【米中テクノロジー冷戦】シリコンバレーはこう見ている:『テクノロジーの地政学』著者緊急討論

アメリカvs.中国

ファーウェイ、ZTEの中国通信企業大手をめぐる、政府調達に関連したいわゆる「中国排除」問題が連日ニュースを賑わせている。

「政治的対立」「テクノロジー冷戦」といった見方も多い中で、テクノロジーの発信地であるシリコンバレー住人たちはどう見ているのか?

シリコンバレー vs. 中国の最新技術動向を追った書籍『テクノロジーの地政学』(日経BP社刊)の共著者のシバタナオキ氏と吉川欣也氏がファーウェイ問題をテーマに緊急対談した。

シリコンバレー在住者の目線から見たこの問題は、単なる政治的対立とはまた違う見え方だという。その内容とは?

ファーウェイ問題は中国に対する「一発目のジャブ」に過ぎない

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ファーウェイ副会長兼CFO、孟晩舟(Meng Wanzhou)氏。

REUTERS/Alexander Bibik

── ファーウェイCFO逮捕(現在は保釈)などの一連の報道が始まったとき、ちょうど東海岸・ニューヨークにいたため、帰国後に日米報道の温度差の違いを強く感じました。日本ほど、アメリカ国内では話題になっていない感覚を持ちました。西海岸のシリコンバレーではどのように受け止められていますか?

シバタ:シリコンバレーでは移民が多いからなのか、あまり政治の話をする人が多くありません。ですので今回のことも、具体的に利害関係のある人を除いては、実際のところ、まだあまり大きな話題にはなっていないという印象です。

吉川:アメリカから見ている人は、確かにそうですね。とはいえ、アメリカと中国を行き来している人は、やっぱり気にしていると思いますよ。以前ほど、商売としてニコニコしながら行き来する、という状態ではなくなってきている、どこか「嫌な感じ」がしてきているという話は耳にします。

特にアメリカのパスポートを持って中国に行く大企業の営業やエンジニアは、「何を理由に捕まるかわからない」という感覚は持ち始めてるはず。やっぱり「自分は関係ない」と思いながらも、人質になるのは嫌じゃないですか。

僕もしばしば中国に視察やビジネスミーティングにいく立場ですが、日本のパスポートだからまだ気軽だとはいえ、(アメリカ在住の者として)多少緊張感を感じますから。

── そういう意味では米中対立は、ここのところのトランプ政権下ではずっとくすぶっていた。実際、アメリカ在住の中国系住民にも影響は出ていますか?

シバタ:中国から来た友人の中には、トランプ政権がイヤで(中国に)帰国した人がいるのは事実ですね。精神的なアイデンティティの部分でジレンマを抱えたり、(中国系であることに)嫌なムードを感じている人は増えているかもしれません。吉川さんはつい先日(2018年12月11日〜13日)、中国に行かれたんですよね? 中国側の反応はどうでしたか?

吉川:中国メーカー排除問題は、中国のスタートアップの側面で見ると「チャンス」でもあるんですよ。例えば、ファーウェイのような大企業がああいうこと(米中対立の象徴のような状況)になると、逆に中国内のライバル企業やスタートアップは進出のチャンスだと思っているところもあるはずです。

一方でアメリカに対峙する中国企業の中に心配があるとすると、ある程度のサイズのある企業でしょう。「大きくなったらアメリカにやられるから、準備しとかなきゃ」というムードもありますね。

中国企業の何が問題なのか、日本政府も態度を明らかにすべき

国会議事堂

今の米中対立は、1980年代の日米貿易摩擦の時とほぼ同じ構図だ。

撮影:今村拓馬

── 率直なところ、お二人は今回の「中国メーカー排除」の動きを、どのように捉えていますか?

