“デジタル版ハーバード大”が指摘。日本人がデジタルシフトが困難な理由

「HYPER ISLAND(ハイパーアイランド)」は、急速に進展するデジタルテクノロジーに適応した人材を実社会に輩出すべく、今から20年以上も前の1995年にスウェーデンに設立された教育研修機関です。プログラムを修了した学生の98%が希望する業界・企業・機関に採用された実績があり、その高い人材輩出力から「デジタル版ハーバード大学」とも呼ばれます。

HYPERISLAND

北欧の小国から始まったハイパーアイランドですが、その後、イギリスやアメリカにも進出。2014年にはアジア初の拠点をシンガポール政府からの要請に応える形で同国に構えました。企業やビジネスパーソンからの注目度も高く、現在では修士コースや企業研修コースなど、幅広いプログラムを世界中で提供しています。

今回、私たちはハイパーアイランドの共同創業者の一人であるジョナサン・ブリッグスさんに話を聞くことができました。ハイパーアイランドが考える「デジタルテクノロジーに適応した人材」とは。またどのような教育を施せばそうした人は育つのでしょうか。日本企業との付き合いもあるというブリッグスさんに、日本企業がデジタルシフトの波を乗りこなすためのアドバイスをもらいました。

ジョナサン・ブリッグス

ジョナサン・ブリッグス

HYPER ISLAND 共同創業者

1996年にHYPER ISLAND社を設立。イノベーティブな学習の場づくりに25年間従事した経験と、Visa・AXA・ユニリーバ・モエ ヘネシーなどグローバル企業に戦略的パートナーとして尽くしてきた経験とを組み合わせ、組織文化のトランスフォーメーションとデジタルシフトを志向する企業、個人に貢献し続けてきた。ユニリーバのデジタル・アドバイザリー・ボードに名を連ね、シンガポールの南洋理工大学MBAコースでも教鞭を執る。あらゆる先端技術を包括的に学ぶ「デジタル版ハーバード」

あらゆる先端技術を包括的に学ぶ「デジタル版ハーバード」

——ハイパーアイランド設立の経緯、背景にあった問題意識について教えてください。

今から約30年前の1980年代の終わり、私は大学でコンピュータサイエンス、特にAIを教えていました。当時は「第二次AIブーム」と呼ばれ、AI研究にとって大事な時期でした。ところがある時、AIに対する企業の投資がピタッと止まってしまったのです。私はテクノロジーの流れが変わっていくのを肌で感じていました。

そこで私は大学に提案し、テクノロジーを使ってモノづくりをする会社を立ち上げました。この会社で手がけたいくつかのプロジェクトの中に、当時のハイテク技術だったCD-ROMの活用に関するものがありました。それを一緒にやることになったのがデヴィット・エリクソンとラーズ・ランドー。のちに共同でハイパーアイランドを立ち上げることになる二人です。

彼ら二人は映像業界の人間であり、テクノロジーの専門家ではありません。ご存知のように、現代のビジネスは問題が高度かつ複雑化しており、一つの専門分野を究めただけでは解決が難しくなっています。このころのモノづくりには、すでにその兆しがありました。

しかし、その変化の兆しを考えると当時の教育は問題を抱えているように映りました。マーケティングを学ぶのはここ、クリエイティビティはここ、テクノロジーはここ……といった調子で、学ぶ場所は分野によってすべてバラバラでした。これでは、テクノロジーがもたらす劇的な環境の変化に対応することはできません。

そこで私は妄想したのです。異なる分野の先端技術をすべて集めて、まったく新しい教育機関を作ることはできないか、と。

——それがハイパーアイランドというわけですね。

そうです。私たちは1年後、スウェーデン南部の「島」にあった、元々は海軍の収容所のあった土地を買収し、そこにハイパーアイランドを作りました。

海軍の収容所

ハイパーアイランド初の拠点

私たちがハイパーアイランドでやりたかったこと、それはテクノロジー、ビジネス、クリエイティビティ、リーダーシップといったものの最先端の知識を包括的に学ぶ、そういう旅路です。そうしたうちの2、3個を組み合わせる動きは他にもあったかもしれませんが、そのすべてをミックスしようというのは当時私たちだけだったと思います。

