マネーフォワードに、霞が関や日銀の経験者が集まっている。
すでに日本銀行、経済産業省、内閣府などから同社に転じた人はいるが、今度は金融庁だ。
しかも、金融機関や仮想通貨交換業者の関係者からは「ものすごく厳しい」との声が、聞こえてくる金融庁の検査を仕切る統括検査官から、仮想通貨業界への転身だ。
フィンテック業界の中でも霞が関の人材を集めることで注目されるマネーフォワード。
撮影:今村拓馬
資産管理アプリなどを展開するマネーフォワードの子会社、マネーフォワードフィナンシャルで内部管理統括部長を務める山根秀郎(ひでろう)さん(59)だ。
同社はいま、仮想通貨交換業者としての登録を目指し、金融庁の審査を受けている。金融機関を審査する立場から、一転、登録を認めてもらう立場になった山根さんは「大きく変化をしていく業界を自分の目で見てみたい」と、霞が関から同社への転職を決めた。
銀行員時代は為替ディーラー
山根さんが新卒で入社したのは、合併で三井住友銀行になる前の住友銀行だ。1982年に入行し、支店などでの勤務を経て、1988年に為替のディーラーとしてシカゴ支店に赴任した。
1988年といえば、バブル経済の真っただ中だ。日本の株価や土地の価格は、値上がりを続けていた。
7年ほど米国勤務の中、海の向こうから日本経済の膨張とバブルの崩壊を見つめていた。日本に戻ったのは1995年のことだ。「海外勤務の間に、世の中の雰囲気が変わってしまっていた」と山根さんは振り返る。
1998年にはインドネシアのジャカルタに赴任した。この年、金融庁の前身である金融監督庁が誕生している。
金融庁からマネーフォワードフィナンシャルに転じた山根秀郎さん。「違うことが多くて、戸惑うことばかり」と話す。
撮影:小島寛明
当時、インドネシアはアジア通貨危機による混乱のさなかだった。
急成長していた東南アジア諸国などの新興国に、世界中の資金が流れ込んでいたが、1997年7月、タイの通貨バーツが暴落。インドネシアのルピアも暴落した。同国の混乱は、スハルト大統領の退陣にまで発展している。
山根さんは、「相場の下落どころか、国自体が崩壊しかけた。思わぬところからリスクが顕在化する」と痛感した。
2002年に帰国して以降は、銀行の内部監査を担当し、海外の拠点を回った。ディーリングを担っている部署が、適正に業務を行っているかを調べるのが役割だ。
このときの仕事が、霞が関に転じるきっかけになった。当時、金融庁が金融機関で実務経験のある人を検査官として採用する動きが加速していた。
27年の銀行員生活から49歳で金融庁へ
金融庁はバブル崩壊後に発覚した金融機関の数々の不祥事に対して、旧大蔵省(現・財務省)から独立する形で発足した。
撮影:今村拓馬
2009年、山根さんは27年間勤めた銀行を辞め、金融庁の検査官になった。49歳だった。
「公務員は、どんな仕事なんだろう。内部監査の経験も生かすことができるはずだ」
不安よりも、好奇心が勝った。
金融庁での仕事は、金融機関の検査だ。メガバンク、地方銀行、信用金庫の検査も経験したが、9年余りの公務員生活で長かったのは、外資系銀行の検査だった。
その後、統括検査官になった山根さんの名は、金融庁の幹部名簿にも載った。
金融庁での最後の2年間は、海外の動向を調査していた。とくに、金融とテクノロジーの融合が調査のテーマだ。海外の規制当局や中央銀行、金融機関やテック系の企業に出向き、情報を集めた。
仕事を通じて山根さんは、「テクノロジーが大きく金融を変えていく」と考えるようになった。
そのころ、仮想通貨への注目が世界的に集まり、2017年冬には、ビットコインの価格は日本円で220万円を超えた。
2018年、金融庁の任期が切れるタイミングで、日本のフィンテックを代表するスタートアップ企業として注目を集めていた、マネーフォワードに応募した。山根さんにとって同社は、テクノロジーと金融分野の融合を進める企業として、気になる存在だった。
マネーフォワードフィナンシャルの神田潤一社長は「金融庁の統括検査官と書いてある履歴書を見て、面接をした私もすごく緊張した」。そう話す神田社長も、日銀からマネーフォワードに転じている。
転職にあたって山根さんが応募したのは、新興のフィンテック企業ばかりではなかった。昔ながらのレガシー企業にも応募したが、いち早く声がかかったのがマネーフォワードだった。
「大手の金融機関に入るのは、この年齢では厳しいものがあるが、いま伸びているフィンテック業界は、人材に対するニーズの強さを感じた」と、山根さんは入社を決めた。
マネーフォワードフィナンシャルは、2018年夏ごろから、仮想通貨交換業者としての登録を目指す作業を本格化させている。
アジア通貨危機、日本のバブルと重なる仮想通貨
マネーフォワードフィナンシャル内部管理統括部長の山根秀郎さん。仮想通貨をめぐるリスクの管理を担う。
撮影:小島寛明
インターネットに接続した状態で行う仮想通貨の取引は、さまざまなリスクにさらされている。山根さんが担うのは、こうしたリスクへの備えだ。
交換業者の登録を認めるかどうかを判断するうえで、金融庁は、会社内のリスク管理態勢をもっとも重視している。2018年1月にはコインチェックから580億円相当、10月にはZaifから70億円相当の仮想通貨がハッキングで盗み出されている。
山根さんは「これまでに起こったことには大きな教訓がある。リスク管理の態勢を作り上げていくうえで、参考にし、取り入れていく」と考えている。
2018年12月6日現在、ビットコインの価格は約42万円ほどにまで下落している。1年前の5分の1の水準だ。
為替ディーラーだった山根さんにとって、2017年の仮想通貨の熱狂は、日本のバブル崩壊やアジア通貨危機で起きたことと重なって見える。
「新しいものに対する関心が膨らんで、相場がバブル的に持ち上がり、それが破裂した。過去に為替をやっていても、そういう局面が何度もありました」
いま、仮想通貨の価格は低迷し、人々の関心も低下している。それでも山根さんは、いずれ仮想通貨が定着する日がやってくると考えている。
「ブロックチェーンの技術にはポテンシャルがある。いずれ、仮想通貨が一定の地位を築くという信念をもってやっている」
マネーフォワードフィナンシャルは、「遅くとも2019年3月末までのサービスイン」(神田社長)を目指す方針だ。
(文:小島寛明)
(編集部より:初出時、山根秀郎さんのふりがなに誤りがありました。お詫びして訂正致します。 2018年12月11日9:50)