洞窟に通信環境を構築するため、現地のレスキュー隊員と協力して作業するファーウェイのエンジニア(左)
ファーウェイのイントラネット「心声社区」より
2018年夏、タイ北部でサッカーチームの少年たちが2週間以上洞窟に閉じ込められ、奇跡的に全員が助かったニュースは記憶に新しい。だが、洞窟内の少年たちの動画撮影や救出活動に、ファーウェイ(華為技術)の通信技術が使われていたことを知る人は、どれほどいるだろうか。
タイ・洞窟の少年救助でも威力を発揮
「1カ月余りにわたるバンコク出張が終盤に入り、中国帰国が迫る6月26日、上司から1本の電話が入った」
ファーウェイのエンジニア、厳黎明氏が同社従業員のためのイントラネット掲示板「心声社区」に投稿した手記は、このような書き出しで始まる。
ファーウェイは少年たちが行方不明になった数日後、洞窟に通信システムを構築できないかと現地警察から相談を受けたのだ。
厳氏は必要な装備を整え、バンコクオフィスに勤務する同僚2人とともにチェンライに飛んだ。事故現場に到着した3人は、警察官と共に洞窟近くにある山に登り、洞窟の最も深い所まで通じる緊急通信システムを構築。メンバーの1人が途中で負傷するほどの厳しい環境で、作業を終えた3人は警察が手配したヘリコプターで下山した。
ダイバーはファーウェイが用意した携帯端末を携えて洞窟に入り、洞窟の外からも中の様子をリアルタイムで確認できるようになった。7月2日夜、ダイバーが助けを待っていた少年たちを発見、動画撮影したのを見届け、厳氏ら3人はチェンライを後にした(が翌4日、警察の要請を受け、うち2人は現地にとんぼ返りしたという)。
新興国の政府、企業と深い協業
ファーウェイがガーナやメキシコなど、電力や資源に乏しい新興国向けに展開している携帯基地局。ポール部分は木の幹を使用している。
ファーウェイ・ジャパン提供
ファーウェイは従業員18万人を擁し、世界170カ国で事業を展開する中国最大の民間企業だ。今回の孟晩舟CFO逮捕まで同社を知らなかった人も多いだろうが、その技術とスピーディーな対応力が新興国でいかに頼りにされているかが、タイの少年救出のエピソードからうかがえる。
防犯カメラ1800台を配備し、AIによる顔認証技術を捜査に活用するケニア政府の防犯システムも、ファーウェイが技術を提供している。
ファーウェイ関係者は、「当社が全てを担っているわけでなく、ケニアのケースでは、通信や防犯カメラは現地企業の製品を使っている」と語る。通信という安全保障上の根幹に関わる分野を主事業としているだけでなく、今後の成長が見込まれる地域で政府や現地企業に深く食い込んでいる点が、アメリカの危機感を高めているとも言える。
iPhoneは中国製でファーウェイは日本製?
iPhoneはアメリカブランド、ファーウェイは中国企業だが、端末を分解すると世界はそれほど単純ではない。
REUTERS/Jason Lee
ファーウェイが進出先の企業との協業を重視するのは、同社が中国企業であるからに他ならない。同社は世界に名を知られるようになる前から、インドや欧州に研究所を設立してきたが、その理由は、「ファーウェイだけでなく、当社が本社を置く深センも、かつては今のような“最先端、イノベーション”というイメージは全くなかったし、優れた企業や人材に本社に来てもらうことは難しかった。だからこちらから行くしかなかった」(ファーウェイ)からだという。
その後、ファーウェイの業績は、スマートフォン事業の急成長もあって急拡大した。2017年の売上高は日本円にして10兆円を突破し、2013年の3倍近くまで増えた。
ファーウェイの任正非CEOは11月に日本を訪問していた。
Reuters Pictures
製品のハイエンド化に伴い、協業企業や調達先も先進国に広がっている。ファーウェイの調達先は2013年時点で米国が32%、欧州・台湾・日本・韓国を合わせて3分の1、そして中国は3分の1だったが、現在はさらに分散が進み、日本からの調達も拡大している。
孟晩舟CFOの逮捕で、中国ではiPhoneの不買運動も起きたと報じられたが、実相はやや異なる。
共産党系中国メディア・環球時報の胡錫進編集長は孟CFOが逮捕されたとき、SNSの微博(Weibo)に「ファーウェイを支持する」と投稿した。だが、それらの投稿がiPhoneからなされたことが判明し、「スマホを買い替えろ」と中国内で総突っ込みを受けた。
胡編集長はその後、「iPhoneは中国で生産されており、米中の共同利益の融合の産物だ。これからも私はiPhoneを使う」と公言した。
アメリカブランドのiPhoneが「メイドインチャイナ」なら、「ファーウェイはメイドインジャパンだ」との声もある。
ファーウェイ・コンシューマ部門の余承東CEOは2017年、同社のスマホが「メイドインジャパンと言えるくらい、日本部品の搭載が多い」と強調した。ファーウェイ担当者も取材に対し、「ディスプレイやカメラセンサーなど、半分は日本メーカーの部品を使用している」と語る。
創業者の任CEOはお忍びで11月に来日
ファーウェイの成長に伴い、日本企業からの調達も急激に増えている。2017年の調達額は約43億ドル(約5000億円)だったが、2018年は60億ドル(約6800億円)となる見込みだ。同社は今年9月、調達先や共同研究先であるサプライヤー企業を招いて初めてサプライヤー大会を実施。日本企業110社が参加した。また、ファーウェイは主要サプライヤーが集積する関西での研究所設立も計画している。
2018年は世界のスマホ市場が失速、業界トップのサムスンとiPhoneの苦戦が伝えられる中、ファーウェイは出荷台数を33%伸ばした(7-9月)。さらに同社は12月17日、今年の販売台数が25日にも2億台を突破すると発表した。2億台の相当部分が日本企業の部品から構成されているという事実は、ファーウェイ排除が進めば日本企業も共倒れになりかねないことを意味している。
グローバルのスマホ市場で、ファーウェイは2018年についにアップルの背中をとらえた。
ファーウェイ創業者の任正非CEOは、娘である孟CFO逮捕の直前の11月下旬、お忍びで日本を訪問し、研究所の従業員たちにこう語り掛けた。
「我々が日本で研究を行い、事業を行うのは、日本企業から何かを奪うためではなく、自分たちの力をつけ、日本企業の成功に寄与するためだ。日本企業との協業にあたって、この部品は自分たちで作るなどと言ってはならない。お互いの利益になることをしてこそ、衝突を避けられるのだ」
孟晩舟氏の逮捕が報じられた12月6日(日本時間)は、米中関係悪化懸念が沸騰し世界各国で株価が急落。その様子は「ファーウェイ・ショック」と形容された。
だが、日本の「ファーウェイ・ショック」は、ファーウェイ排除が進行するであろう2019年に姿を現すのかもしれない。
(文・浦上早苗)