シバタ:今のトランプ政権はまさにオバマ政権時代の反動が大きいですよね。あまりに民主党的な時代が長く続いて、その間にたくさんの外国人が入ってきて、気がつけばGDPを中国に抜かれて、経済では世界で2番に甘んじてしまった。

軍事面ではまだ勝ってますけども、それもこのままいくとマズいかもしれない。(アメリカ政府としては)「今のうちに中国にブレーキをかけなければ」ということ。言ってみれば、運動会のリレー競争で抜かれそうになって、相手のズボンを必死につかんでいるような感じというか。

僕は、(米中の政治的対立というよりも)自動車や半導体で日本が散々やられたのと同じだと見てます。つまり、ZTEやファーウェイの問題は、中国に対する「一発目のジャブ」に過ぎないのではないかと。

吉川:ファーウェイはZTEのような国有の企業ではなく、日本でいえばNECとか富士通のような民間の大企業です。僕の印象では、どちらかというと営業に強い会社で、社内競争がとても厳しくてCEO以下みんな営業が巧みです。

ちょうどネットワークが交換機からIPに切り替わる時代に、いち早くルーターのソフトウェアに目を付けて、その高い営業力でめきめき頭角を現してきた会社です。

営業的にも売上げ的にも大きく成長する一方で、2003年にはシスコシステムズ‎に特許侵害で訴えられたりもしてきた(その後、シスコ側の実質的な「勝利宣言」で訴訟取り下げ)。必ずしも「事実無根」とばかりは言えない部分があるのも事実です。

ネットワーク機器の「ダメなこと」がはっきりしているアメリカ

ファーウェイ本社

深センにあるファーウェイ本社。ファーウェイは一連の「中国排除問題」で大きく揺れている。

Peter Stein / Shutterstock.com

── 中国通信大手をめぐる「安全保障上の問題」については、具体的な証拠が示されていない状態で、ここまで議論が進んでいるという見方もあります。

吉川:僕自身、過去に起業した会社でファーウェイと取引していたこともありますが、彼らは確かに優秀な会社なんですよ。元々北京に研究所があって、深センでどんどん大きくなって、20~30代の若いエンジニアが活躍していて、インドにも拠点を持って。エンジニアのコミュニティにもコミットしてます。

営業的にも売り上げ的にも力をつけて、シスコがやっていないような通信機器にまで入ってきた。さらに携帯、スマホと商圏をどんどん広げ、グローバル企業としてパワーを持ち始めてきたというのが今の状況です。

しかし、その一方で、シスコの訴訟の例のような側面もある。トランプ政権はその「特許関連など、技術的にまずいと思われる部分」に関して、相当自信を持っているから、ファーウェイを締め出すということを言っているんだと思いますね。

一方で日本はどうでしょうか。

例えば、ソフトバンクがかなり早い段階で「(基地局など一部設備を)ファーウェイから北欧製に切り替えると即断した」と報じられたのは、判然としない部分があります。

単にトランプ政権に配慮しただけなのか、それとも彼ら自身も何か技術的にまずいことがあると判断したのか、単なるビジネス的な決定なのか。

この問題に関して、日本はある意味、米中両国の間に板挟みになっています。もちろん同盟国であり、アメリカの傘の下にいる以上、その方針に従わざる得ないところもあると思いますが、「アメリカが使わないから日本も使わない」ということだけでいいのか?と感じます。

国内の客観的かつ専門的な機関が、ファーウェイのどこを高く評価して、何がまずいのか、日本の政府や企業も含めて検証して、しっかりと明らかにすべきだと思います。

「ここは良いけど、ここはイマイチだ」と、中国とアメリカの間で、日本の立場をしっかりと国際社会に発信していくべきじゃないでしょうか。

中国国旗

「アメリカが使わないから日本も使わない」ということだけでいいのか?

shutterstock.com


── 日本政府の「排除方針」の根拠として、中国が持つ「国家情報法」によって中国企業から機密情報が漏洩するリスクがあることを問題視しているという見方もあります。この点はどう思われますか?

シバタ:そういう意味では、今までアメリカは中国の法律を知りつつも、そこに目をつぶってきたところもあると思うんです。でも今の加熱した情勢を見ていると、例えばアメリカの会社が中国の製品を買うときは、特別なルールが課されるということも十分あり得る気がしますね。

吉川:アメリカは契約社会ですから、もともと「やっていいこと」「ダメなこと」の線引きがハッキリしています。例えばネットワーク機器の「ルーター」とか「スイッチ」を販売するときも、この国に売ってはいけないとか、この施設に使えないとか、制限事項がきっちり明記されている。特にナショナルセキュリティ(安全保障)周りは本当に厳しくて、シリコンバレーの小さなスタートアップにまで、周知が徹底されています。

これは僕がシリコンバレーに行って、学んだことのひとつです。そういう文化ですから、もし安全保障上のリスクがあれば、企業としてそれを避けようとするのは(企業の大小に関わらず)ごく自然なことですね。

