私たちは大企業を辞め夫婦で世界一周の旅に出る。キャリアやお金の葛藤を超えて

2018年、ミレニアル世代のビッグカップルが誕生した。

パナソニックの有志団体「One Panasonic」代表と、大企業50社の有志団体を束ねる「ONE JAPAN」共同発起人の顔を持つ濱松誠(36)。そして日本テレビの記者であり、がん患者のためのケア施設、マギーズ東京の共同代表、鈴木美穂(35)。

Business Insider Japan編集部が主催するアワード、「Game Changer 2019」にも、夫婦そろってノミネートされる次世代の旗手だ。

2人はこの年末にそれぞれの会社を退社し、まずは日本一周、そして約1年間の世界一周の旅に出る。 彼らはなぜ大企業でのキャリアを中断することを選んだのか。その決断と今後の活動について聞いた。

やり残した夢、それが世界一周

濱松誠・鈴木美穂

2018年の年末をもって濱松誠(右)と鈴木美穂はパナソニックと日本テレビという新卒以来勤めた会社を退社する。2月からは日本1周の旅に出る。

「美穂の夢だった、世界一周の旅を実現しよう」

誠がそう提案したのは、2018年のバレンタインデーだった。美穂が2008年に乳がんを発症してからちょうど10年。完治の目安とされる節目の年だ。

24歳でがんを告知された美穂はその時、「死ぬまでにやりたかった5つのこと」が思い浮かんだという。ひとつは親孝行。結婚と出産。自分の手で番組を作りたいということ。そして世界一周。

美穂:「本当は、がんになった時、すぐにでも世界一周の旅に出たいと思ったんです。でも、私のがんは2、3年以内で再発するリスクが高いと言われていて。仕事を辞めた後に再発したら、治療の費用も捻出できないかもしれない。

世界一周は、10年後の2018年まで待とうと考えました。10年たって再発しなければ、残りの人生はボーナスみたいなもの。その時になったら、会社を辞めて心ゆくまで世界を旅しようと」

2016年にがん患者をサポートするマギーズ東京を立ち上げた美穂は、誠と出会い、結婚を約束。これ以上の幸せはないというタイミングで2018年を迎える。自分以上に仕事と有志団体の活動に情熱を注ぐ夫を間近に見ているうちに、「仕事を辞めて世界一周」のプランは自然と心から消えていた。

美穂:「有給と結婚休暇を合わせれば、3週間くらいなら休みを捻出できるかもしれない。その3週間で10年前の自分との約束を果たせれば十分。そう思っていたんです。

でも彼が、『美穂が言ってた世界一周って、そんなスタンプラリーみたいな半端なものじゃないよね。俺は辞める覚悟ができたから』と言ってくれた。その瞬間、ぱっと目の前が開けたように感じたんです。一度は選択肢から消した『会社を辞める』が再浮上した。だったら、あれもやりたい、これもやりたいと、どんどん夢が膨らんで……」

直感で行動する美穂に対して、誠はこれと決めるまではあらゆる角度から物事を検証するタイプだ。会社を辞める覚悟を決めるまでには、ずいぶん葛藤があった。美穂の世界一周の夢を聞いた時から、なんとかその夢を叶えたいと思ってはいたが、特に自分が立ち上げた2つの有志団体、One PanasonicとONE JAPANへの責任を考えると、退職は簡単な決断ではなかったという。

「ONE JAPAN、どうするの?」

ONEJAPAN

濱松は50社の有志団体が集まるONE JAPANの共同発起人だ。ここから企業を超えた協業やオープンイノベーションが生まれている。活動の様子は『仕事はもっと楽しくできるー大企業若手50社1200人会社変革ドキュメンタリー』として書籍にもなった。

撮影:岡田清孝

誠:「自分が辞めた後、One Panasonicどうするの? ONE JAPANどうするの? これからの人生どうするの? ビジネスパーソンとしてのキャリアはどうするの? この4つの問いに納得がいく説明ができるようになるまでは、軽々しく辞めるとは言えないと思ったんです。

幸いOne Panasonicに関しては7年間心血を注いできた甲斐あって、素晴らしい人材が育っていると感じていました。社内での自発的なコミュニティなら日本一と言えるほどのメンバーが揃っている。僕が退いて世代交代すべきタイミングだと思っていたくらいなので、むしろいい機会かなと」

一方、ONE JAPANは、まだ結成2年の若い組織。発起人である誠の進退は、メンバーの士気にも関わる。しかし誠は、代表の自分が積極的に外に出て、ベンチャー企業やソーシャルセクター、日本全国や海外のプレイヤーたちとの橋渡しをすることが、今以上にONE JAPANの活動を加速させると考えた(ONE JAPANの活動の詳細は『仕事はもっと楽しくできるー大企業若手50社1200人会社変革ドキュメンタリー』に)。

濱松誠

自分が日本全国や世界を回ることで、いろんな“知”をONE JAPANに持ち帰りたいという。

誠:「ONE JAPANと言いながらも、実際に僕が知っている“JAPAN”は東京、大阪、京都くらいしかない。ONE JAPANの活動も東京、名古屋、福岡といった大都市が中心。地域発のコミュニティや課題に関しては、無知も同然です。とはいえ、会社に所属しながら業務外活動として地域に住む人たちに課題を聞いたり、ネットワークを作ったりすることは正直難しい。その役割を僕が担うことはできないかと考えました。 例えば、全国各地には若手公務員の勉強会があるそうです。そういう人たちは、僕らと同じような悩みや課題を持って勉強会を立ち上げているだろうから、きっと共感するところが多いと思う。

