私は在京のテレビ局で記者をしています。2人の子どもがいますが、実は2年前、都内の公立小学校に通う当時小学3年生だった長男(仮名・鈴木幸太郎)がいじめ被害に遭いました。幸太郎は不登校になり、私たちは引越しを決断。いじめによって、家族は翻弄されました。
記者としてこれまでいじめをはじめ教育関係の問題も数多く取材してきましたが、今回、当事者として、初めていじめによる負のインパクトの大きさを実感しました。
学級崩壊といじめは表裏一体
3年生の時の連絡帳。右側は母親からの訴え。左側は担任からの回答。
筆者提供
異変は幸太郎が小学2年生の時からありました。筆箱や体操着がなくなる、運動会の練習で前歯を折るなど、最初は本人の不注意だと思っていたのですが、たび重なる事態に疑問を感じた妻が、担任教師に事実を伝えました。
それでもこの時、妻は強く訴えたわけではありません。
というのも妻はPTA会長をしていたこともあり、先生たちの多忙さが全国的に問題になっていることも知っていて少し遠慮してしまったのです。この時、もっと真剣に学校側に相談しておくべきだったと妻は反省しています。「ただのイタズラかも」で済ませてはいけなかったのです。
そのせいか担任も静観することになりました。いじめの可能性をこの時点で疑ったなら、担任は学校への報告などで業務が増えます。それがイヤで、いじめでないことをひたすら願っていたのかもしれません。
当時の担任は、公開授業でも子どもたちを怒鳴り散らすような厳しい指導が父母の間でも問題視されていた女性教師でしたが、結局、いじめの発生を疑うこともせず、その疑いを管理職にも報告していなかったことが後に分かります。
3年生に進級し、担任は若くて優しい男性教師に変わりました。4月、新学期が始まると、幸太郎は毎日ヘトヘトになって帰って来るようになりました。そして中旬になって、ようやく私たち両親にいじめを訴えました。
「もうだめだ。あいつも言ってきた」
いじめがすでにクラスで蔓延していることを示していました。
幸太郎が受けたいじめは、「くさい」「あっち行け」「くっつくな」といった言葉の暴力が中心でした。
例えば教室で何かを失敗した幸太郎に、前任の担任を真似て、厳しい言葉をぶつける子どもたちが続出。力量のない男性教師はそれを放置し、学級崩壊のようになっていたのです。学級崩壊といじめは表裏一体です。
「くさい」と言われ、「100回ずつ体を洗うんだ…」
母親が子どもから被害を聞き取った際のメモ。
筆者提供
小学3年生が始まってすぐのGW前から学校に行けなくなりつつあった幸太郎は、5月以降、残りの1学期、ずっと不登校になりました。それだけではありません 。
同世代の子どもたちと街で遭遇するだけで緊張し、夜は母親が横にいないと眠れなくなりました。ようやく寝ついたと思っても、「うーん、うーん」と苦しそうに唸る状態が毎晩のように続きました。
「くさい」と言われたのが心に残っていたのでしょう。お風呂に入ると、「100回ずつ洗うんだ……」と呟きながら、いつまでも身体をタオルでこすり、肌が赤くなるほどでした。
命を絶つことすら考え、「ああ、これで終わりにしちゃおうかな」「死んじゃう」と、実際に言葉にしたこともありました。
「ああ、とうとう言ったか。8歳の子が死を口にするのか」と、親として言葉にできないほどの悲しみを感じ、とにかく幸太郎の命を守ることを最優先に必死に対応しました。
子どもの脳は一気にオーバーヒート、クラッシュする
人生経験の少ない小さな子どもにとって「いじめ」とは「虐待」と同じくらい、ハードな経験です。8歳の子どもが理由も分からぬままいじめを受け、その理由を必死に考える。自分を肯定する言葉を必死に探す。そしてクラスの改善策を一人で考える。どれも大人にだって難しい作業です。きっと脳の中はオーバーヒート状態になっていたと思います。
それでも幸太郎は妻と一緒に脳をフル回転させながら、自分の苦しみやクラスの現状を言葉にすることを頑張りました。限られた語彙から、クラスの改善状況を「ピザを作る過程」に例えて真剣に話したこともありました。それでも毎日毎日、それも毎晩のようにオーバーヒート状態は続きます。
一方で姉の様子を見て、1学期の終業式が近づいてきたことも分かったようです。「死」という言葉が出たのは、ちょうどその頃でした。自分だけが身も心も粉にして考えているのに、学校にいる他のクラスメイトたちの日常は普通に過ぎていき、夏休みを普通に迎えるのか……。そんな思いが複雑に絡まって、諦めの境地に達した末の言葉だったのかもしれません。
いじめ発覚からの日数だけを考えると「あっという間」だった気もしますが、子どもにとってはそのことと1日に何時間も向き合う中で、幸太郎の脳が一気にオーバーヒート、クラッシュしかけたのだと思います。
「いじめの原因は学校の対応の遅れ」
いじめに至った原因は学校の対応の遅れだった(写真はイメージです)。
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幸太郎のいじめ問題を受けて、最終的に学校が作成した「いじめ報告書」には「いじめに至った原因は学校の対応の遅れ」とはっきり書かれています。
