12月7日、スウェーデンのストックホルムで受賞講演を行う京都大学の本庶佑特別教授。
TT News Agency/Christine Olsson via REUTERS
2018年12月11日、京都大学の本庶佑先生がノーベル生理学・医学賞を受賞しました。決定後の記者会見やインタビューで、基礎研究にもっと投資してほしいと繰り返し発言されていたのは、もっともな指摘と思います。いま実際に、創薬のような「出口」がないと、研究のための資金を得るのが難しい現実があるのです。
大学での研究は、身体の中にこういう仕組みがあって、こんな薬でその機能を抑えれば病気を抑えられる、といった発想の源を提供するのが役割。製薬会社はそうした研究をウォッチしながら、創薬の「ネタ」を探しています。そういう意味で、創薬を担う製薬会社と大学の研究は、不可分一体の関係にあるのです。
創薬とは……医薬として効果のある新たな化合物をつくるのが「創薬」研究。その後、人に投与して効果を確認する「臨床」研究を経て、国による審査で承認を得られたものが「新薬」になる。
本庶先生らの研究チームが、がん治療薬「オプジーボ」の開発につながるタンパク質(PD-1)を発見したのは1992年。それが免疫のブレーキ役を果たしていることが分かったのは1999年。およそ7年間、ひたすらタンパク質の作用を見定める純粋な基礎研究を続けたわけです。
そうやって生まれたネタから治療薬の候補が完成し、臨床試験が始まったのは2006年。最初の発見から実用化までに15年です。革新的な創薬はそのように長い試行錯誤を経て生まれるものなのに、いまは(この例で言えば)タンパク質を発見した段階で「創薬につながる可能性があります」と書類に書けないと研究費も下りにくい。短視的な研究しか出てこないのも当然です。
米では研究者が創薬ベンチャーまで立ち上げる
アメリカ食品医薬品局(FDA)から迅速承認を得られるような革新的医薬品は半数がベンチャーから生まれる。
出典:US Food and Drug Administration
一方、「アカデミア創薬」という言葉があります。字面から何となく分かるように、大学の研究者が自分たちだけで創薬まで行うことを指します。上で書いたように、大学での基礎研究をネタにして新薬の候補となる化合物をつくるのは、ふつうは製薬会社の仕事ですが、それを大学でやってしまおうというわけです。
実は、アメリカではネタを見つけた大学の研究者が、ベンチャー企業をつくってそのまま創薬まで手がけるケースがけっこうあります。仮に失敗して潰れても、ベンチャーキャピタルは投資してくれるし、むしろ失敗体験がある方が投資しやすいと言われるくらいです。ベンチャーから大学での研究に戻るのも、製薬会社を渡り歩くのも、向こうでは当たり前なので、非常にベンチャーをやりやすい。
結果として、アメリカ食品医薬品局(FDA)から迅速承認を得られるような革新的医薬品の半数はバイオベンチャーから生まれています。アカデミア創薬とは厳密に言えば違いますが、とにかく大学の研究者が自ら創薬にも関与することは、アメリカではふつうに行われているのです。
日本ではベンチャーに投じられるリスクマネーはアメリカに比べて圧倒的に少ないし、研究者も失敗して路頭に迷うくらいなら大企業へという人が多い。そのせいもあって、日本の創薬における国際競争力はかなり低く、輸入超過(海外でつくられた医薬品を国内で販売する方が多い)が実態です。
日本の製薬大手の営業利益率は軒並み10%台かそれ以下なのに対し、海外では20、30%は当たり前となっています。
「大学内で創薬を」国の方針転換の弊害
大学発ベンチャー数の推移。2009〜13年度は調査実施せず。2008年度をピークに数値は伸び悩んでいたが、近年は再増加へと向かっている。
出典:経済産業省「平成29年度産業技術調査事業(大学発ベンチャー・研究シーズ実態等調査)」より
そんな「世界で勝てない」状況に危機感を持った政府は、2001年に「大学発ベンチャー1000社計画」を打ち出し、(製薬産業に限らず)技術を持つベンチャーを増やそうとしました。しかし、創薬分野ではイノベーションを起こすようなケースは結局ほとんど出てきませんでした。
2008年以降はリーマンショックの影響もあって、大学発ベンチャーの数も減っていきます。そんな時に生まれたアイデアが、先述の「アカデミア創薬」を活性化させようという発想だったのです。アメリカの真似をしてベンチャー支援で何とかしようとしたが駄目だったので、それなら大学の中で創薬しようということになり、当時の民主党政権下で方針転換が行われたわけです。
この方針転換によってお金の流れも変わり、創薬という出口を持たない大学での研究には科研費などがつきにくくなって、本庶先生が指摘するような基礎研究の冷遇が常態化していきます。
