「パパ、白人って何?」『アホとは戦うな!』著者が娘に教わった多様性

インターナショナルスクール 安倍昭恵

オーストラリアの地方高校で、多様な国籍・人種の生徒たちが日本語を学び、習字に熱を上げる時代。一方、日本に住む日本人の視野は狭すぎはしないか。

David Moir/Pool via REUTERS

シンガポールのインターナショナルスクール「UWC South East Asia」に通う6歳の娘が、先生から「挑戦して、失敗することからの学び」を早くも教わったことを前回記事で書きました。今回も、娘の話です。

参考記事:「一度の失敗で復活できない日本」は幼児教育の産物。『アホとは戦うな!』著者が娘に教えられたこと

何ごとにも果敢に取り組む娘は、私の幼少期よりずっと友達づくりがうまい。日本に帰ってきた時も他の初対面の子どもたちにどんどん近づいていくので、警戒されて失敗することもよくあります。それでも懲りずに、とにかく笑顔で近づいていって積極的に遊ぼうとするのです。

「何人(なにじん)って、どういう意味?」

紅葉 日本 観光客

2018年11月、東京の紅葉を楽しむ観光客。近年は東南アジアからの訪日外国人も増え、短期滞在ながら「人種のるつぼ」感が増している。

REUTERS/Toru Hanai

近年、東京滞在時に使うホテルは外国人観光客だらけで、プールは国際色たっぷり。プールから上がった娘は、いつもこちらが聞かなくても「友達づくりの戦果報告」をしてくれます。

子どもたちが盛り上がる話題はどうやらトイレの話が多いらしい。

「みんながジャパンのトイレはスーパークリーンだって言うの。北京から来た子は、向こうのトイレはソー・ダーティーだって。私は北京に行ったことないから分からない。そうなの?」

そうか。そうやってトイレの話から仲良くなるのか。そんな微笑ましい会話の流れの中でも「で、その子は何人だった?」と思わず尋ねてしまう、純ジャパな私。

「何人って、どういう意味?あの子はカナダから来てて、いまは北京に住んでいるの」

大変失礼しました。

「パパ、白人って何?」

インターナショナルスクール

多様性のなかで育った若者たちにとって、「白人」「黒人」といったくくりはあまり意味を持たない。

Shutterstock.com

別の女の子とも友だちになったようで、こんな戦果報告も。

「彼女はフランスから来てて、いまは香港に住んでいるの。英語も話せるから(英語を使う)インターナショナルスクールに通ってるんだって」

私たちのステレオタイプな先入観は、多様性のなかで育つ娘にはまったく通じない。友だちの見た目の説明の仕方も、ポリティカル・コレクトネス(偏見や差別を含まない中立な表現)というより、バイオロジカル(生物学的)にコレクト(正確)。

「その子は白人だった?」と聞くと、

「はくじんって何?髪はライトなブラウンで、目は薄いブルーで、肌はピーチ色」

実は、インターナショナルスクールの友だちの話になると、娘の説明はもっと複雑なんです。

「あの子のお父さんはアメリカから来ていて、お母さんはタイから来てて、自分はタイにカントリー・プライドをすごく持っているんだけど、これからはシンガポールにずうっと住むんだって」

「あの子の肌の色はインドから来た子と同じくらいダークだけど、ロンドンから来ていて、グレードワン(小学1年生)からはアトランタに行くんだって。アトランタってどこ?」

インターナショナルスクール

フロリダ州の高校で起きた銃乱射事件に抗議し、デモ行進に参加したインターナショナルスクールの子どもたち。彼ら彼女らにとって、人種や国籍は何の意味も持たない。

REUTERS/Lauren Young

そうなんだよね。「何人?」ってもうあんまり意味がない言い方だよね。「どこで生まれて」「どこのパスポートを持っていて」「どこの学校に通って」「お父さんやお母さんはどこから来たか」。そのすべてが異なる子どもたちがたくさん世界には暮らしている。

「白人」「黒人」「インド人」といったステレオタイプの見方ももう難しい。私たち日本人にはそう見えても、実は「ミックスだった」ということも多々あります。

ある国で生まれた子が、その国の学校に行って、その国の会社に入って働いて、その国で死んでいく。そんな「当たり前」はだんだん通用しなくなってきていて、「何人」のくくりはもうあまり意味を持ちません。複数のパスポートを持っている人も増えてきています。

「KillされたTreeが、Woodなの」

アマゾン ジェフ・ベゾス

アマゾンがシアトルに建設した温室植物園付きの新社屋「Amazon Spheres」。“生きた”植物を配置するあたりがアマゾンの独創性。筆者の娘は、木材を各所に配置した「エコっぽい」内装は、“死んだ”木の集まりに見えるようだ。

REUTERS/Lindsey Wasson

ちなみに次の日、朝食をとりにホテルのレストランに行った時、別の話題でハッとさせられました。

ふんだんに木を使った内装デザインで、一見エコロジーに配慮してある感じのレストラン。席についた娘が、浮かない表情をしてつぶやきました。

「私はこのホテル大好きだけど、いっぱいWoodを使っているところが嫌なの」

料理を運んでくれるスタッフの手が思わず止まりました。

「パパ、私はこのホテルが東京で一番好きだけど、Woodをたくさん使っているのが嫌い。お部屋もエレベーターもレストランもWoodがいっぱいだよね」

え、何で?気持ちいいでしょう?

「パパ、TreeとWoodは違うんだよ。Kill(伐採)されたTreeがWoodなの。TreeはOxygen(酸素)をつくってくれているんだよ」

うーん。娘は「命ある植物が光合成で酸素をつくってくれること」を、もう学校で教わっているんです。

「Treeの涙が見えるよ。このテーブルも可哀そうだよ」

刻まれた年輪を見つめながら、娘は浮かない表情でそう続けました。

そうか。何だかいつもより食欲がなさそうに見えたのは、そういうことだったのか。「老いては子に学べ」を実践する毎日、また娘から大事なことを教わりました。


田村耕太郎(たむら・こうたろう):国立シンガポール大学リー・クワンユー公共政策大学院兼任教授。ミルケン研究所シニアフェロー、インフォテリア(東証上場)取締役、データラマ社日本法人会長。日、米、シンガポール、インド、香港等の企業アドバイザーを務める。データ分析系を中心にシリコンバレーでエンジェル投資、中国のユニコーンベンチャーにも投資。元参議院議員。イェール大学大学院卒業。

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