ペッパーの開発に関わった林要氏のロボットベンチャー、GROOVE Xの家庭用ロボット「LOVOT(ラボット)」がついにベールを脱いだ。ファンドなどから80億円余りを資金調達し、「(創業から)5年間売り上げを立てない」宣言をして水面下で開発を進めていたロボットは、これまでにないほどセンサーを詰め込んだハイテクな愛玩ロボットだった。
価格は、最も早く手に入る2体セットの「デュオ2体セット」が59万8000円(税別、2019年秋冬発売)。また一緒に生活していくには、約1〜3万円の月額料金も払い続ける必要がある。
価格設定には賛否ありそうだが、一方でその中身には、画期的と呼べる仕組みがいくつもある。LOVOTの実機タッチ&トライと林氏へのインタビューを通して、テクノロジー面の異例ぶりを考察する。
高価になるのは「当たり前」、全身がセンサーの塊
動作は、45分間動き回ると自動的に巣(ネスト)に帰って15分間充電、再び動き回るというサイクルを繰り返すという。
LOVOTはペットのように人物を判別して懐き、人を認識する。ツノの部分(センサーホーン)を握ったり、抜こうとすると嫌がる。嫌がることを続ける人は「嫌い」になる。
体に触れるとペットのような体温があり(最大40度前後)、頭の上部にある全天周カメラで「見回り機能」も搭載している(この機能は発売後、半年を目処にアップデートで提供)。2頭で遊ばせると、多頭飼いのペットのように互いにじゃれあったりもするようだ。
最初にステージの発表を見た段階では、正直なところ「これはあまりにも高すぎるおもちゃだ」と思ったのは事実だ。けれども、その後に別室で体験できた実機デモで印象はかなり変わった。
発表のステージは寸劇形式で進んだ。見ているだけでは、既存の愛玩ロボットとどう違うのか分かりづらかったが、実際に体験してみると……。
デモルームで一緒に「遊ぶ」と、ちょっと自分でもびっくりするほど「かわいい」と思ってしまうのだ。
理由を考えると、まず想像しているよりとてもよく動く。呼びかけると、声をかけた人の方に目線をやるような仕草をしたり、懐いたペットのように足元に走り寄ってきたりする。こちらに鳴き声を発したりもする。抱きかかえてなでると、気持ち良さそうな表情もする。
人が感じる「かわいい、とは何か」を、デザイン、動作のモーション設計まで含めて、しっかりと研究している印象を持った。
抱きかかえると、タイヤを自動的に格納。なでると気持ち良さそうな表情などの仕草を表現する。センサーホーンは弱点なので、握られると首を振って嫌がる意思表示もする。
ペットのような唯一性にもこだわりがある。
表情の表現は、この「アイ・ディスプレイ」による瞳の表現で行う。さまざまな色やデザインがあり、1頭ずつの個性として表現される。
1頭1頭の声は、気道をシミュレーションしたアルゴリズムで自動生成(プロシージャルという)されたもので、目の色などのデザインも1頭ずつ個性を持つようにつくられている。デモ機の音声認識精度にはまだまだのところもあるが、開発途中という点を差っ引いて見れば、開発にかけた「本気」感はひしひしと伝わってくる。
人を模した動作とデザインのペッパーとは、デザインも、振る舞いも、テクノロジーの使い方も大きく違うように見える。
そして内部構造を見ると、LOVOTが1台で約35万円もするのにも納得の理由がある。搭載するセンサーなどのハードウエアがすごいのだ。
センサーホーンにはカメラやセンサーなど室内での自己位置推定に重要なセンサーが入っている。破損防止のため、引っ張ると抜け、動きが停止する仕組みになっている。
タッチセンサーは無数にある。
全身くまなくと言って良いほど、50箇所以上にセンサーを搭載。なかには「VSLAM」と呼ばれる空間認識センサー、対物センサー、家庭用ロボットとしては非常に珍しいサーモグラフィー(温度センサー)、半天球カメラといった、おもちゃとはとても呼べないような特殊装備もある。
さらに次世代ロボットとして本気度が高いのは、センサー群(特に室内空間での自己位置推定や、人の顔や表情を識別する画像処理)の処理を担う内蔵コンピューターだ。
本体内には一般的なスマートフォン並みのCPUのほか、ノートPC級のCPU、さらにAIを動かすためのディープラーニングの動作に特化したFPGAと呼ばれる特殊なアクセラレーター(処理支援半導体)も入っている。
充電スタンドでもあるネストには、デスクトップPC級の処理能力を持ったCPUを内蔵。ネット接続もするが、基本的にユーザーの承諾がない限りは、撮影したデータや音声などは研究開発に利用しない方針をとる。
「ネスト」と呼ばれる充電スタンドも特殊だ。ここにも、PC級の処理能力を持つデュアルコアのCPUや1TBのストレージが内蔵されていて、インターネット接続機能が入っている。
こういった仕組みは、愛玩用ロボットとしても、当初実現すると宣言している機能から見ても、明らかにオーバースペックと言える。
なぜこんなに高価なつくりにしたのか?
