撮影:伊藤有
まさに各国を巻き込んだ米中冷戦の様相をみせはじめた「安全保障に関する中国メーカー排除」方針。日本政府も実質的な「中国メーカー排除」が念頭にあるという論調の報道は、12月に入って以降強まるばかりだ。
2018年初め、FBI(連邦捜査局)やCIA(中央情報局)、NSA(国家安全保障局)の高官は上院の情報委員会で、ファーウェイとZTEのスマートフォンに関して、アメリカ国民に二社の製品とサービスの利用を勧めないとする見解を示した。
政府が中国を問題視する根本的な理由は何なのか。そして、私たちが日常的に使うスマートフォンの風景や、日本経済はこの先どういう状況に入っていくのか。
その解釈を、前総務大臣政務官で、通信行政に詳しい衆議院議員の小林史明氏に聞いた。
世界で再燃する「サプライチェーンリスク」とは
衆議院議員で前総務大臣政務官の小林史明氏。元NTTドコモ社員でもあった経歴から、通信行政に詳しい政治家としても知られる。
撮影:小林優多郎
そもそも、なぜ日本政府はこのタイミングで、政府調達機器に関する基準の強化を図ったのか。日本政府はアメリカの要請に答えたのではないかという見解もあるが、小林氏は「もともと取り組んでいたが、改めて答えた形」と語る。
小林氏「時期についてはいくつかの観点があります。 1つは、2018年7月27日にサプライチェーンリスク(※)に関する閣議決定があり、きちんと強化していくという話は以前からありました。具体的に(国として)どうするということを世の中に伝えていくタイミングでした。
もう1つは、日本と各同盟関係にある地域との関わりです。安全保障上の情報をやりとりするために、お互い情報の管理は気をつけようと、やっているわけです。「特定秘密保護法」(2014年12月に施行)といったものがあって、この法律があるおかげで、各国と安全保障上の情報をやりとりできるようになっています。そのような関係の上で、最も重要な同盟国であるアメリカで今回のような(中国の通信機器メーカーに関する安全保障上の)懸念が出てきており、オーストラリアも合わせて行動を起こしている。国民も気になっており、海外の方々も注視している。そうした中で、“私たちもちゃんと(安全保障上のリスク管理を)やっている”と表明することは、とても大事なことだったと理解しています 」
特定の企業ではなく、所属する国の法律が問題
ファーウェイと共に実質的な排除対象と言われている中国のZTE。
撮影:小林優多郎
また、菅官房長官は12月10日午前の会見で、今回の政府の方針について「特定の企業や機器を排除することを目的としたものではない」と話しつつも、報道は「実質的な中国排除」だという論調だ。
これについて小林氏は、異論をとなえる。
小林氏「もともとアメリカでも、政府調達の話になると、特定の国の製品の調達に対して議論になるものです。特定の企業や国にこだわって、排除するという話ではないと理解しています。 ただ、唯一ポイントがあるとすれば、その企業が所属する国の“ルール”というのは重要です。
中国では2017年に“国家情報法”というものを施行しています。これは、平たく言えば『中国国内外の組織に対し、必要があれば国に情報提供を求める』という法律です。今回報道に上がっているファーウェイやZTEもその対象になり得るわけです。 中国政府が何か情報が欲しいと言えば、彼ら(中国企業)が提供し得る状態にある、というのはかなりのリスクです。今回の件については、製品にバックドアがあるのかどうかという議論と、そういう法律を持っている、という、2つのリスクがあると思っています 」
「中国メーカーの製品にバックドアがあるのでは」という懸念は、アメリカ政府高官発言が起点になっている報道では、具体的な証拠が提示されないまま、議論が進んでいるように見える。小林氏はこう答える。
小林氏「米議会の報告書では『懸念を払拭するような事実は得られなかった』と記されています。 難しいのは、これは安全保障の話だということです。1億2000万国民のプライバシーの話ですから、私はしっかりと見ていくことが、国としての責任だと思っています。
先ほどお話しした2つのリスクのうち、製品自体の問題についてはファクトがない、という論点はあるし、私もファクトを見る必要はあると思っています。しかし、もう一方の法律の問題(中国の国家情報法の問題)は確実に残っている。そういう意味では、もし中国政府自身が、これは(国際世論の観点で)厳しい状況なのではないかと思うのであれば、その法律を見直していく、という方法もあり得ると考えます」
製品自体の安全性については、通信機材でいえば各キャリアも独自に相当綿密なリスク調査をした上で採用、あるいは導入検討をしているはずだ。にもかかわらず、今回の「中国メーカー排除」の論調のなかで、「自社の採用機材に問題はない」と表明しないのは、手のひら返しをしたようにも見える。これについてはこうコメントする。
小林氏「まず前提として、行政が民間に(中国排除を)求めたとは私は理解していないし、そうとも聞いていません。
ただ政府の調達の中に、“サプライチェーンリスクの管理はしっかりとお願いしますね”ということは書いてあります。一方、政府職員用の携帯電話があるわけではないので、民生用を政府側に提供する場合に、非常に気をつけなければいけない。そういう理由で今回、見直すという議論が出てきているのだと思います」
通信の観点で気になるのは、どの範囲までが「安全保障」の影響を受けるのかということだ。私たちが日常生活で使っているようなスマートフォンやWiFiルーターなどの端末にまで影響があるのだろうか。
