経産省若手がベンチャーへ“レンタル移籍”。効果は未知数「でも変わらなきゃ…」

経済産業省が、職員をベンチャー企業へ「レンタル移籍」させる取り組みを始めている。

「レンタル移籍」といえば、もともとはプロスポーツの世界で使われていた言葉。元のチームに戻る約束付きで、選手を別のチームに一定期間だけ派遣する制度のことだ。若手の成長を促したり、組織外から知見やアイデアを取り入れたりするための手法として働く現場でも広がりつつあるが、その波が中央省庁にも届いている。

社会課題の「解像度」が高まる

トリプル・ダブリュー・ジャパンに「レンタル移籍」中の経産省の伊藤さん(右)と、中西敦士代表取締役。

トリプル・ダブリュー・ジャパンに「レンタル移籍」中の経産省の伊藤さん(右)と、中西敦士代表取締役。「トップとの距離の近さも新鮮です」(伊藤さん)

撮影:加藤藍子

経産省入省5年目の伊藤貴紀さん(27)は、トリプル・ダブリュー・ジャパン(東京都千代田区)で2018年8月からマーケッターとして働いている。同社は、排尿や排便のタイミングを超音波で予測するデバイス「DFree」を提供する米国発のヘルステック企業だ。

「霞が関」とベンチャービジネスの現場。あまりにもカルチャーが違いすぎて「お客様」状態になってしまうのでは? そう思いきや、同社の小林正典取締役は「国の動きや社会全体のトレンドに通じた人材はありがたい即戦力」と満足そうだ。PDCAをどんどん回して目の前の課題に対処していくベンチャー企業にとって、大局的な見地で考えられる人材は貴重だという。

「DFree」はこれまで顧客を介護施設などに限っていたが、7月から個人向けの展開を始めた。ニーズはどこにあるのか、利用者の反応を製品にどうフィードバックしていくか —— 。伊藤さんは、実際に利用した人へのインタビューやアンケートなどを通じた市場調査に携わっている。

「例えば『高齢化社会』『IoT』といったキーワードは、経産省での『仕組みづくり』に関わる業務の中で当たり前のように使われます。でも、介護される当事者とここまで向き合って、具体的な困りごとをヒアリングする機会はなかなか持てない。ビジネスの現場に飛び出すことで、社会のより深いところまでリーチできる。社会課題の『解像度』が高まる実感があります」(伊藤さん)

伊藤さんはこれまで、通商分野や工業関連分野での法律改正などに関わってきたほか、入省3年目には、「次官・若手プロジェクト」の取りまとめにも携わった。

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日本社会の現状やそこに生きる個人の不安を若手官僚らがまとめたこのプロジェクトの報告書「不安な個人、立ちすくむ国家」はSNS上でも話題に。かねてから「『霞が関』の中だけで働いていて、社会の変化にキャッチアップできているのか疑問があった」と語る伊藤さんは、ビジネスの現場を肌感覚でとらえたいという思いで今回の「レンタル移籍」に応募した。

「お役所仕事」から脱却したい

東京メトロ霞ヶ関駅

経産省担当者は「リスクが高い状況で、スピード感を持って意思決定をしていく。省内とは異なる現場感覚を学んでもらいたい」と話す。

Shutterstock

「レンタル」といっても人事異動を伴う出向ではない。正式名称は「経営現場研修」。あくまで経産省に籍を置いたまま、半年間限定で派遣される。まとまった期間を研修先で過ごすことで、実践的な経験を積むことができるのが狙いだ。

経産省が「レンタル移籍」を試そうと考えたのは、若手職員のモチベーションを組織として後押しするためだった。

募集をかけたのは2018年1月。本業での一定の経験や本人の意欲を重んじる観点から、係長以上の常勤職員であること、さらにA4用紙2枚にわたる志望理由書を提出することを課した。それでも、20代後半~30代前半を中心に約30人のエントリーがあった。「反響は大きかったと思う」と経産省担当者。書類・面接での審査を経て、初の派遣対象者に選ばれたのは、伊藤さんを含めた男女1人ずつだった。