しかし、大学の研究者が創薬まで手がけることが本当に有効なのか、効率的なのか。実は分析や検証はほとんど行われていません。大学や製薬会社など創薬関係者が、どの領域でどこまで何をやるのか最適化することを「創薬マネジメント」と呼びますが、日本ではそれが十分に行われていないのが現状なのです。
エーザイの超大型製品「アリセプト」の販売状況。2009年度には約3200億円を売り上げた。これだけの新薬はそう簡単に生み出せるものではない。
エーザイ「インフォメーションミーティング」(2017年3月10日)資料より
ただ、それにはやむを得ない面もあります。戦略的に創薬を行って、そのやり方がよかったかどうか検証したくても、(成功事例として分析の対象となる)新薬はそんな簡単につくれないからです。アルツハイマー型認知症を例にとると、1999年にエーザイが「アリセプト」を出してからほぼ20年間、大型の新薬は生まれていません。
だからこそ、投資領域を絞り込むなど創薬マネジメントをしっかりやらないとマズいのです。間違えれば、10年や20年の努力はあっという間に無に帰するのが創薬の世界。当たるも八卦当たらぬも八卦的なやり方を続けていては、日本はますます世界から取り残されることになります。
またしても出遅れた日本の製薬会社
アイルランドの製薬大手シャイアー買収を発表した武田薬品工業。世界トップ10に入る製薬会社が誕生する。買収により規模拡大には成功しそうだが、次世代向けの研究開発で出遅れを取り戻せるか。
REUTERS/Kim Kyung-Hoon
新薬をつくれるだけの高度な知識と技術が揃うのはアメリカと日本とヨーロッパしかないと言われ、実は日本の製薬会社は世界でも一定の存在感があります。しかし、いつまでもそのポジションを維持できるとは限りません。
1990年代までは低分子医薬品が主流で、分子構造を変えて安全性の高い化合物へと「磨き上げる」技術は日本の強みでした。高血圧治療薬のARBや先述の認知症治療薬アリセプトは、まさにそうした磨き上げの産物でした。
ところが、2000年代に入って抗体医薬をはじめとするバイオ医薬が出てきた時、日本の製薬会社は完全に乗り遅れていることが明らかになります。
抗体医薬とは……病原菌などの異物(抗原)が入ってくると、それと結合する抗体をつくって異物を無毒化(抗原抗体反応)する、人間の身体にそなわった仕組みを人工的に利用する医薬。タンパク質や生物(細胞、ウィルス、バクテリアなど)に由来する有効成分を持つバイオ医薬の一種。
アメリカでは1970年代後半から1980年代にかけて、アムジェンやジェネンテックといったバイオベンチャーが登場し、ペプチド医薬や抗体医薬のパイオニアとしてその後も世界をリードしていきます。
創薬に携わる者として「知らないことを恐れない、知らないことにこそ我々は惹きつけられる」という、ジェネンテックの力強いメッセージ。
出典:Genentech
一方、日本の製薬会社のほとんどは1990年代前半にバイオ医薬から撤退。中外製薬と現在の協和発酵キリンだけが研究開発を続け、両社はいま抗体医薬のリーディングカンパニーとなっています。
乗り遅れた日本の製薬会社は、2000年代後半に買収やヘッドハンティングを通じて挽回を図ろうとしますが、いまだ道半ば。それどころか、抗体医薬の次に来る破壊的技術と言われる核酸医薬や細胞治療について、またしても日本は出遅れている現状があります。
ただし、日本でも近年ようやく本格的なバイオベンチャーが現れてきて、2017年末時点で30社が東京証券取引所への上場を果たしています。迂闊なことは言えませんが、5年後にはアメリカのベンチャーと伍するところまでいくのでは、といった期待感もないことはないのです。
大学と製薬会社、合理的棲み分けを
日本の製薬会社の多くが撤退するなか、バイオ医薬の研究開発を続けてリーディングカンパニーの地位を確保した中外製薬。
出典:中外製薬HP
結論として、どんな創薬のあり方が望ましいのか。世界で勝つにはどうしたらいいのか。
間違いなく言えるのは、あるタンパク質の機能を抑える低分子化合物をつくる従来的な創薬において、安全性や有効性を見きわめ、化合物を最適化するプロセスは、多くの蓄積を持つ製薬会社が担う方が、大学が手がけるより明らかに良いものができるということです。
逆に、遺伝子治療薬や希少疾患薬など、従来の枠に収まらない革新性の高い創薬については、製薬会社側にはまだ知見が多くはありません。そうした領域では、アカデミア創薬から生まれた(医薬候補の)化合物を受け入れて研究開発が進められています。
要は、大学でしかできない先進的な研究開発は大学で行い、それ以外の経験と蓄積がモノを言うところは製薬会社が担うといった、合理的な棲み分けを図ることが大切なのです。産学連携も有効な手法でしょう。
産学連携とは……大学と民間企業による共同研究を指す。大学側は医薬効果を持つタンパク質の機能をより深く研究し、企業側はそのタンパク質に作用する化合物を最適化して医薬候補に仕上げる。こうした共同研究を伴わないものは、大学での研究をもとにした創薬であっても「自社創薬」と呼ばれる。