小林氏「政府の人間が使うものであれば、端末まで入りうると思います。PCもそうですし、スマートフォンもそうです。ただ、個人向け端末に関しては、あくまで私個人の見方ですが、技術的懸念がないのであれば、問題ないだろうと思っています。
一方で、ネットワーク(基地局などの機材)に関しては、情報が集約される場所なので、おそらくその範疇(安全保障上のリスクの排除が必要)になってくると考えています」
日本企業を直撃する「中国ショック」
政府はどのような危機感を持っているのか。
撮影:今村拓馬
日本を含むアメリカ同盟国での中国企業排除の動きが本格化すると、その影響は実は日本メーカーにも及ぶ。たとえば、ファーウェイだけでも2017年度に国内80社以上のパートナー、日本からの調達金額は4916億円にのぼる。2018年度はさらに増えていると言われ、単純な「排除」で済むシンプルな問題でもない。
これについて小林氏はこう言う。
小林氏「たしかに、(日本企業における)中国とのビジネスは巨大で、ファーウェイだけに限っても数千億円規模の(国内)調達があるのは事実です。ですから、特定の企業だけを排除しているわけではないと伝えるのは大事なこと。“なぜなのか”をきちんと説明することが大切なのです。
加えて、国家間においては経済と安全保障の2つのレイヤーがあるわけです。安全保障の方が、より深いレイヤーと言えます。今回は安全保障のレイヤーで個人のプライバシーや情報を守るという議論です。
経済は当然、できる限りケアしますが、(安全保障上懸念がある製品を採用すること)それによって、たとえば国民の会話が流出する可能性があってはいけない。
(日本経済に対する)リスクはもちろん、政府全体に共有しているはずですし、我々政治家の側も認識した上で、それ(リスク)をどうコントロールするかが大事です」
時代はすでに“米中テクノロジー冷戦”に突入したと認識すべきだ
世界情勢は「次のフェーズに完全に入った」と話す小林氏。
撮影:小林優多郎
このままアメリカと中国の対立が進んで行くと、中国メーカーによる日本からの部品調達が難しくなるばかりか、例えば中国でアメリカの象徴であるアップル製品の不買運動が起こったり、それによって日本メーカーの部品の輸出にネガティブなインパクトを与えかねない。小林氏は「それこそが、まさにこれから考えていくべこと」だと話す。
小林氏「(いま起こっていることは)今、この瞬間だけの話ではない、ということをみんなで共有しなければいけないと思っています。
背景にある事実として、米中の“テクノロジー冷戦”がもう起こっている。この冷戦は恐らくこの先30年ぐらい終わらない可能性を考えるべきであり、その火蓋が切られたということを事実として認識しなければなりません。
なぜこんなことが起きたかと言えば、それはインターネットの普及によりデータや情報の価値というものが非常に上がりました。それと同時にトラスト、“信頼の価値”というものの非常に上がっています。
製品の性能とともに信頼性がある、この2つを合わせて初めて価値が高いと言える時代になってきています。
それは日本のビジネスの世界戦略でも同じことが言えます。(いま世界では)中国の覇権があって、アメリカはGAFAの覇権、そしてEUの(GDPRをはじめとする)データ経済圏がある。
その中で、日本はどういう経済圏に属するのか、それとも経済圏を新たに作っていくのか? 幸い日本は非常にトラスト性が高い社会であり、国です。それを活かして世界をどう包んでいくのかが大事で、まさにいま、その方法を考え直すタイミングに来ています」
信頼性を判断するには国際的な基準が必要になる
国際社会が米中テクノロジー冷戦の時代に進むのだとすると、「安全保障上、信頼性がある」と判断するための基準は、誰が、どのように作り出していけばいいのか。
小林氏「いまは日本としての判断で済むが、今後はおそらく、一種の“ブロックで区切られた世界”になっていく可能性があるわけです。そういった世界で製品を流通させるには、信頼性などを判断する“機関”や認証できる“仕組み”をつくっていく必要があります。今までは世界の協定の基準が物や人、サービスなどリアルの世界のものでした。けれど、これからは、データやテクノロジーをどう使っていくかを、協定として結んでいく必要があるのでしょう」
5Gへの影響は“時期”より“コスト”
次世代通信規格「5G」といままで利用されてきたLTE(4G)、3G、2Gのイメージの違いを示したドイツの通信事業者・T-Mobileによる展示。
撮影:小林優多郎
通信業界という意味では、日本は2019年に法人向け、2020年には個人向けの次世代通信規格「5G」の運用が予定されている。5Gは現在の4G通信ではできないさまざまなビジネスや課題解決の方法をもたらすのではと期待される。
政府調達の観点で中国メーカーからの調達を改めて見直すとすると、5Gのスタートへの影響はないのだろうか。小林氏は「5Gに関しては時期というより、コストの問題ではないか」と指摘する。
小林氏「5Gへの影響はなるべく出ないように、政府は協力するべきだと考えています。一方で、これは調達の工夫の世界なので民間の努力も必要です。
一番の問題は、時期より、おそらくコストでしょう。通信設備の性能に対するコストに関して、ファーウェイには優位性があるというのは聞いています。(仮に調達先に変更があるのであれば)本来想定していたコストでは運用できないということも起こりうる。そういった業界の声は、しっかりと聴いていきたいと考えています」
(聞き手・伊藤有、文・小林優多郎)