若者はなぜ自分で退職できないのか。月300件依頼殺到の退職代行創業者らが語る「辞める自由」

退職代行

退職代行サービスのパイオニアとされるEXIT。いずれも代表の岡崎雄一郎さん(左)と、新野俊幸さん。なぜ、会社を辞められないという現象が起こるのか。

少子高齢化で若手の採用が困難になる中、辞めたくてもなかなか「辞めさせてくれない」会社に対し、代わりに辞める連絡をしてくれる「退職代行サービス」が、話題を呼んでいる。

類似のサービスが林立する中、パイオニアとして知られるのが、2017年春にサービスを始めたEXITだ。

「辞めることは逃げではなく、むしろ新たなことに挑むための『攻め』。僕らは誰もが辞めたい時に辞められる社会を実現するセーフティネットを目指しています」

小学校の同級生という息の合った創業者2人に、サービスの真意を聞いた。

なぜ、若者は辞めるのか問題の真実

「サービスを依頼してくる社員の方は、もう会社の上司の顔も見たくない、電話も出たくないという状態です。その上司も会社もそれほどまでに、信頼されていないということなんです

自分で会社を辞められないとはどういうことなのか?そんな疑問に対し、EXIT代表でサービス発案者の新野俊幸さん(29)は説明する。

それに加えて退職代行のやりとりをする中で、共通して会社に感じたのは「経営者が社員のマネジメントに失敗しているということです。人手不足で転職しやすくなっている現代に、終身雇用の昭和のままの、マネジメントをしている」(新野さん)。

定年まで社員が辞めないこと前提で、上司が部下を高圧的に押さえつける。そんなやり方では「現代の社員は辞めるだけです」と、新野さんはいう。

対談風景

2人の出会いは鎌倉市内の小学校。そこから今日までつながっている。

2017年5月にサービスを開始したEXITは、これまでに1500件の退職代行の依頼を受け、すべて退職を成立させている。利用者は20代の男性が多く、月に300件もの依頼があるという。

退職代行費用は正社員・契約社員なら5万円、アルバイト・パートは4万円。EXITが行うのは「本人に代わって、会社に退職に関する連絡を代行する」という、至ってシンプルなものだ。

というのも弁護士法では、労働者が勤め先を退職する際に、弁護士以外の人や業者が有償で交渉することを禁じている。弁護士の間でも「社会のニーズに応えてはいるが、本来は弁護士業務では」と、サービスのあり方に議論があるのも事実だ。ただ、この点につきEXITは「顧問弁護士の指導の下、法律の範囲内でサービスを行っています」(新野さん)と説明する。

法律上では、会社を辞めるのは実に簡単だ。退職届は、郵送でもメールでも、LINEでも構わない。特段、決まった様式もない。

就業規則では「退職日の2カ月前までに届け出る」などと定められていることが多い。しかし民法では雇用形態などにもよるが、原則、退社日の2週間前までに退職届を出せば退社できるとされている。

「日本の法律では、圧倒的に労働者の退職の自由が保護されています。それでも僕らのサービスに需要があるのは『辞めるのは悪いこと』という文化があるからです

こちらもEXIT代表の岡崎雄一郎さん(29)は、日本社会に蔓延する“刷り込み”を指摘する。

「会社を辞める自由は労働者の権利なのに、辞めようとした人は『裏切りだ』『根性がない』といった批判にさらされる」

刷り込みでいうと、「辞める本人も一緒です。日本人は会社を辞めることでレールを外れてしまうことに躊躇して、なかなか辞められない」(岡崎さん)

会社を辞められない、ありがちな3つのパターン

パワはら

会社ぐらい自分で辞められないのか?という人が、知らない実態もある(写真はイメージです)。

Shutterstock/NOBUHIRO ASADA

では実際に会社を辞めづらいパターンはどのようなものがあるのか。代表的な3つを上げてもらった。

1.ガテン系の怖い上司がいる

「建設や運送業などで時々あるのですが、みるからに怖そうな親方つまり上司がいて、辞めるなどといったらボコボコにされるのではないか。という恐怖で辞められないパターンです」(岡崎さん)

2.社員の悪口を言う職場

依頼主の会社の上司と話すと、「あんなやつ、いてもいなくてもいいんだ」などと、「辞めたい社員」の悪口を言い出すケースもある。「こんな上司なら、それは辞めたくもなるだろうなと思いますね」(新野さん)。上司と部下の関係性に問題があるのが透けて見える。

3.情に訴えてくる

保育園や介護施設などに多いのが「子どもたちの笑顔が消えてしまってもいいんですか」「おじいちゃんおばあちゃんを見捨てるのですか」など、辞めたい社員の情に訴えようとするパターンという。

ただし、岡崎さんは「一切、気にする必要はない」という。「話を聞くと劣悪な労働環境だったりする。辞められて困るなら、人を増やすなど環境を改善すべきであって、子どもの笑顔とは全く別問題です」と断言する。

