キャッシュレス決済時のポイント還元では、PayPayなどのスマホ決済サービスやクレジットカード、スイカといった電子マネーを使った買い物が対象となる。中小店舗で利用すれば還元率は増税幅を上回る「5%」という気前の良さだ。
撮影:小林優多郎
2019年10月の消費増税に伴う景気の落ち込みを避けるため、政府は2兆円規模の予算を投じて経済対策を打つことを決めた。キャッシュレス決済時のポイント還元や、プレミアム商品券といった費用対効果が怪しい項目も並び、まさに「何でもあり」だ。
増税幅上回る「5%還元」に2798億円の大盤振る舞い
安倍晋三首相(左)と菅義偉官房長官。2度の消費増税延期の末、安倍政権は今回、2019年10月の税率引き上げとセットで大盤振る舞いの経済対策を打ち出した。
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2度にわたり消費増税を延期してきた安倍晋三首相は2018年10月、消費税率を1年後には10%に引き上げるとあらためて表明。同時に「あらゆる政策を総動員し、経済に影響を及ばさないよう全力で対応する」と強調し、大規模な経済対策を打つ方針を示していた。
政府は2019年度予算案を12月21日に閣議決定。政府の一般的な収入と支出を管理する「一般会計」の総額は当初予算案としては初めて100兆円を超え過去最高に。予算規模がここまで膨らんだ主な理由の一つが消費税対策だった。
消費者にとって特に注目度が高いのは、日々の買い物で利用できるポイント還元とプレミアム商品券だ。
ポイント還元は2019年10月から9カ月間に限り、クレジットカードや電子マネーで買い物をした消費者に、原則として支払い額の5%を還元する仕組み。消費税率の引き上げ幅の「2%」を大きく上回る大盤振る舞いだ。コンビニや外食といった大手系列のチェーン店では還元率を2%とし、中小店舗を優遇する。政府が2798億円を負担する。
プレミアム商品券は、2歳以下の子どもがいる世帯と住民税が課されない低所得層が、2万5000円分の買い物ができる券を2万円で買える。政府の負担額は1700億円ほどだ。
Paypayキャンペーンでも問い合わせはゼロ
商品券があっても「スーパーでふだんの買い物をするだけ」という人も少なくない。
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ただ、こうした対策への期待はそれほど高まっているわけでもなさそうだ。
東京都西部の市内の商店街にある小さな電器店。「5%還元」の対象になるとみられるが、店主の男性は淡々と「ウチの売り上げは増えないと思います」と話した。
若い消費者は電車や車で大型家電店に行ってしまうため、この店のお客の年齢層は高く、キャッシュレス払いの客は1割もいないという。
「話題のPayPay(ペイペイ)も最近使えるようにしてみたんですが、『100億円あげちゃうキャンペーン』の時でも問い合わせは1件もありませんでした。利用者は今もゼロ。そもそも5%くらいのポイント還元で、わざわざウチの店でテレビでも買おうか、という人なんていないでしょう」
プレミアム商品券は、2014年4月の前回の消費増税の際にも経済対策の柱とされた。
「あの時も売り上げは増えませんでした。お得な商品券が手に入ったから家電を買おう、なんて昔の話ですよ。この地域では、券を使ってスーパーでふだんの買い物をするだけ、という人ばかりでしたね」
日本経済新聞が2018年12月19日にまとめた国内主要企業が対象の「社長100人アンケート」でも、これらの対策を「評価しない」「どちらかといえば評価しない」という回答の合計(25.5%)が、「評価する」「どちらかといえば評価する」の合計(24.8%)をわずかに上回った。評価しない理由では「増税による財政健全化が見込めなくなる」「制度の仕組みが不透明」の二つが最も多かったという。
ポイント還元の経済効果は「GDPの0.02%」
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みずほ総合研究所の試算によると、ポイント還元による経済効果(国内総生産〈GDP〉の押し上げ効果)は1300億円。GDPのわずか0.02%にとどまりそうだ。
みずほ総研の服部直樹主任エコノミストはこう指摘する。
「2016年時点のキャッシュレス決済比率は全体の2割弱。うち9割を占めるクレジットカードの利用はネット通販、携帯電話料金の支払い、スーパーでの支払いがトップ3です。5%還元の対象となる中小の店舗と、消費者側のキャッシュレス払いのニーズがどれほどマッチするかは分かりません。小売店は新しく機器を導入したり、決済サービス運営会社に手数料を払ったりする必要もあり、9カ月間の時限措置のためにどこまでキャッシュレス対応が広がるか疑問です。そのため、実際の経済効果は1300億円に達しない可能性もあるとみています」
プレミアム商品券についても、みずほ総研が試算した経済効果はわずか200億円。政府が投じる費用に比べてもかなり控え目だ。景気が盛り上がりを欠くなか、ふだんの買い物を商品券で済ませて浮いたお金は貯蓄に回したり、買い物を単に前倒ししたりするだけの人も少なくないとみられるからだ。
「商品券がなければしなかったはずの消費」がそれほど生じないことは、過去の事例で実証済みだ。みずほ総研は、所得制限などを付けずに今回より大規模に発行された前回のプレミアム商品券発行の経済効果について、事業費の3分の1~4分の1の640億円にとどまったという試算を2015年に公表している。
公金ばらまいて需要を先食いするだけ
国や自治体の財政は厳しさを増すばかりだ。消費増税でせっかく増える収入を、費用対効果が怪しい経済対策にムダ遣いしてしまえば、今後も膨らむ年金や医療、介護といった社会保障費用に充てるという本来の目的は果たせない。
撮影:今村拓馬
消費増税対策にはこのほかにも、建設・素材産業が日本経済に占めるウエートが下がったため景気押し上げ効果が小さくなった公共事業(2019年度予算案に1兆3000億円を計上)など、費用対効果が怪しいメニューが並ぶ。
キャッシュレス決済のポイント還元やプレミアム商品券、公共事業に代表される「公金を一時的にばらまいて需要を先食いする対策」は、将来にわたる消費や投資の総額を底上げするわけではなく、前倒しを促すにすぎない。
増税前の駆け込み需要で一時的に盛り上がった景気を、本来は「反動減」が起きる増税後も落ち込ませないようにして、「落差」をある程度小さくする効果はある。しかし、その効果はやがて消え、その時点であらためて反動減が起きるおそれが出てくる。
SMBC日興証券の宮前耕也・日本担当シニアエコノミストはこう警告する。
「需要先食い策は反動減の発生を単に先送りするに過ぎません。そうして先送りされた反動減を生じさせないようにするため、さらに経済対策が打たれる可能性が高い。そうなると対策は時限措置から事実上の恒久措置に変質し、いつまでも財政支出を減らせないということになりかねません。これでは何のための消費増税か分からなくなります」
(文・庄司将晃)