- 4月の早い時期に幸太郎さんのSOSに気づくことができなかった。
- 保護者からの相談に対して幸太郎さんへの寄り添いが十分にできなかった。
- 気付きと対応の遅れが関係児童や学級全体への指導の遅れにつながった。
- 学校の初期対応といじめの未然防止の不十分さが児童の心の傷を深めた。
2013年に制定された「いじめ防止対策基本法」にはこうあります。
(学校及び学校の教職員の責務) 第八条 学校及び学校の教職員は、基本理念にのっとり、当該学校に在籍する児童等の保護者、地域住民、児童相談所その他の関係者との連携を図りつつ、学校全体でいじめの防止及び早期発見に取り組むとともに、当該学校に在籍する児童等がいじめを受けていると思われるときは、適切かつ迅速にこれに対処する責務を有する。
2016年には、いじめ対策を議論してきた文部科学省の有識者会議で、「教職員の日常業務の優先順位において自殺予防、いじめへの対応を最優先の事項に位置付ける」という提言もなされています。しかし、「いじめ対応・最優先」の精神は、この学校に欠けていました。
よくないことと思いながら、私は一度、担任の男性教師に向かって声を荒げてしまったことがあります。きっかけは、面談に同席していた校長のひと言でした。
「野村先生(担任教師・仮名)はまだ若いので、勉強しながら……」
と言われたのです。
担任教師にとっては、この先何年と続く教師人生の中のたった1年かもしれません。でも、幸太郎にとってはたった一度の、最初で最後の、小学3年生です。練習台になんてされてはたまったもんじゃありません。
「野村先生、もっと、もがいてくださいよ!!」
気がついたら、そう怒鳴っていました。 私も妻も、危機感をもって対応してもらおうと必死でした。
私は訴訟の可能性も考えて学校とのやりとりは録音し、妻は経緯を振り返られるように日誌もつけ、学校側に危機感を共有化してもらおうと何度も手紙を提出していました。
しかし、度重なる手紙の提出を学校側がどう感じていたのかは分かりません。そして、どれほどの危機感を学校側が持ってくれたのかも分かりません。
完全に不登校になる前には、幸太郎は気力を振り絞って登校した日もありました。しかし、学校がいじめを把握したあともクラスの状況が好転したとは言えず、幸太郎への「からかい」は続き、学級崩壊も深刻でした。
幸太郎をきちんと受け入れてくれるだけの改善はもう期待できないと判断した私たちは、夏休み中に引っ越しを決意しました。子どもの命を守ることを第一に考えたら、「もう、ここにはいられない」という結論でした。
公立学校はいつまでも“宝くじ”状態
学校側から受け取った「いじめ報告書」。
筆者提供
いじめ問題の研究者に長男の件を相談すると、「不適格教師ギリギリレベルの担任が2人重なったことも問題だ。抑圧的な担任の後に放任的な担任が受け持つと、こうなることがよくある」と言われました。
公立の学校は、いつまでこんな“宝くじ”のような状態なのでしょうか。教師のレベルに差がありすぎます。同じ小学校でも長女は6年間、良い担任のもとで楽しく充実した日々を過ごしました。しかし、長男は思い出したくもない最悪の日々を過ごしたのです。
文部科学省が公表した2017年度の「いじめ調査」では、全国の小中高などで把握されたいじめ件数は約41万5000件。前年度から約9万件増えて、過去最多となりました。特に小学校低学年で増加。小1〜小3は約18万件で、前の年度より約4万5000件も増えました。小さなトラブルも把握するように努めた結果とも指摘されていますが、必ずしもそうとは言えません。いじめ「重大事態」は474件で、前年度から78件も増えています。
こうした状況を何とか改善し、いじめの芽を摘むことはできないのでしょうか。
現在の学校教育は「学力向上ファースト」ですが、これを今すぐ「いじめ対応・最優先」に変えるべきです。いじめ対応を最優先にすることが、最も大切なはずの「安心で安全な教室づくり」につながり、結果的に学力向上にもつながります。
国がきちんと予算をつけて「子どものいじめ対策」を早急に進めることは、将来的には社会での「大人のいじめ」であるセクハラやパワハラ対策、外国人労働者問題への対策にもなります。
「いじめ対応・最優先」。この発想が1日でも早く、全国に広まって欲しいと願っています。
我が家のケースを元に『うちの子もいじめられました〜「いじめ不登校」から「脱出」まで150日間の記録』(WAVE出版)を出版しました。子育て中の方からは「明日は我が身だ。対応の仕方の参考になる」といった声や、教育関係者から「表になかなか出てこない小学校低学年のいじめの実態が詳細に記録されている」といった評価を頂いています。
鈴木真治/在京テレビ局で20年以上記者として勤務。これまでいじめなど教育問題についても取材を重ねてきた。実体験を綴った本書は、家族や職場、学校など周囲に与える影響を考慮して仮名で執筆した。