中国通信大手はMS、グーグル、FBと同じ「圧力」を経験する

サンダー・ピチャイ氏。

12月11日、米国下院法務委員会の交渉会で、発言前に宣誓するGoogleのサンダー・ピチャイCEO。同氏は中国市場への再参入を否定した。

REUTERS/Jim Young

── 「ファーウェイショック」は、日本経済への影響も懸念されます。例えば日本には、ファーウェイに部品を供給している会社もかなりあります。ファーウェイによると、日本からの部品調達は年間約5000億円規模にもなります。

吉川:直接的、または間接的に、ファーウェイと取引のある会社は、アメリカにもたくさんありますよ。もちろんシリコンバレーにも相当数あります。トランプ政権がそのことをどこまで理解しているかわからないですけど、政府がファーウェイはダメといえば、企業の営業担当者も「俺たち、ファーウェイに売っていいの?」と、怯むことになるわけです。

しかも今後、ダメだって言われる中国のテクノロジー企業は、もっと増えていく可能性がある。アメリカでも日本でも、今後は中国の影響力のある会社にモノを売っていいのか。取引を継続するか、打ち切るのか。経営者は悩むことになるでしょうね。

シバタ:この議論で難しいのは、もはやアメリカと中国は、経済的には切っても切れない関係だということです。中国はモノを作る仕事をアメリカから大量に「受注」しているから、アメリカから何も注文が来なくなるとかなりヤバい。さらには作ったものを一番買ってくれているのもアメリカです。

一方でアメリカも、もう自分ではモノづくりができないので、中国が作ってくれないと困る。

お互いに分業化が進みすぎていて、切るに切れない。だからいきなりドラスティックなことはできないんだけど、アメリカとしてはそれでも今、中国のズボンを引っ張りたいということでしょう。

ただ、ファーウェイCFOの逮捕はセンセーショナルに報じられていますが、僕から見ると、互いに空気を読んでいる感があります。例えば、自国は手を下さずにカナダ側に逮捕させていたり、中国側もアメリカ人ではなくカナダ人を逮捕したり。まだ互いに逃げ道を残しつつ、けん制し合っている段階に思えます。

ファーウェイのロゴ。

もはやアメリカと中国は、経済的には切っても切れない関係にある。

Shutterstock.com

── 今後は具体的に、どのような動きになっていくと見ていますか?

吉川:私は、(ただの政治的な対立にとどまらず)何らかの訴訟に発展する可能性があると見ています。これは1980年代に日本のメーカーも経験してきましたが、訴訟で力のある企業の経営陣に心理的プレッシャーをかけて疲弊させる。アメリカでは常套手段のひとつです。

アメリカは自国の企業にもこういうことをやるんです。最近ではグーグルCEOのサンダー・ピチャイが12月に議会証言に立っていますし、FacebookのCEO、マーク・ザッカーバーグも同じくやられている。その昔には、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツも。

みんな仕事がしたくてテクノロジーの会社をやっているのに、訴訟や議会証言の対応にさらされるのは相当に疲れるし、モチベーションが下がります。すると指揮命令系統の働きが鈍り、最終的には中にいるエンジニア達にも影響を及ぼすことになるわけです。

シバタ:同感です。同じように、中国の企業に対しても、長い時間をかけてじわじわプレッシャーをかけたいはず。もしかしたらもう1回くらい、何らかの政治的なパフォーマンスがあるかもしれませんが、その次は相当な確率で民間企業同士の訴訟に向かうだろうと思っています。

(聞き手:Business Insider Japan 伊藤、構成:太田百合子)


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吉川欣也:1990年に日本インベストメント・ファイナンス(現・大和企業投資)に入社、1995年のデジタル・マジック・ラボ(DML)設立を経て、米サンノゼで共同創業したIP Infusion Inc.を2006年にACCESSへ5000万ドル(約50億円)で売却。現在はMiselu社とGolden Whales社(米サンマテオ)の創業者兼CEO、GW Venturesのマネージングディレクターを務める。

シバタナオキ

シバタナオキ:元・楽天執行役員、スタンフォード大学客員研究員。スタートアップ(AppGrooves/SearchMan)を経営する傍ら、noteで「決算が読めるようになるノート」を連載中。2017年7月に書籍『MBAより簡単で英語より大切な決算を読む習慣』(日経BP社)を発刊。

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