「ここで辞めるのは甘い」

新野さん

 EXIT代表の新野俊幸さんも「辞めたくてもなかなか辞められない経験」をしてきた一人だ。

実は、サービスが生まれた原点には、新野さん自身の「辞められない」体験があるという。新野さんは1社目は大手通信会社、2社目は人材大手、3社目はサイバーエージェント子会社を経験している。

「新卒で大手に入ったのですが完全にミスマッチでした。毎日どなってくる上司と合わなくて、自分の意見も全く言えず。1年で辞めようと思いました」

ところが、ここで大いに引き止められる。

「課長、部長、統括部長に人事と何回も面談があって。『ここで辞めるのは甘い』『プロ野球選手だって1年目はだめでも、2年目3年目で花開く人もいる』など、あらゆることを言われました」

その後、フリーター期間を経て人材大手の未経験者採用に、エンジニアとして入社。ところがそこでも、50代の上司と合わず衝突を繰り返し、結局は退社。フリーランスのイベント企画業を経て、3社目で初めて「仕事を任せてもらえ、周囲とも楽しく働ける」体験をした。

「ただ、ずっと自分でサービスを立ち上げたいという思いがあって。自らの経験から、会社はとても辞めづらいことを肌で感じていた。ストレスフリーな退職を実現する退職代行はビジネスになると、予感がありました」

ニーズがあると確信した瞬間

そのアイデアを話した相手が、鎌倉市内の小学校時代の同級生の岡崎さんだった。

岡崎さんは、開成高校在学中に入れたという半身の入れ墨が印象的な、一見、強面だ。留学先のアメリカでボクシングにのめり込み、大学を中退。その後は解体工などを経て、歌舞伎町のキャバクラで働いた。

在学中の入れ墨も、名門校を出て解体工も、すべて自分で決めたこと。周囲に流されることはない。

共同創業者の新野さんに言わせると「意思決定のかたまりのような人間」という岡崎さんは、「会社を辞めると言えない人がいるのはわかるが、共感はできない」派でもあった。

「休む権利があるのだから、クリスマスを理由に仕事を休んだりしていました。逆に風邪では休まなかったですが。僕は何を言われても平気なので」(岡崎さん)

岡崎さん

同じくEXIT代表の岡崎雄一郎さん。自分自身は「人に何を言われても気にしない」。

そんな岡崎さんは、新野さんの熱弁を聞いて、歌舞伎町の仕事を辞めることを決意。ところが、さあ、いよいよこれからという時に、新野さんが「やっぱり自分は(起業を)やめる」と言い出したのだ。

「どうしても、会社を辞める決心がつかなかったんです。お世話になった人たちに申し訳なくて」

はしごを外されたような形になった岡崎さんだが「ちょっとムカついたので、一人で退職代行を開始しました。当初は法人でもなかったので、謎の岡崎という男から、おたくの社員が辞めたいという電話がかかってくるという事態になっていました」。

結局、その2週間後、新野さんは再び、会社を辞める決意をする。

「退職代行を思いついた自分でさえこんなに悩むのだから、辞めたいけど辞められないというニーズは間違いなくあると、改めて確信するに至りました」(新野さん)

辞めることがポジティブな社会を

道路

何度辞めても「傷」にならない社会をつくりたいと新野さんは言う(写真はイメージです)。

撮影:今村拓馬

サービス開始から2年目の2018年夏、Twitterをきっかけに爆発的に知名度が上がり、今では国内外のメディアから取材が引きも切らない。「会社を辞めたい」という依頼も、増え続けている。

しかし、新野さんたちが目指す世界は少し想像の先を行っている。

究極的には退職代行サービスが、なくなればいいと思っているんです」と、新野さんは言う。

「ただ、ユーザーを増やしたいのではなくて『辞めること』がポジティブな社会をつくりたい。こんなサービスが不要な社会になれば、本望です」(岡崎さん)

「辞めることがキャリアの傷にならない社会が目標です。僕たちはいざ辞めたいときのセーフティネットになれたらいい」(新野さん)

いつでも辞められると思うことで、心の逃げ場にもなりうるし、仕事にも前向きに取り組めるはずだ。新野さんは言う。

「そもそも、辞めたい社員を無理やり働かせて、生産性が高いわけがありません。そういう意味で、退職代行サービス、福利厚生にもどうでしょうか。社員の心理的安全が確保できるので、生産性が上がると思いますよ」


岡崎雄一郎:EXIT代表。1989年生まれ。私立開成高校を卒業後、アメリカの州立大学へ留学、ボクシングに熱中し中退。解体工、型枠大工、歌舞伎町勤務を歴て現職。Twitterはこちら

新野俊幸:EXIT代表。1989年生まれ。青山学院大学卒業後、新卒でソフトバンクに入社。「仕事がつまらなかった」ため、1年で退職。リクルートテクノロジーズ、サイバー・バズを経て現職。Twitterはこちら

編集部より:一部表現を改めました。 2018年12月21日 12:45

(文・滝川麻衣子、写真・竹井俊晴)

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