会社の業務時間外の「義務」に、社員はどこまで縛られるべきなのか。
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これが銀座のOLだったら、私は何をしていただろうか。
そんなことを考えながら、週に2〜3度、仕事終わりにチャリ(自転車)を漕ぐ。
私の社会人のスタートは、NTT東日本の秋田支店だった。横浜で育ってきた私にとって、家族も友人も、好きな百貨店もないこの地での生活は、なんだかとても寂しく感じた。
「今頃、大学の友人は楽しく集まって飲んでいるのだろうか」とか、「仕事終わりに、好きな街で買い物して帰る生活を送ってみたいな」とか、毎日考えてしまっていた。
特に、このチャリをこいでいる瞬間に、それをより一層強く感じるのだった。
なぜ私がチャリを漕いでいるのか?これは趣味でもストレス発散でもない。強制的に、ある場所に行かなくてはならないからだ。
なぜ会社は自由なはずの時間も奪うのか
北三大祭りの1つである、秋田竿燈(かんとう)祭りに出ること、週2〜3の練習が義務付けられていた。(写真はイメージです)。
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秋田に配属された者は、東北三大祭りの1つである、秋田竿燈(かんとう)祭りに出なければならなかった。そう聞くと、「あら、楽しそうじゃない」と思うかもしれないが、それがそんなに甘くない。女性は、笛か太鼓かどちらかの楽器を選んで、5月から8月まで週2〜3回のペースで練習に参加しなければならなかった。
職場から楽器の練習場所へ駆けつける時はチャリ。これは、どんな若手社員も同じである。
同期に研究職として採用された、優秀な東大卒の男性もいたが、彼も、終業後には練習に付き合わされていた。彼とはこの祭りに対して気が合い、ばったり会っては「辛いね」と愚痴をこぼしていた。
太鼓は、会社の人たちに教わる。彼らのほとんどは地元採用の社員で、何十年間もこの祭りに携わっている。とてもやる気に満ちていて、「やりたくない」と言える空気ではない。
しかし、なぜネイルで綺麗であってもいいはずの手にマメを作り、無給で太鼓の練習をしなくてはならないのか。なぜ、自分の自由な時間を勝手に奪われてしまうのか。なぜそこまで会社に従わなくてはならないのか。
こんな怒りにも近い疑問がポンポン生まれ、日に日に練習はおろか秋田での生活自体が楽しめなくなっていた。たまにズルして体調不良を理由に練習を休む時もあったが、休むと翌日社員に会うのがなんだか気まずく、嘘をついたことでなんと無く心が落ち着かなかった。
でも、そもそも、これは終業後の自由な時間であって、休むこと自体ズルではないはずなのだが。
数字だけみればホワイト企業
就活時代は「楽しそう」と思ったのも自分だが、実情はまた違うということはある。(写真はイメージです)。
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会社に入ると、忘年会やキックオフ懇親会など、業務外のイベントがたくさんある。もちろん、社員間の交流や士気を高める意味でも、こうしたイベントが一概に悪いことだとは思わない。しかし、曜日を指定され、体操着に着替えて太鼓の練習をするこの活動は、少し毛色が違う。
完全に“部活”である。いや、部活は本人が選んで部を決めることができるので、参加を強制されているこの練習は部活より辛いかもしれない。
残念なことに、これは業務時間にカウントされない。練習の日は定時退社をするので、数字だけ見ると完全にホワイト企業だ。この何十年も続く練習会で、今まで嫌々参加してきた若手社員がどれだけいただろうか。抗議した者もいたかもしれないが、私が2年前にこうして参加させられたということは、抗議は生かされなかったということだろう。
入社する前から、この祭りの存在は知っていた。就活生の時、支店の様子を先輩社員が話してくれた。
その時は、実際に祭りを楽しむ社員(今思うと、そのふりをしていたのかもしれない)の写真を見て、なんて楽しそうな職場なんだろうと思いを馳せ、私が実際に経験したその裏側にある不自由さを感じ取ることはできなかった。
就活中になぜ、気づけないのか
就職活動で聞いた、社員たちの話はキラキラしているように思えた。
撮影:今村拓馬
考えてみればそりゃそうだ。こういう行事を本気で楽しめたタイプか、嫌々でも出世のためにとがんばってきたタイプが、就職説明会などには登壇して、学生たちにいい思い出として話すからだ。
こういう問題に対し、疑問を感じてしまう私のようなタイプや、先述した東大同期のようなタイプは、付き合いきれずに途中で会社を辞めるか、会社にいたとしてもそもそも説明会に呼ばれはしないし、呼ばれたところでこの話を美談として話すことはないだろう。
つまり、学生に“いいこと話してくれそう”な社員がアサインされ、学生はそれをそのまま受け止めエントリーをしている。それが、就活なのだ。
入社2年目の7月、私は辞表を出した。その後、大手企業1社を経て、今は3つの職場でパラレルワークをしている。
これは愚痴や文句ですか?
今、20代の転職志向が高まっているという。その理由の一つに、私のような、就活では知り得なかった会社の実態に疑問を抱き、違和感を払拭できないまま辞めるケースが少なからずあるのではなかろうか。若者がこうした違和感について意見する時、これをただの愚痴や文句と捉えるか、しっかりと問題提起として捉えるか、この後の対応に、会社の本当の姿が現れる。
境野今日子:1992年生まれ。株式会社bitgrit人事部長、都内の大学で進路就職課キャリアコンサルタント、株式会社地方のミカタのキャリアコンサルタントの3つの職場で働くパラレルワーカー。新卒でNTT東日本に入社、その後、帝人を経て現職。就活や日系大企業での経験を通じて抱いた違和感をTwitterで発信し、共感を呼ぶ。