「やってみて学ぶ」がデジタル時代の学習のセオリー

——実際の教育プログラムはどんなものなのでしょうか。

ハイパーアイランドの教育のコンセプトは「作ることから学ぶ」です。試すことが教育の中心にあります。まず実験し、失敗し、経験を得る。それを反芻・反省し、学びを抽出する。抽出したスキルやアイデアを使って、また次のプロジェクトに取り組む……。これが私たちの基本的なやり方です。

現在では、設立した当初と比べて提供しているコースは増えましたし、例えば文化的背景の違うアジアに進出したことで、一部やり方を変えなければならない部分もありました。けれどもこの「やってみて学ぶ」という基本コンセプトは、そのすべてに通じる不変のものです。

学生は実プロジェクトに携わり、手を動かしながら学びます。10人ほどのグループを作り、一つのクリエイティブ・エージェンシーのように動くことで、実在する企業の課題解決にあたるのです。

例えば、あるクライアント企業と顧客との関係をデジタルを使ってどう変えるのかというお題が与えられます。学生はゲストスピーカーの話を聞いたり、リサーチしたり、プロトタイプを作ったり、モデルを活用したりして、期日までにソリューションを考案します。考案したソリューションは実際に企業に提案しますので、学生は企業からのフィードバックが得られることになります。

こうした経験を振り返る時間を設け、学びを抽出し、自由に使えるスキルやアイデアとして自らのポートフォリオに加える。そうすることで、学生たちはどんどんやれることを増やしていくのです。

経験を振り返る時間

——教科書や常勤の講師は存在しないそうですね。

その通りです。ただし誤解して欲しくないのは、私たちは書物や先達から学ぶことの価値を否定しているわけではありません。テキストをただただ目で追ったり、教壇に立つ先生の講義を聞いたりすることだけを「学ぶこと」だとする、その思い込みを否定しているのです。

日々テクノロジーが進化する環境下では、その時点での最先端の技術や知識を学ぶだけでは不十分です。そうした知識はある時点において「正解」であっても、ある日突然「弱点」に変わってしまいます。特定の技術や知識に過度に依存することは、組織や個人にとって脆弱性を抱えることを意味するのです。

変化に対して柔軟である必要がありますし、そのためにはプログラムを修了した後も自律的に学び続けられる必要があります。そこでハイパーアイランドでは「柔軟性のあるスキル」に着目しました。どうやって問題解決するか、どうやってシナリオを考えるか、どうやって選択肢を用意するか、どうやってプロトタイプを作るか……これらはすべて「柔軟性のあるスキル」です。

今後、テクノロジーの進化によって具体的な手法が変わることはあっても、こうしたスキルのコアにある考え方自体は変わらないでしょう。ハイパーアイランドではもちろん最先端の知識についても教えますが、同時にこうしたスキルを身につけられるようにとプログラムを設計しました。両者のバランスが大切だと考えているのです。

ハイパーアイランドが提供するプログラム

ハイパーアイランドが提供するプログラムの例

——なるほど。「学び方を学ぶ」といいますか。

すばやく試し、失敗し、そこから学びを得て次につなげるというやり方は、テクノロジーの世界では一般的なことです。アートやデザインの世界でも、手を動かしながら考えるということは普通に行われています。私たちにユニークなのは、そこにビジネスやリーダーシップの要素を加えたことです。

これと同じことは実ビジネスの世界でも起きています。テクノロジーがどんどん加速し、決まりきった「正解」が見えにくくなった今、企業はさまざまな領域の知識を持った人を集めてチームを組み、すばやく作って試し、失敗し、そこから学んだことを元に改善するというやり方でビジネスを作っています。

ハイパーアイランドの学生は、それとそっくりな環境で学んでいるのです。それゆえに企業は私たちと接点を持ちたがるのでしょうし、そのことが学生に新たな学ぶ機会を提供することになるという好循環を生んでいます。