革新的な創薬は「ネットワーク力」でつくる
2018年10月1日、スウェーデンアカデミーは京都大学の本庶佑特別教授にノーベル賞を授与すると発表した。基礎研究から応用研究まで行う「スーパー研究者」と専門家は評する。
TT News Agency/Fredrik Sandberg via REUTERS
そんな合理的な棲み分けはどうしたら実現できるのか。
まず、創薬のあり方として、PD-1の発見をがん治療薬に結びつけようと研究を続けた本庶先生のように、基礎研究をもとにして応用研究まで行うスーパー研究者(「パスツール型」と呼ばれます)がキードライバーになるケースがあります。
一方、本庶先生の長年のライバルとして知られる大阪大学の岸本忠三先生は、関節リウマチを引き起こす物質「インターロイキン6(IL-6)」を発見しましたが、創薬そのものには関与していません。発見に目をつけて治療薬の開発に結びつけたのは中外製薬の研究者、大杉義征氏でした。このように、基礎研究と創薬研究にそれぞれキードライバーがいるケースもあります。
また、テルモが開発した心不全治療用の「ハートシート」は、東京女子医科大学の岡野光夫先生が細胞シートをつくる技術を生み出し、それを心臓に貼りつけるアイデアは大阪大学の澤芳樹先生が考案し、臨床実験を医療機器会社であるテルモが担う形で実用化に至りました。国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)など国の強力な支援があったことも成功の大きな要因で、これはキードライバーがいくつもあったケースと言えるでしょう。
従来型の化合物をつくる創薬は前者二つが、これから先の革新的な創薬には後者が、それぞれ有効なのではないかと私は考えています。プロジェクトの性質によって適切に棲み分けるのが重要で、製薬会社がやってきたことをただアカデミア創薬に置き換えるような無駄は、一番良くない。
とくに、製薬産業の主戦場となるであろう先進的治療については、飛び抜けた個人の能力に頼るのではなく、アカデミアで積み上げられる基礎研究をベースに、公的資金を活用してリスクダウンを図り、製薬会社などが臨床の知見や資金を投じて実用化に結びつける、いわば「ネットワーク型」の創薬こそがこれからのあるべき姿と思われます。
基礎研究に資金が流れないカラクリ
大阪大学医学部の研究成果をもとに生まれた創薬バイオベンチャー・アンジェス。2018年1月に遺伝子治療薬の製造販売承認申請を行った。2019年に認可されれば日本初となる。
出典:アンジェス会社説明会資料(2018年3月29日)
実は、国立大学が出資するベンチャーキャピタルによる投資や、民間ベンチャーファンドのリスクマネーなど、大学の研究につけられる資金はかつてないほど潤沢で、大手製薬会社の方がよっぽど研究費に苦しんでいるくらいです。
だから、本庶先生が指摘されているのは、大学での研究全体にお金が流れてこないということではありません。政府が掲げる「日本再興戦略」の柱として、創薬の司令塔の役割を果たす国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)が、応用研究の支援に偏っていることを問題とされているのだと思います。
官民を問わずファンドのリスクマネーは回収が前提となるので、基礎研究に投じられることはほとんどありません。AMEDなどから投じられる公的資金こそが基礎研究の支えです。
それなのに、例えば同機構の「医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)」は、採択された研究開発が目標を達成した場合は全額返済、未達に終わった場合は10分の1を返済せねばならない仕組みになっています。仮に10億円の研究費を得られても、創薬につなげて換金できなければ最後に1億円返済する必要があるわけです。基礎研究の入り込む余地は到底ありません。
創薬に近い応用研究が重視されるあまり、基礎を学ぶべき大学院生が応用研究で学位を取ったり、論文を書いたりする必要が出てきています。産学連携の共同研究に伴う秘密保持義務のために、他の学生たちと議論する機会が減るなどの問題も生まれています。
基礎研究に予算がつかない現在の構図を何とかしなくては、革新的な創薬はますます難しくなり、日本再興戦略にも逆行することになるのではないでしょうか。本庶先生がこのたびノーベル賞を受けたことで、あらためて基礎研究の重要性にスポットが当たることを願ってやみません。
奥山亮(おくやま・りょう):東京大学薬学系大学院修士課程終了後、大手製薬企業の研究部門で勤務し、現在は研究所長を務める。2014年より、東京工業大学環境・社会理工学院イノベーション科学系にて、社会人大学院生として創薬マネジメントを研究中。博士(薬学)。