ONE JAPANは大企業同士の“知”を掛け合わせてイノベーションを起こすことを目指しているけれど、もっと遠い地域やセクターの“知”を結びつけることで、よりインパクトのある動きができるかもしれないと考えました。 それが海外になれば、なおさらです。いわゆる『大企業病』と言われる課題は日本独自のものなのか。他国でその課題を解決した例があるのか。その知見をONE JAPANに持ち帰ることで、これまで以上に貢献できるのではないかと。

企業内での活動は、共同発起人でNTT東日本の山本将裕くんを中心にリードしてもらい、僕は新たな知と知を結び付けたり、日本中、世界中のベストプラクティスを取り込んだり、ONE JAPANの活動を発信したり、そういう役割かなと思います」

失う時に初めて気づく会社のありがたみ

誠の提案に一も二もなく頷き、その日の明け方まで「仕事を辞めたらやりたかったこと」を語った美穂だったが、後日、その決心が揺らいだ時もあった。

誠:「僕は決断するまでには時間がかかるけれど、一度決心したら変わらない。でも彼女は、途中でかなり心が揺れたんですよね。やっぱり仕事が好きだから会社員を続けながら数カ月に1回、外国を巡るのでもよくない?とか、お金がなくても大丈夫かなあとか」

美穂:「それまでちゃんと見たことがなかった給料明細を見て、しみじみ『守られてきたんだなあ』と感じたんですよね。この安定したお給料を失うとなって初めて、これだけの金額を自力で稼ぐのはどれだけ難しいことかと思って。 マギーズを立ち上げてからの2年間は、何をするにでもすべてお金がかかることに苦労してきました。それでも自分は日テレのお給料があるから、自分の時間を限界まで割くことができた。それが無くなると考えたら、急に怖くなったんです」

お金の問題だけではなかった。

鈴木美穂

濱松と結婚したことで、改めて「人生は1度しかない」と思い、本当に自分がやりたいことは何かに立ち戻ったという。

美穂:「日テレはマギーズを始めた私に対して、会社を辞めなくて済む道を提示してくれました。24時間呼び出しに応えなくてはならない記者からキャスター兼務という異動も、マギーズとの両立を考えてくれたからこそ。もちろん会社員としての制約はあったけれど、十分満足と言えるくらい、やりたいことをさせてもらっていたんです」

それでも最終的に会社を辞めることを選んだのは、10年前の経験に立ち戻ったからだ。

美穂:「もし私が世界一周を果たさないまま、病気や事故で動けなくなったとしたら、ものすごく後悔すると思うんです。 10年前、私は学んだはずじゃないか。命をかけて『人生は一度しかない』と学んだはずなのに、どうしてやりたいことを先延ばしにしたんだろうって」

誠:「彼女は、人生100年時代という言葉が嫌いなんですよね。いつ死んでもおかしくないと思って毎日を生きている。僕も彼女と暮らすようになって、そのことを強く意識するようになりました。 先ほど言った4つの問いのうちのひとつ、個人としての人生どうするの? に対する回答にもなりますが、最も大切な人とやりたいことをやる。それが自分の人生にとってマイナスになるかというと、もちろんそんなことはない。何もしないことの方がリスクになると思ったんです」

会社を辞めてもキャリアは終わりではない

帰国後、2人はどのようなキャリアを考えているのだろう。

濱松・鈴木

世界1周から戻ってきたら、2人でいろんな人が寄り添えるコミュニティを作る活動をしたいという。

美穂 「病気をして気づいたのは、『死ぬ時には何も持っていけない』ということ。お墓には何も持っていけない。できるのは、この世の中に何かを『残す』ことだけなんですよね。 だとしたら、私はこの世の中が、いろんな人にとって少しでも生きやすい場になるための何かを残したい。日テレの記者としてできることもあるかもしれないけれど、もっと制限なく、自由に、自分らしいものを残すことがしたいな、と。

まだ漠然としたプランなのですが、帰国後は彼と一緒に、いろんな人がそっと寄り添って助け合える場を、オンライン・オフライン問わずに作っていきたいと思っています。 マギーズ東京を運営していてよく言われるのは、マギーズの地方版が欲しい、マギーズのうつ病バージョン、認知症バージョン、LGBTバージョン、DV被害者バージョンが欲しいということです。がんだけではなく、みんなが支え合えるコミュニティが作れるといいな、と。人々の孤独の解消と居場所づくりは、これからの社会の大きな課題になると思っています」

誠:「僕も美穂と同じで、居場所づくりはますます重要になると思っているんですよね。それは、One PanasonicやONE JAPANの意義とも通じます。その中でさっき言ったような、地方や海外、産官学をつなげるような役割をしていきたいと考えています」

世界1周の旅から戻ったら、2人でそうした「居場所づくり」を目指して起業を考えている。

誠が意識しているのは、「終身信頼」時代の到来だ。

「これからの時代は終身雇用ならぬ、『終身信頼』の時代になると思うんです。企業を辞めたからといって、『ハイ、さようなら』ではなく、その信頼関係をずっと育てていくことが重要になってくる。

実際にパナソニックでも、樋口泰行専務をはじめとした卒業生の出戻り人事が増えてきています。一度別企業の経験をするからこそ、古巣に貢献できるというキャリアパスは今後も増加すると感じます。

このような時代に必要なのは、終身信頼。先ほどの4つの問いでいうと、最後のひとつになりますが、自分のビジネスパーソンとしてのキャリアが、会社を辞めることで途絶えるとは思わない。これまでパナソニックやONE JAPANでつながった人たちと信頼関係を持ち続け、日本に戻ってきた時には、より強い戦力になれるようにと考えています」

2人は2月から日本一周、その後5月から世界一周の旅に出る予定だ。 (敬称略)

(文・佐藤友美、写真・竹井俊晴)

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