ロボット

学びに必要なのは「溶け合う」ためのファシリテーター

——他にもハイパーアイランドの教育に特徴的な点がありますか。

ハイパーアイランドのプログラムでは、先述したように、学生は一つのクリエイティブ・エージェンシーのようにしてチームで課題に取り組みます。「クリエイティブ・エージェンシーのように」と言うからには、クリエイティブな職種だけでなく、CEOや広報担当者など、さまざまなロール(役割)を設けています。学生はプロジェクトごとに役割を変え、さまざまな役回りを経験することになります。

実社会でアイデアを形にするためには、クリエイティブを担う人だけでは不十分です。さまざまな役割の人がいて初めてビジネスは成立します。現代の複雑化した課題を解決するには、各人が自分の持つスキルを発揮するのはもちろんのこと、互いに隣り合う領域に意識を向けることも不可欠です。例えば、テクノロジーの人はビジネスのことを分かっていなければ技術を価値につなげられないし、逆にビジネスの人だってある程度は技術を理解する必要があるでしょう。

さまざまな役割の人が実プロジェクトで同じゴールに向かうことにより、お互いの役割がだんだんと「溶け合う」ようになる。これがとても重要なのです。

——多様性の価値は日本でも言われるようになってきましたが、集まっただけで「溶け合う」ところまで至っていないようにも感じます。どうすれば「溶け合う」ことができますか?

三つアドバイスがあります。一つは小さなチームから始めること。一つは時間的な余裕を持つこと。最後の一つはファシリテーション、つなぐ役割の人の重要性です。

ハイパーアイランドに常勤の講師はいませんが、代わりにファシリテーターがいます。今教育の現場で求められているのは、教壇に立って何か特定の知識を植えつけるというよりは、学ぶ機会、体験のアレンジをする役割です。

会議(ジョナサン・ブリッグス)

会社組織内におけるマネジャーの役割にも同様の変化が起きています。かつてはヒエラルキー型の組織でトップダウンでメンバーを引っ張る役割が求められていましたが、それではメンバー一人ひとりの力を最大限に引き出すことはできないし、変化に対して脆弱です。今はマネジャーにもメンバーと溶け合い、一緒になって何かを作っていくような役割が求められていると言えるでしょう。

——日本企業ともお付き合いがあるというブリッグスさんは、日本企業に特有、あるいは顕著な問題をどう見ていますか?

私が初めて日本と関わりを持ったのは1980年代初頭のことでした。その時、身に染みて感じたのは、日本は世界の中で、真に未来をイメージできる唯一の国であるということ。

一方で「マナーが良すぎる」とも感じます。マナーがいいのはもちろんいいことですが、テクノロジーはテクノロジーの人だけが、クリエイティブはクリエイティブの人だけが担うものであるかのように、どうもお互いをリスペクトしすぎている気がするのです。本来、それぞれの役割はもっと「溶け合う」必要があるというのは、先ほどお話しした通りです。

いまやどんな職種であってもクリエイティブでなくていいということはあり得ません。異なる職種の人がそれぞれクリエイティビティを発揮すれば、摩擦も起きるでしょう。逆に言えば、摩擦を避けてばかりいてはクリエイティビティは発揮しようがないということ。私が日本企業を「マナーが良すぎる」と言うのはそういう意味です。

ジェスチャー(ジョナサン・ブリッグス)

Amazonがあれだけすごいスピードでイノベーションを起こせるのは、特定の部署だけがテクノロジーに精通していてクリエイティブだから、ではありません。むしろあらゆる場所で同時多発的にアイデアが生まれるから、あれだけのスピードが出せるのです。会議の際に、ただ座っているだけの人がいる状態は良くありません。誰もが発言していいのだという許可、発言してもいいと思える空気が必要です。

その点で、日本の組織は少しきっちりとしすぎているように感じます。もっとユーモア、遊びがあってもいいのではないでしょうか。ある意味、日本は遊びの分野で世界をリードしてきた国でもありますよね。であれば、それをもう少しだけ職場に持ち込んでもいいのではないかと私は思います。

10月には日本を訪れる機会があります。日本のみなさんと未来の次なるフェーズをともに発明できること、今から楽しみにしていますよ。

笑顔(ジョナサン・ブリッグス)

[取材・文] 鈴木陸夫、岡徳之 [撮影] Chrisppics+

"未来を変える"プロジェクトから転載(2018年10月3日公開の記事)

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