという勝因分析がもっぱらであった。
世界では反グローバル・反エリートの機運が高まる中、親EUでエリートのマクロン氏が拠って立つ民意は決して磐石ではない、とそもそも考えられていた。1年半余りで支持率が3分の1になったのだから、その分析は今思えばやはり正しかったと言える。
問題は、極右を避けて親EU候補を選んだ結果、現状のような悲惨な事態に直面したフランス国民が今後どのように振る舞うことになるか、である。
繰り返しになるが、フランス経済の体質改善にはマクロン政権が掲げるような「小さな政府」志向の下での企業活動に関する規制緩和や行財政改革が必要である。しかし、世論がついてこなければどうしようもない。
次回の選挙では、今度こそ極右政党・国民連合(元国民戦線)のルペン党首(もしくは、これに類似する候補)が成果を上げる可能性は否めない。そして、「マクロン政権の失敗」は他の加盟国のポピュリスト勢力にも追い風となりかねない。
「メルクロン」による安定は終焉へ
握手をするマクロン仏大統領(右)とメルケル独首相。
REUTERS/Fabrizio Bensch
もう1つの懸念は、マクロン政権の凋落と時を同じくして、ドイツのメルケル政権の瓦解も始まっていることである。
メルケル独首相は約18年率いたキリスト教民主同盟の党首を、近く降りることになる。
マクロン大統領とメルケル首相の総称として「ダブルM」、「メルクロン」といった造語まで生まれ、EUの政治安定を材料にユーロが買われていたのが2017年5~6月という時期だった。
実際、当時のアメリカやイギリスに比べれば「EUの政治安定」は事実であったが、もはや景色は一変した。
2018年6月には、ようやく両首脳がユーロ圏の長年の課題であった共通予算創設で合意し、2021年までに運用を開始するとの提案を打ち上げたばかりであった。しかし、詳細を詰め、加盟国の合意を取り付けるより前に両首脳が力尽きる可能性の方がどうやら高そうである。
ここで棚上げされ、フランスで極右候補が政権を奪取すれば、域内の共通予算や共通財務省などは政治日程から半永久的に葬り去られることになるだろう。
マクロン政権とメルケル政権の失脚が概ね同時に訪れそうなことはEUの未来にとって不幸としか言いようがない。
パリ暴動はフランス、EUそして国際金融市場の「未来」にとって大きなリスクイベントとなる可能性を秘めている。とりわけ、これに懲りたフランス国民が、次のリーダーにどのような人物を選ぼうとするのか。不安は尽きない。
※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。
唐鎌大輔:慶應義塾大学卒業後、日本貿易振興機構、日本経済研究センターを経て欧州委員会経済金融総局に出向。2008年10月からみずほコーポレート銀行(現・みずほ銀行)国際為替部でチーフマーケット・エコノミストを務める。