GROOVE Xは、LOVOTをテスラ・モーターズのクルマのように作っていこうとしているのだと筆者は思う。テスラは、将来的な機能追加などを視野に入れ、あえて、当初は動作させない機能を先行搭載しておいたり、事後アップデートで大幅に高機能にしたりする。
そう思うと、2017年のLOVOT開発表明に合わせて、GROOVE XはSpace Xのお膝元に街頭広告を出すパフォーマンスもしていた。
ちょうど1年前のLOVOTの構想発表の時、GROOVE XはSpace Xの工場前に、テスラ社長のイーロン・マスク氏に向けた広告を掲出した。
GROOVE X
LOVOTに秘められたテクノロジー
LOVOTのイメージスケッチ。
林氏にインタビューでテクノロジー面の質問を投げかけてみた。まず、LOVOTに搭載される認識技術を支えるテクノロジーは以下のようなものだ。
・ディープラーニング向けアクセラレーター(FPGA)
レグラス製AIカメラシステム「Eiger II」
・音声認識
フュートレック製の音声認識技術「vGate」
・内蔵コンピューター関連
民生/産業用PCメーカーのASRock製の既存品をベースにしたカスタム
ここで最も注目すべきは、ディープラーニング向けアクセラレーターにFPGAを採用したところだ。LOVOTのAIは、ディープラーニングといっても学習はせず、学習済みAIの高速な「推論」(学習済みAIを動作させてさまざまな判断をさせること)に使用する。
VSLAMと対物センサーで作り出される、室内空間の3Dマップイメージ。LOVOTは、自分がいる部屋がどんな形で、どのあたりが危ないのか(障害物があるのか)を認識する。安全と分かっている場所では速く動いたりもするようだ。
半天球カメラの映像からマシンビジョンで人物や体の部位を認識している実機映像。「いま自分がどこにいるか」「誰といるか」「その人の表情は」といった推定はLOVOTが生物らしくふるまうための要だ。
LOVOTは頭部のツノのような部分(センサーホーン)に、上側の空間全体を魚眼で撮影できる半天球カメラを搭載している。カメラの映像を使って、いまいる部屋がどんな形かを環境認識したり、カメラに映った人物が親しい人か、どんな表情をしているのかなどを判別する。
こうした画像認識は、リアルタイム処理できなければ意味がない。そのために、パワフルで安定供給も確保できるAI処理専用のアクセラレーターを搭載したという。
アクセラレーターに使われるFPGAは、通常の半導体と違って、あとからアップデートすることで回路構造をまったく違うものに変更できるという特徴がある。
AIの開発の進展に合わせてFPGAをアップデートで書き換えれば、LOVOTは文字通り、本体をまったく買い換えることなく「賢く成長」する。これは言ってみれば、テスラの自動運転がどんどん賢くなっていくようなものだ。
LOVOTの見回り(見守り)機能のイメージ。スマホからの遠隔操作で、室内の指定した場所まで移動して、センサーホーンのカメラから映像を見られるというもの。
当初のLOVOTは愛玩用ロボット+カメラを使った見守りロボット程度のユーザー体験になる。ただし、林氏は将来的にはサーモセンサーを使ったヘルスケアビジネスなどへの展開も視野に入れていると言う。
林氏は以前から、LOVOTで日本発の新産業をつくりたい、と宣言してきた。となると、台数をしっかりと売ることは必要だろう。
販売目標について質問すると、具体的な数字こそ言わなかったものの、「かなりの台数を売らないと、会社として産業を立ち上げたとは言えない」と林氏は即答した。高価な価格が一定のハードルになるのは認める一方で、ごく少数の人が買うような、プレミアム製品を狙ったわけではない、というわけだ。
GROOVE X 代表の林要氏。
ビジネスモデルとしては、LOVOTというブランドを、二輪メーカーのハーレーダビッドソンのような存在にしていくのが林氏の狙いだという。ハーレーのように、1台を末長く使ってもらう、あるいはたとえユーザーが買い換えたとしても「次のハーレーに買い換える」。ずっとユーザーは離れない、そういう存在だ。
その間、継続的なアップデートを続けて購入者の体験改善を続けることで、月額課金の形で対価を得る。長く使ってもらえるほど事業として安定し、ユーザーの心も離れにくくなる。
LOVOTの2019年向けの初期出荷は、かなり少ない台数であることは発表会で宣言済みだが、12月18日の予約販売の開始から間もなく、初期出荷分は完売になった。滑り出しは上々だ。
LOVOTの中身は非常に面白いし、理想を実現するための技術的なポテンシャルは十分すぎるほどある。ビジョンもユニークだ。
今後問われるのは、シンプルに「LOVOTが目指す体験を技術的につくり切れるか」だろう。展示に立ち会ったGROOVE Xの開発者の1人は、まだ開発途中の機能も含めて、実現性の手応えはあると語っていた。
まずは2019年初頭の出展を予定している世界最大級のテクノロジーショー「CES 2019」で海外からも上々の反応を得ることだ。LOVOTの動きは今後も注目していきたい。
(文、写真・伊藤有)