「リスクが高い状況で、スピード感を持って意思決定をしていく。省内とは異なる現場感覚を学んでもらいたい」(大臣官房秘書課の宮崎由佳課長補佐)

柔軟性と、スピード感——。一般的に知られる官僚組織の特徴とは結び付かないように思えるキーワード。本人の成長を促すのが第1の目標だが、その先に見据えるのは「お役所仕事」からの脱却だ。

「一人じゃ何もできないのが行政」

研修先の社員と和やかに言葉を交わす伊藤さん

研修先の社員と和やかに言葉を交わす伊藤さん。

撮影:加藤藍子

伊藤さんはもともと、休日に業務外活動へ積極的に取り組んでいた。地方まで足を伸ばし、教育や町おこしのためのさまざまな取り組みを訪ねて回った経験から、閉じた官僚組織の中だけでキャリアを積んでいては「実情に合った仕組みをつくれない」と考えるようになっていた。

「社会課題には決まった『解』がない。社会を変えたり、新しい仕組みをつくったりしたいなら、現場を知っている人たちと話さないと。省内での仕事を積み重ねることで身に付くスキルもあるけれど、一人じゃ何もできないのが行政。『霞が関の外』の人たちを巻き込む共通言語を身に付けたいと思いました」(伊藤さん)

とりわけ経産省がカバーする領域は、産業構造改革、通商、エネルギー、環境、IT技術など幅広い。中央省庁の中でも最も企業に近く、変化のスピードが早い分野を担当するだけに「現場を知らない」と通用しないのだ。

組織の側にも問われる覚悟

ビジネスの現場ではトライ&エラーが許されるが、中央省庁では「一つひとつの意思決定を非常に着実に、堅実にしていかなければならない」(宮崎さん)。多くの関係者との議論や調整を経て積み上げてきた「方針」は重みがある半面、途中で転換したくなっても、現実的な難しさが付きまとう。

実際、研修で得た経験を巨大な省内組織に「どう還元するか」は今後の課題だという。成果は未知数の中でも、正反対の風土を持つ環境で若手を「修行」させる選択に踏み切ったのは、まずトライして「新しい風を吹かせたい」(宮崎さん)という意識からだ。

一方、人事院の調査では、2018年に入省した国家公務員のうち「定年まで公務員を続けたい」と答えた割合は46.2%。前年に比べ8.3ポイント減り、半数を切っている。森友学園をめぐる公文書改ざん問題など、相次いだ不祥事が影響しているのかどうかは定かでない。ただ、少なくとも若手の間で、自分のキャリアを「霞が関」一筋で考えるという感覚は相対的に下がっているのだろう。

パソコンの上に開いたノートに書き込む老人

今年入省した国家公務員のうち「定年まで公務員を続けたい」と答えた割合は46.2%で前年に比べて減少、半数を切っている。

Shutterstock

レンタル移籍して、そのまま転職したくなったりしませんか——。

そう聞いてみると、伊藤さんは「僕は官僚としてやりたいことがあるので、そういう気持ちはありません」。その上で、「でも一般論を言えば、経産省としては当然心配したでしょうね」と付け加えた。

若手が高い志を持って入省してきても「内輪の論理」の中でそのやりがいが感じられないとなれば、人材流出も止まらない。所属組織から完全に離れて、派遣先の事業に専念できる「レンタル移籍」。貴重な経験の効果を「個人の中」に留めず、波及させられるかどうかは、組織の側の覚悟も問われそうだ。

加藤藍子:1984年生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒。全国紙記者、出版社の記者・編集者として、教育、子育て、働き方、ジェンダー、舞台芸術など幅広いテーマで取材。2018年7月よりフリーランスで活動している。

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