ソフトバンク10兆円ファンド登場で激震のシリコンバレー、VCトップが語るその「破壊力」

10兆円規模という圧倒的な資金力を活かし、ITベンチャーなどに投資するソフトバンク・ビジョン・ファンド(SVF)が登場して1年半。アメリカ国内のベンチャーキャピタル(VC)の年間投資額に匹敵する巨大ファンドの参入によって、米VC業界に激震が走っている。

シリコンバレーに本拠を置くフェノックス・ベンチャーキャピタルの共同代表パートナー兼CEO、アニス・ウッザマン氏に現状を聞いた。

アニス・ウッザマン氏

フェノックス・ベンチャーキャピタルの共同代表パートナー兼CEO、アニス・ウッザマン氏。

撮影:庄司将晃

投資先候補の時価、SVFの評価は10倍「話にならない」

孫正義氏。

SVFはソフトバンクグループの孫正義会長の肝いり事業だ。

REUTERS/Kim Kyung-Hoon

SVFはソフトバンクグループの孫正義会長が自らサウジアラビア王室を口説いて出資を取り付けるなどして立ち上げた肝いり事業。2018年4~9月期決算では、事業別利益で携帯電話を中心とする国内通信事業を上回り、稼ぎ頭となっている。

報道によると、投資先にはシェアオフィスのWeWork、動画アプリ「TikTok」のバイトダンスといった注目企業が並び、1社あたりの投資額は100億円、1000億円といった単位だ。

ウッザマン氏「SVFの登場によって米VC業界のバランスが崩れてきています。資本主義なので力のある者が勝つとはいえ、業界を混乱させているとは言えますね」

ウッザマン氏はSVFのケタ外れの資金力を実感した自身の体験を一例に挙げた。

フェノックスが半年ほど出資交渉を続けていたスタートアップがあった。この企業の時価を100~150億円と査定したうえで、その1割ほどにあたる約10億円を出資する方針だった。

ところがある朝、新聞を開くと、SVFがこの企業に約500億円の投資をすることが決まった、というニュースが目に飛び込んできた。

SVFによる投資の条件を前提に時価を計算し直すと1500億円ほどになった。フェノックスによる評価の10倍以上だ。ウッザマン氏は「話にならない」と判断し、出資を断念した。

ウッザマン氏「私たちはその数日前まで、『100億~150億円』を前提に交渉していたのですから。実際の価値はそこまでないのでは、と思っています。過去のさまざまなケースを踏まえて考えれば、将来IPO(新規株式公開)するにしても、M&A(合併・買収)されるにしても、エグジット(出口=投資回収)の段階で数千億円の価値を持つ会社になれるかは疑問です。もちろんSVFには彼らなりの考えがあるのだとは思いますが」

老舗VCが1兆円ファンドで対抗「仲間外れ避けたい」

アニス・ウッザマン氏

撮影:庄司将晃

ウッザマン氏によると、SVFに対抗するため、シリコンバレーの老舗VCが1兆円に迫る規模の大型ファンドを設ける動きも出てきているという。

例えば、あるVCが目をつけていたベンチャーにSVFが投資を決めた場合、「それでも一枚かみたい」と共同で投資しようとしても、かなりの資金力がないと出資比率はごく小さなものにとどまり、そのベンチャーの経営に対する影響力をほとんど持てない。そんな事情が背景にある。

「仲間外れにはされたくない、ということです」(ウッザマン氏)

雇用面での影響も出始めているという。

シリコンバレーのVCは起業経験者が創業する例が目立ち、スタートアップを育てるノウハウが豊富だ。SVFはそうしたVCの人材を採用しようと積極的にアプローチしているようだ。

ウッザマン氏「VC関係者の集まりでは、『あなたはまだSVFからオファーをもらってないの?』といったやりとりがしょっちゅう交わされています。フェノックスには引き抜かれた人はいませんが、他のVCでは好条件を提示されて移籍した人も出てきているようです。VCで働く人のサラリーのバランスも崩れるのでは、と心配しています」

大口出資者サウジの記者殺害事件の影響は「多分ある」

殺害された記者を悼む人たち。

殺害された記者を悼む人たち。この事件には、サウジ王室のキーパーソンであるムハンマド皇太子が関わった疑いも取りざたされている。

Chris McGrath/Getty Images

一方、「ポジティブな影響」もあるという。

一般にVCにはそれぞれ投資先企業の成長段階に応じた得意分野があり、アーリーステージ(創業間もない段階)、その後のミドルステージやレイトステージといった段階に応じて投資スタイルは異なる。

ウッザマン氏「SVFとの競合によって打撃を受けているのは主にレイトステージでの投資を手がけるVCです。アーリーステージやミドルステージでの投資を手がけるVCにとっては、投資先の株式を後から来たSVFが高く買ってくれることによるビッグ・ウィン(大勝利)の機会が増えていることも事実です」

そんなSVFにとって頭の痛い問題も浮上している。

大口出資者であるサウジアラビアで起きた、王室の関与が指摘される記者殺害事件だ。サウジの人権問題に対する批判が高まり、特にアメリカや欧州の企業の間でサウジ絡みの資金を避ける動きが広がる可能性もある。

ウッザマン氏「この問題がSVFの活動にどう影響するか、関心があります。例えば、あるベンチャーに投資していたVCが、サウジのお金が入っているSVFからの追加出資に同意しない、といった事態が生じる可能性もあります。エグジットの時にも、買収先やIPO先の市場がOKしてくれるか、といった問題が出てきます。多分、影響はあるでしょう」

(文・庄司将晃)


アニス・ウッザマン(Anis Uzzaman):IBMでの勤務などを経て、2011年にフェノックス・ベンチャーキャピタルを設立。フェノックスは米国、東南アジア、日本などで120社以上に対する投資実績があり、日本企業ではテラモーターズ、マネーフォワード、メタップスが含まれる。

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